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逢魔、討つ  作者: 風船
鍛錬
19/23

その弐

 

 ふふっと、如月さんの吹き出す声が、耳に入ってきた。

 顔をあげると、彼女は困ったように眉尻を下げて、微笑んだ。


「安心してください。あなたは特別ですよ。

 普通、人心刀になった人間は、己の心の強さに耐えきれず、理性を忘れた獣になります。

 ですが、あなたは違う。心を制御できています。

 それはとてもすごいことです」


 そっと手が握られる。

 たおやかな見た目に似合わず、私の手の甲を包む手のひらは硬い。

 幾多の死線をくぐり抜けてきたことが窺い知れた。


「あなたには勇気があり、力があります。ですが力には責任が伴います」


「責任」


 復唱する。

 そういえば、片切も言っていた。




 ――『刀狩りは死んでも戦い続けなければいけない。人を守り続けなければ。

 それは力がある俺たちの責務なんだ』




「灯さん。あなたは、ご自分の力に責任を負えますか?

 例えば、あなたが自身の心に負けて、理性をなくし、人を傷つけたり殺したりしたら、あなたはどうしますか?」


 如月さんは優しく、だが、力強く、私の目を見る。

 その気迫に、私は、喉をならした。


「私は」



 言葉が出ない。



 無責任な言動は、人を傷つけ、追い詰める。

 雪ちゃんの一件で私はそれを痛いほどに知った。


 だけど今、如月さんが私に訊いているのはもっと深くて重い話だ。



 もしも、人の命を奪ってしまったらどうする。



 どうするべきだ?



 如月さんは、私の言葉を待っている。


「私は」


 迷いながら、言葉を紡ぐ。


「考えたこともありません。

 だけど、私は、父を殺した鑪という化け物には、生き続けて、罪を償ってほしいと思います。

 死んだら償いになるなんて私は思わない」


 だから、と、私は口をつぐむ。


 そよ風が暢気に、私の髪を揺らす。



 責任を負う。

 力を使って、命を奪い、守ることに。



 命には、化け物も人も関係がない。



 化け物にそれを望むなら、化け物側に立った私も、それを受け入れなければならないだろう。



 だから、私は。



「生きます。犠牲にしてしまった人達。ご遺族の方々。

 そういう人達の恨みをいっぱい受けて抱えて、苦しみ抜いて、私は地獄に堕ちます」



 私は如月さんの目を見た。

 彼女はずっと微笑みを絶やさないから、私の答えに何を思っているのか、まるで分からない。


「あなたはお強いですね」


 いいとも悪いとも言わず、如月さんは庭に目を向けた。


「父の教えです」


「輝義さんですね」


「ご存知ですか」


「父も刀狩りだったんです。輝義氏の刀を愛用していましたよ。

 強くて丈夫で美しいと気に入っていました」


 如月さんは指先で耳飾りに触れた。紐がさらさらと揺れる。


「この耳飾りは父の遺品なんです」


 変わらぬ調子で、彼女は呟いた。

 遠くを見つめる瞳には悲しみの色はない。


 お父さんの意志を受け継いで、彼女は前線に立っている。

 私も彼女のようになれるだろうか。

 父の魂を受け継いで。


「そういえば、渡さなければいけないものがあったんでした」


 思い出した如月さんが私に差し出したのは、父の小刀だった。

 いろんなことがありすぎて、忘れていた。


「ありがとうございます」


「いいえ。勝手に着替えさせてしまって、逆にごめんなさい。

 もちろん、私がさせて頂いたので安心してくださいね」


 どうやら手当ては如月さんがしてくれたようだ。

 何から何までありがたい。


 私は彼女から受け取った小刀を、鞘から抜いた。

 刃に、空の透けた水色が反射している。


「本当に美しい刃ですね」


「はい。父の刀は私の自慢です」


 鞘にしまうと、ちん、と、高い音が鳴る。

 視界の端で如月さんが座り直している。見ると、彼女は私に体を向けて、頭を下げた。


「輝義さんのこと、申し訳ありませんでした」


「そんな謝らないでください。私は怒っていません」



 片切から、父の行方が分からないと聞いた時。

 逢魔刀から、父が死んだと聞かされた時。


 どうしようもない怒りに駆られた。


 けれど、私は、傷だらけで血だらけで戦う片切の、刀狩りの隊士の姿をみた。

 敵に有利な環境の中、命を懸けて戦う彼らを、私は責めることは出来ない。



「父の行方を知れました。父の敵も。それだけで十分です」


 父を探すのは終わり。

 私の目的は変わった。



 人の心を弄ぶ鑪という化け物に、生き地獄という名の復讐を。


 父の仇を討つ。



「灯さんは刀狩りに入隊したいですか?」


 如月さんの質問に私は首を振る。


「いえ。私には人を守るなんて出来ないです」


「でも、白河さんや片切を、逢魔刀から守ってくれました」


「あれは知り合いだったし、必死だったからです」


 もう二度と、あんなことは出来ない自信がある。

 片切のような矜持を持って、私は戦えない。



 風が吹く。

 目の前の景色は、私がこれから行く道とは正反対だ。



「そういえばここはどこなんですか?」


「ここは刀狩りの本部の療養所です。場所的には、央都の地下ですね」


「地下!」


 私はすっとんきょうな声をあげた。


「じゃ、じゃあ、あの空は? 風は? 太陽は?」


 全て作り物?

 それでは説明がつかない。

 空は、まあ、天井に絵が描いてあるのだろうが、風や太陽の心地よさ、暖かさは一体、どうやって再現しているのか。


 思わず質問攻めをしてしまう私を無視して、如月さんは立ち上がった。


「さて。そろそろ、片切隊士の様子を見に行きましょうか」


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