表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
逢魔、討つ  作者: 風船
一振り目 七善刀・忍
13/23

その拾弐

 

 見ると、後ろから伸びてきた青白い手が私の右肩をわしづかみにして、血だらけになっている。

 女に引っ張られるがまま、私は、態勢を反転させられ、目指していた木の幹に思いっきり押し付けられた。


 背骨がみしみしと悲鳴を上げる。


『あなた、しつこいわ。叩いても死なない小蠅のようね』


 女は私の鼻先でそう毒づく。



 私を睨み上げる顔は雪ちゃんだ。

 雪ちゃんの顔だ。



 かわいそうで仕方ない。

 妖刀に操られて、雪ちゃんの心はどんなに泣いているのだろう。


 そう思うのに私の体は動かない。



 唯一、動かせる口で、私は女を問いただす。


「答えろ、妖刀。どうして人を殺した。どうして父の刀を汚す」


『うるさい子。どうしてどうして、と。

 まぁ、この子の親友だったから、答えてあげましょうか』


 女は首を傾げた。

 でも、私の肩を掴む力を緩めることはない。


『あなたのお父さんの刀ね。怒るのもわかるわ。

 でも、この子はあたしがあなたのお父さんのものだって知らなかった。

 それどころでもなかったし。許してあげてね』



 そういえばそうだ。

 雪ちゃんは父の刀の現物を見たことがない。

 見たことがないものを、どうして私の父のものだと判別できるだろう。



『あとは何?

 そうそう。人を殺す理由。あたしは知らない。この子の心の声に従っただけ。

 美しいものは何をしても許されるでしょ?

 だからなりたかったそうよ。美しい人に』



 本当に?

 本当にそんな歪んだことを雪ちゃんが?



 呆然とする私を、女は蛇のように目を細め、あざ笑う。


『どうやらあなたのせいみたいだけど、その様子だと心当たりはないようね。

 薄情な女。それで友人だ?

 笑わせないで』


「お前は嘘をついている」


『嘘って言われても』


 女は肩を竦めた。

 そうして、私に顔を近づけてくる。


『あなたはこの子の心を知っているのかしら。覗いたことがあるの。

 ないわよね。言葉だけが一人前でも意味がないのよ。

 責任を取れなければ』




 私の責任?

 私は雪ちゃんに何をしてしまったの?

 私の言動が、雪ちゃんの悪い心を育ててしまったの?




『おしゃべりするの、飽きちゃったわ。終わりにしましょう』



 肩を掴む力が強くなる。

 女が切っ先を私に向ける。



 父の刀の切っ先。



 確かに、私は雪ちゃんの友人失格だ。



 私に残されたのはもう、父の娘であることだけ。

 それだけは何としてでも果たさなければいけない。



 父を愛する娘の責任として。



 私は左手に握りしめた石を、女の手に打ち付けた。


 思わぬ反撃に、女の手が右肩から離れる。

 最後の力を振り絞って、私は夜の森を駆け出した。


『このっ、くそあま!』


 女の罵倒が背後から追いかけてくる。

 私は力の限り叫んだ。


「私は理解できない。人でなしの心なんて、理解が出来ない!

 お前はおかしい!」


『おかしい?』


 強風が私の背中を突き飛ばす。

 目の前にたつ木。

 私の首があった位置に横筋が入った。

 支えをなくした上部分が揺れ、後ろに倒れる。


 ずん、と地面が揺れた。



 何が起きた?



 私は上半身をひねって、女を振り向いた。



 女の手に二つの刃が煌めいている。

 他の刀を隠していたのか?

 でもあの輝きは七善刀だ。


 目を凝らす。


 あれは刀じゃない。

 あの形を私は見たことがある。


 裁縫が趣味だという客が修理に持ってきた時に。



 女が今、持っているあれは、巨大な断ち切り鋏だ。



 刀の形状が変化したということ?


 女は鋏の持ち手を片手で掴んでいる。

 さっきの強風は女が鋏を振り回したことで起きた太刀風だったのだ。



 あんなもので斬られたら。



 想像してしまった。

 全身が震え始める。


 息も絶え絶えに、後ずさる私。

 鋏を地面に引きずって近づいてくる女。


 背中に木の幹がぶつかる。

 もう下がれない。


 私は女を見上げる。

 女は私を見下ろす。



 瞬間。



 鋏の先端が、私の顔めがけて突き出される。

 咄嗟に両手で先端を掴み、押し戻す。

 刃を掴んでいないのに、両方の手の平が破裂したように裂かれ、血が手首を伝って腕を濡らす。


『おかしいのはあなた。理解が出来ないあなた。

 この子だってみんなに愛されたかった。ちゃんと認めてもらいたかった。

 みじめだったのよ。友人なら分かってよ』


 滴が落ちてきた。

 はっと見上げる。

 そこには、苦しそうに眉尻を下げて、涙をこぼす雪ちゃんがいた。




「ねぇ、灯ちゃん。助けてよ」




 震える声で、雪ちゃんは私の名前を呼んだ。


「雪ちゃん」


 どうして気が付けなかったの。

 雪ちゃんは、ずっとここにいた。

 話を聞いていた。

 ふがいない私を見ていた。

 それでもずっと私を呼んでいたのだ。


 そのことに私は今、気が付いた。


「ごめんね。私、何もわからない。

 でも、雪ちゃんが私をまだ頼ってくれるなら、私、頑張るよ。

 だから、雪ちゃんも辛抱して」


 私が言える精いっぱいを、雪ちゃんに伝えた。

 雪ちゃんは微笑んで、両目をつぶった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ