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逢魔、討つ  作者: 風船
一振り目 七善刀・忍
15/23

その拾肆

 

 血を吐いて、それでも倒れない彼を見下ろして、女は被っていた皮を脱ぎ捨てた。


『内臓に入った。あんたは中から腐って死んでいくわ』


 女は片切の髪を掴むと、私の方に向かって、彼を放り投げる。

 普通なら描かないであろう弧を描いて、落ちてくる片切を私は受け止めた。

 衝撃が節々に響くが、そんなことは気にしていられない。


 私は彼の下から這い出した。


 ふうふうと息を吐く彼の顔の下半分は溢れた血で濡れている。


『うふふ。案外、刀狩りって弱いのね。この調子だったら、もっと狩れる。

 そしたら、鑪様にご褒美を頂けるかしら』


 女は恍惚としている。

 私は朦朧としている片切に声をかけた。


「しっかりして!」


「大丈夫」


 と言いながら、せき込むと、ぼたぼたと血が零れる。


「大丈夫じゃないでしょ!

 もう動かないで」


「それは無理だ」


「どうして」


 片切は体を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がっていく。


「刀狩りは死んでも戦い続けなければいけない。人を守り続けなければ。

 それは力がある俺たちの責務なんだ」


 ふらふらとして、立っているのもやっとなのに、柄を握る手を緩めることはない。

 そこには、へらへらとして軽口をたたいていた男の姿はない。


 鋭い眼光は、父の刃が放つ光そのものである。


 決意とは裏腹に、片切はすぐに地面に膝をつき、倒れてしまう。


 枯れ葉が音をたてて、顔をあげると女が鋏を引きずって立っている。


『このまま刀狩りが死ぬのを待ってもいいけど退屈ね。

 あ、そうだ。こいつの前で、灯ちゃんの顔の皮を剥いであげようか。面白いでしょうね』


 どこまでもこいつは人を侮辱する。

 だけど、父の刀から転じて生まれた妖刀なのであれば、父の居場所を知っているはずだ。



 私は立ち上がり、片切の前に立った。


「妖刀、二つ聞く。答えろ」


『答えろ?

 あんた自分の立場、分かってるの。あんたたちの命はあたしの掌の上にあるのよ』


 切っ先を向けられ、勝手に足が震える。


 震えるな。


 私は、息を飲み込んだ。


「お前を打った私の父を、心籐輝義を覚えているか」


『えぇ。もちろん。未来だ愛だくだらないことばかり信じていた馬鹿な男』


「父は今、どこにいる」


『さぁ、知らないわ』


 女は、楽しくて仕方がないというように含み笑いをして、私を見た。




『死んだ人間がどこに行くのか、あたしには分からないの。ごめんなさいね』




 生温い風が吹いた。



 父が死んだ?



 こいつはまた私をおちょくっているのか。

 嘘をついているのか。


 そう思っても、私の目の前は真っ暗だった。



『思い出しただけで笑えてくる。最期まで歯が浮く理想にすがっていて。最高に間抜けだったわ。

 鑪様に従って、おとなしく七振り目を差し出せば死ななくてよかったものを、本当に愚かよね。

 まぁ、美しく打ってくれたのには感謝するけど、生みの親があんなんじゃ恥ずかしくてたまらない。

 あんた、良く生きていられるわね。私があんたならとっくに死んでいるわ』



 女は嘲笑する。


 父の想いを一身に受けて、打たれた刀が。

 父の想いを侮辱して、あざ笑っている。


 この女は。


 私が大切にしている何もかもの上に立って、踏み荒らして、楽しんでいるのだ。


「もういい」



 心の奥が熱い。



『なに』


「黙れと言った」



 怒りが私を燃やしている。



『あ、そう』


 迫る刃を手で受け止める。

 痛みはない。

 何も恐ろしくない。



 恐ろしいというならば、それは、この女を罰せないことだ。



「私はお前を許さない」



 私の視界に映るのは、茜色の火の粉。

 女が私から飛びのいて、距離を取る。


『な、なんなのよ!』


 父の言葉を思い出す。





 ――――『人は皆、心の中に刃を持っている。

 だが、それを扱うことが出来るのは、人の心を弄ぶ人でなしだけだ。

 もしも、人が、己の心の内に持つ刃を振るうとするならば、必要なのはただひとつ。



 火よりも熱く、日よりも輝く、強い心』




 手の平が熱い。

 見ると、私は刀を手にしている。


 茜色の炎を刃にまとう一振りの刀。



 これは……父の刀?



『あんた、そうあんただったの!

 七振り目の七善刀はあんただったのね!

 心籐灯!』


 女が私に叫んでいる。



 七振り目の七善刀。


 父は言った。


 私の心の中にある刀が最後の一本だと。

 そしてそれは人を守るために使えと。


 私は後ろを振り返った。


 炎に照らされて、片切の呆気にとられた表情がよく見える。

 私は彼に笑ってみせた。



「大丈夫。私に任せて」


『毒が回っている体で何が出来るっていうのよ!』


 女が一気に距離を詰めながら、突きを繰り出す。

 私はそれを受け流し、片切に攻撃がいかないよう、その場から離れた。

 私が駆け出すと女もついてくる。


『今日はいい日ね。刀狩りを殺して、お前の首を持っていったら鑪様から認めてもらえる!』


 次々に繰り出される斬撃。

 衝撃。重み。

 今まで刀を振ったことのない手や腕が悲鳴をあげている。


 千切れそうだ。

 でも、この力を緩めてはいけない。



 私は今、みんなを守るために戦っているのだから。



 私のありったけを、女の刃に振り下ろす。



 火の粉が舞う。

 その熱の中に、私は揺らめくものをみた。



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