その拾伍
私は、何のために生まれてきたの?
――お前は、一体誰に似たんだい? かわいくないよ、まったく。
――こんな出来で自慢げに持ってくるんじゃないよ。全くこの子は何も出来やしない。
――お前は俺たちが苦労して育てた分、いい家に嫁がなくてはいけないんだ。もっとしっかりやりなさい。
私の家は貧乏だから、私はいい家に嫁に行かなければならない。
それが、お父様とお母様のため。
――ごらんよ。心籐さん家のお嬢さん。
――お母さんに似て美人だね。性格が男勝りじゃなければね。
灯ちゃんは私より美人だ。
だけど、私の家より、ずっと貧乏だ。
それなのに。
なのに。
――灯は不器用だなぁ。母さんに似たんだな。
――ふーんだ。鶴なんか折れなくたって困らないもん。
――ほらそう腐らないで。今度はうまくできるよ。
どんなにがんばっても褒めてもらえない私。
失敗しても可愛がられるあなた。
一体、何が違うのよ。
――あぁ、嫌だ。愚図な娘が嫁にきたって嬉しくないよ。
この家を馬鹿にしてるのかい? 屑入れじゃないんだよ!
私は分からない。
みじめだ、みじめだ。
私もあなたみたいに美人だったらよかった。
美人だったら、上手くできなくても許されるんでしょう?
《可哀そうな雪》
私に触れたのは、優しい声。
顔をあげると、蛇のお面をつけた男の人が立っている。
《この世界はお前に相応しくない。変えられるのはお前の心とこの刀だけ。
私が力をあげようね。この刃があればお前は美しくなれる。誰よりも。何よりも》
月明かりがないというのに、彼が差し出してきた刀の刃は、日の光を反射する積もった雪のように白銀に輝いていた。
気が付くと、私は暗闇に立っている。
空だけを闇で塗りつぶしたような不思議なところには雪が積もっていて、足の先がちりちりと冷えた。
向こうを見ると、枯れはてた木。
その根元に、さっきの刀が積もった雪に刺さって立っている。
ざくざくと、私は刀に近づいていく。
あの刀。
あれがあれば、私は世界を変えられる。
あれがあれば、私は灯ちゃんみたいになれる。
刀の柄に手を伸ばす。もう少し。
くっと袖が引っ張られて、手が止まる。
誰?
振り返ると、そこにいるのは、私と同じ着物を着た女の人。
低い鼻。細い目。
鏡を見るたび嫌だった私の顔。
彼女は私だった。
『あなたにあれは使えない。だから、あたしが使うわ。あなたはここで見ていなさい』
私の声なのに、そうじゃない。
岩の下に蠢く百足の大群を見た時のような感覚。
ぞっとして、体が竦む私を抜かして、彼女は刀に近づいていく。
「ま、待って!」
『世界を変えましょう。鑪様に相応しい世界に』
〇
「雪ちゃん」
それは雪ちゃんの追憶。
罪の心の種。
私の無責任な言動が育ててしまった花。
私は女を見据えた。
今、助けるからね、雪ちゃん。
女が叫びながら刃を振り回す。
太刀風が頬を掠めていく。
私は身を低くした。そして――――
私の炎は、彼女の体を一閃した。
斬られた部分から女の体が燃え上がる。
女は頭を抱えて、後ずさりながら、耳障りに笑った。
『斬ったな! 友人を! お前は雪も殺したんだ。この間抜け!』
笑っていた女だったが、すぐに自分の間違いに気が付いたようだ。
炎の中、焼けていない自分の手の平を見て、私を見る。
『嘘。燃えているのは、あたしだけ?』
そのことに気が付き、女は、鋏を放り出すと、鳥の断末魔のような悲鳴をあげて、倒れた。
鋏は一振りの刀の姿に戻り、茜色の火の粉をあげながら燻った。
そうして、火が消えたとき、刀だったものは塵になって、僅かに吹いた風に流れていった。
終わった。
ため息をつくと、私の手の中に合った刀は鎮火し、姿を消す。
周囲が輝くような白い明かりに晒される。
見上げると、雲が晴れて、真っ白い三日月が光っていた。
私は倒れている雪ちゃんに駆け寄った。
上体を抱き上げると、雪ちゃんはつぶっていた目尻から涙を流した。
「灯ちゃん、ごめんなさい……」
「私もごめんなさい。友人失格だ」
私の涙が雪ちゃんに降りかかる。
雪ちゃんはゆっくり首を振る。
「私の友達は、灯ちゃんだけよ。ずっと」
私は雪ちゃんを抱きしめた。
小さくて細い体。
でも、とてもとても、温かかった。
第一章、これにて完結です!ありがとうございました!
こんな感じで進んでいきますので、よろしくお願いします。
次章も楽しんでいただけると幸いです!