その壱
目を開けた。
真っ白な光が痛い。
思わず呻きながら目をこすり、もう一度、今度はゆっくり目を開ける。
焦点がだんだん合ってきて、目の前に広がっているのが、木目が並んだ、淡い茶色の天井だということを理解する。
私は、両手を天井に向かって突き出す。
着物の切れ端を巻きつけていたはずの両手には包帯が丁寧に巻かれていた。
誰かが手当てをしてくれたようだ。
そもそも、ここは何処なんだろう。
とりあえず、起き上がろう。
私は体に力を入れた。
瞬間、どこから湧いたのか、激痛が全身を襲い、私はもんどりうった。
小さい頃、木から落ちて寝込んだ時よりも酷い。
呻く私の脳内に、チカチカと弾ける火花のように記憶が浮かんでは消える。
踏みつけられた枯れ葉が砕ける。
翻る刃の光跡。
貫かれた肩の、焼けるような痛み。
そうだ、私。
思い出す。
熱い手の平。
茜色の炎を纏う、一振りの刀。
あれは何だったのだろう。
何より、雪ちゃんは無事なの?
毒にやられていた片切は?
あの後、私は雪ちゃんを抱きしめて、どうなった?
ここには、片切が運んできてくれたの?
浮かぶのは疑問ばかりで、気持ちが悪い。
私は纏わりつく靄から逃れるように、気合を入れて、体を起こした。
目の前には、飛び跳ねる兎の絵が描かれた襖がぴたりと閉められている。
明かりが差してくる方を見ると、障子がわずかに開いていた。
その隙間から、縁側と向こうに広がる鮮やかな緑が見える。
私は好奇心に導かれて、そっと体勢を変えた。
痛みに慣れたか、さっきほどの激痛はしない。
四つん這いになって、障子に近づき、ゆっくり横に引く。
「わあ」
目の前に広がった景色に、私は声をあげた。
風に揺れる草。
色とりどりの花。
花をつけている木々。
向こうには小川が流れていて、その中腹には、赤い小さな橋がかかっている。
なんてきれいな庭なんだろう。
私は縁側に腰かけた。
陽射しが、柔らかく私を包んで、温かい。
こうして、そよ風に揺られていると、いろんな塊が溶けていくような、優しい気分になる。
私はため息をついた。
「癒されるなぁ」
「癒されますよねぇ」
「本当に」
ん?
私は隣を見た。
知らない女の人が私の隣に座って、にこにこと微笑んで、私を見ている。
「あの、えっと」
突然の対面に、私は言葉に詰まった。
この人が、この庭の持ち主なのだろうか。
じゃあ、私の怪我の手当てをしてくれた人?
私は、まじまじと彼女を見た。
彼女の服装は、銀の飾りボタンがよく映える黒の詰襟。
片切が着ていた隊服と同じものだ。
そして、彼女の耳にも、彼がつけていたものと同じ紋様が入った飾りがつけられている。
唯一、違うところは、彼女のそれには、桜色の飾り紐がついているところだ。
耳飾りがついていて、隊服を着ているということは、彼女も刀狩りの隊士であることに間違いない。
私が無遠慮に観察しても表情を一切崩さない彼女は、確かに、只者ではない雰囲気がある。
でも、そうしたら、私の疑問はまた振り出しに戻る。
私は頭を掻いた。
もやもやするのは性に合わない。
「あなたは刀狩りの隊士さんですか?」
私の質問に、彼女は頷き、胸に手を添えた。
「申し遅れました。私、如月泉といいます。
あなたの言う通り、私は刀狩りの隊士です。
この耳飾りはその証。隊士は皆、つけていますよ」
そう言って、如月さんは私に耳飾りを見せてくれた。
飾りに浮かぶ、刃の一文字を崩した紋章。
その凹凸が日の光に輝いている。
「きれいですね」
私が率直な感想を呟くと、如月さんはくすぐったそうに両肩をすくめて笑った。
「可愛らしいですね」
「何がですか?」
「あなたのことですよ。心籐灯さん」
私の名前を? と訊きかけて、心当たりが浮かび、質問を変える。
「片切、さんに、聞いたんですか?」
「何もかも聞かせていただきましたよ。悪巧みのにおいがしたものですから」
彼女は、自分の鼻先を人差し指でさした。
悪巧みのにおいがどんなものか気になるけれど、それは今、明らかにすることじゃない。
「彼は無事なんですか? 雪ちゃん、白河雪は?」
「二人とも無事ですよ。
白河さんはもうお家に帰られましたし、片切隊士はお仕置き中です」
如月さんは笑顔で、さらりと言った。
私は思わず、声を裏返した。
「お、お仕置き? 何故ですか? 彼は私を助けてくれました」
「あの任務は彼のものではありませんでした」
「え?」
「あなたに近付く為に隊律違反を犯したのです。お父上の行方を探していたあなたに。
鑪が接触してくる可能性が高いですからね。人心刀だったのは予想外だったみたいですが」
耳慣れない言葉に、私は聞き返す。
「じんしんとう?」
「人の強い心が生み出す刀です」
人は皆、心の中に刃を持っている。
私は自分の胸に手をやった。
あの刀は私の強い心から生まれたというのか。
父の言葉の通りに。
「人心刀と逢魔刀。
この二つを私たち刀狩りは妖刀と呼んで、討伐しています」
討伐。
ぞっと背中が冷える。
私も狩られてしまうのだろうか。