どうしてこうなったかと言いますと
魔王バラサークは退屈していた。
魔王として出現した彼は、至極真面目に魔王と言う役目をこなした。
暗雲を呼び寄せ、魔獣を従え、大陸を蹂躙した。
巨大な地下迷宮を造りその最奥に玉座の間で、自分を倒しにやって来る筈の勇者達を待ち続けた。
結構長い年月、真面目に待ち続けていたのだ。
しかし一向に来る気配は無かった。
真面目な魔王は、いつ勇者達が来ても大丈夫な様に、頭の中で魔王らしい仕草や台詞を考えて過ごした。
時々、『魂を貪ってやる』とか『滴る血を舐め尽くしてやる』なんて、物凄く際どい台詞を考えちゃって顔を赤らめて過ごした。
それでも勇者達は来ない。
退屈のあまり、時々次元を弄って遊んだ。
異次元の扉を開き、そこから異世界を覗いたりした。
ある時、何気に見た異世界で、魔王は運命的な出会いを果たした。
ニッポンという国のテレビ番組に映った、和の暮らしという光景に目を奪われたのだ。
木でできた、温かみのあるこじんまりした部屋で、上品な老女が暮らす様子を眺めた。
そして出会ってしまった。その丸い、オーク色の、小さく素朴なちゃぶ台に。
「……何と愛らしい……!」
大仰な大円卓には無い、慎ましやかな存在感。
床に直接座らなければ使えない高さだが、そう言う所が、どこかホッとする親しみも感じさせる。
一目で魔王は恋に落ちた。
手に入れたい。
それからの行動は早かった。
ケータイなる物を手に入れ、ちゃぶ台を通信販売している会社に、カタログを見ながら電話をかけた。
「お電話有り難う御座います。何でも揃う・ニコ安ショップジャパン、担当の安西が承ります」
「ちゃぶ台を注文したいのだが」
「はい、有り難う御座います。クラシックな暮らしシリーズのちゃぶ台、お一つをご注文でよろしいでしょうか?」
「うむ」
「ではお客様、恐れ入りますが、お名前、ご住所、お電話番号をお願い致します」
「うむ。名はバラサークである」
「……大変恐れ入りますが、ご名字とお名前を……」
「うむ? す、すまぬ……うむ、魔王バラサークである!」
「……まおう、ば、ら、さく様でいらっしゃいますか?……大変失礼かと存じますが、お名前の漢字を教えて頂けないでしょうか?」
「漢字とな?」
「はい」
「うむ。読んだそのままであるのだが……」
「……読んだそのまま、でございますか?」
「魔王は、魔王なのである。悪魔の魔に、王様の王と書く」
「ああ! あの魔王、様でございますか! まあ、素敵なご名字でいらっしゃいますね!」
安西さんはお酒好きだった。
「うむ」
「では、下のお名前の方を……」
「うむ……それもそのままである。バラはバラ。サークはサーク」
「あっお客様ひょっとして、外国の方ですか!?」
「うむ、その通りだ。そなたのいる国とは違う所で生を受けた」
「あらーやっぱり! 日本語とてもお上手だから、始め気が付きませんでした! 今増えていらっしゃるんですよー日本の和の暮らし大好きな方が! 日本人としては嬉しいかぎりですわー!」
「うむ。そうか、それは良かった」
「はいー有り難う御座いますー! ではバラサーク様、ご住所とお電話番号をお願い致します!」
「うむ」
バラサークは予め用意していた偽りの住所と、今手にしているケータイの番号を告げた。
「……はい! それでは復唱させて頂きます。魔王バラサーク様。ご住所は東京◯◯区◯◯の◯◯。お電話番号は080-◯◯……」
急に仕事モードに戻った安西さんはすらすらと話し続けた。
「──でご注文はクラシックな暮らしシリーズNo.15のちゃぶ台・ブラウン、お一つのご注文にて、お値段税込みで二万千六百円、お支払いは代金引き換え、以上でお間違いないでしょうか?」
「うむ。間違いない」
「午前にご注文頂きましたので、本日中の発送とさせて頂きます。お届け日・お届け時間のご希望はございますか?」
「いや、特に無い。遠慮無くいつでも来られよ」
「かしこまりました。では本日から三日以内にお届けにあがります。今なら代引き手数料と送料が無料になるキャンペーンをやっておりますので、お受け取りの際には商品のお代金のみ、係員にお渡しくださいませ。それではバラサーク様、日本での和の暮らし、どうぞお楽しみくださいね!」
「うむ!」
魔王はちゃぶ台を手に入れた。
わくわくして床に座り、ちゃぶ台に手を添えてみる。
すると突然、自分の生き方を変えたくなった。
ちゃぶ台に悪の権化は似合わない。何かこう、穏やかに暮らしたい、と。
そうしてバラサークは、悪い魔王を辞めたのである。