その壱
私の日課は新聞を読むことだ。といっても、新聞に金を払えるほど裕福ではない。
毎朝、店の引き戸を開けると、誰かが捨てているのだろう、必ず、新聞紙が落ちているのである。
私はそれを有効活用して、情報収集をしているのだ。
最近の新聞は、同じ話題で持ちきりだった。
央都に出没する、時代錯誤な連続人斬り事件についてである。
記事を読む限り、犯人は、美しい女の顔の皮を狙っているらしい。
打ち捨てられた被害者の女たちは皆、顔の皮を剥がされているという。
その猟奇性は今までに類をみない、と、記事の文字は楽しそうに囃し立てている。
確かに異常ではある。
顔の皮を集めて、一体、何をするのか、私には皆目、見当がつかない。
そんなものより、輝く刃のほうが美しいのに、と思う。
世の中には変人がいるということか。
ふと、視界に動く影が入ったので、顔をあげる。
同時に、戸の陰から顔をのぞかせたのは、友人の雪ちゃんだった。
「雪ちゃん、おはよう」
「おはよう、灯ちゃん。開いてる?」
「さっき開けたところ。どうぞいらっしゃい」
いそいそと入ってくる雪ちゃんは、薄紅色の着物を着ていて、かわいらしい。
その手には淡い色合いの絞りが入った風呂敷包みが抱えられている。
「またお鍋?」
「そうなの。もう、すぐ壊れちゃって」
包みを開けると、底に焦げがついた土鍋が出てきた。
持ち上げてみると、ぽっかり空いた穴から、私の足がしっかり見える。
「どうしてだろう。火が強いのかな」
「気を付けているんだけどね」
お義母さんにも言われるんだけど、と困り顔の雪ちゃんは何だか艶っぽく、もう人妻が板についてきた様子だった。
雪ちゃんとは父が刀鍛冶をしていた時から友人だった。
二年前、私が帰ってきて、心細がっている所に雪ちゃんが会いに来てくれて以来、また友人として付き合っている。
彼女は私と同じ年だけど、つい半年前、武家のお屋敷に嫁いだ。
本当だったら、もっと評判のいい修理屋に頼んだほうがいいだろうに、彼女は私のところに来てくれる。
本当に優しい、良い友人だ。
「お嫁さんは大変だ」
私は雪ちゃんを茶化しながら、先日、依頼されていた別のお鍋を探す。
もう修理して、そこら辺に置いてしまったな。
「灯ちゃんは?」
「私がお嫁さんなんてかわゆいものになれると思う?」
「なれるよ。灯ちゃん、美人だもん」
「また。お金はもらいますからね」
といいつつ、雪ちゃんには特別、安い値段で依頼を受けている。
言ったら、彼女は困ってしまうから言わないけれど。
私は修理したお鍋を渡した。
雪ちゃんはそれを、慣れた手つきでさっきの風呂敷に包んでいく。
「お父さん、まだ行方が分からないの?」
「うん。でも帰ってくるよ、その内」
「いつも思うわ。灯ちゃんは、お父さんが好きなのね」
「尊敬しているの」
そう。父親だから好きなのもあるけれど、私は人間として、父を尊敬している。
「私は父以上に立派な人を見たことがない。
父は人を、私を裏切ったりしない。
いなくなったのには、きっと理由があるはず。
なくても帰ってくる。絶対ね」
自信がある。
父はそういう人間だ。
でも、だからこそ、音沙汰がないのが不安でたまらない。
帰ってこない理由を想像したくない。
私が思いつく理由は、最低最悪の結末だ。
「羨ましいな。私もそういう家族が欲しかった」
雪ちゃんは、しみじみとそう言った。
「何言ってるの。一番、幸せなのは雪ちゃんでしょ」
「幸せかな」
私と雪ちゃんの目が合う。
雪ちゃんの目が私は好きだ。
黒の奥に、桜の花びらが見えるような儚さがあるから。
でも、どうして?
今の雪ちゃんの目の奥に、私は、桜の花びらを見いだせない。
何かあったの?という心配は、聞き覚えのあるやかましい声でかき消された。