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SIX:愚者は豚にも劣る

 


『子飼い』とは、幼少期もしくは未熟な頃から飼い育てること……つまりこの言い方だと、彼ら四人は今を持って皇帝陛下の庇護下……もとい、支配下に入ったということだ。

 それは、呼び出された場に皇帝と宰相がいた段階で早々に予想はできていた。

 ただわからないのが、『レグザフォードの曲者』という呼称だ。


(レグザフォード……確か大陸の西にある、歴史はあるけど古臭い考え方が目立つお国柄、だっけ)


 このアルファード帝国がある大きな大陸には、四つの国がある。

 まずは北に位置するアルファード帝国、これが最も歴史が浅く周囲からは未だに『新興国』と呼ばれるほどで、故に他国との付き合いもさほど深くはない。

 南に位置するのがウィスタリア公国、ここは農耕民族が暮らしていたのんびりした国で、特産物は南国特有の果実や豊富な農作物、特に国防には力を入れていないのだが、どういった理由からか攻め入る者がひどい怪我を負ったり行方不明になったりすることが相次いでおり、見えない何かに守られているのだと他の三国から密かに恐れられているという。


 大陸の東に位置するのが、魔術大国と呼ばれるヴィラージュ王国だ。

 ここはとにかく魔術の研究が盛んで、様々な魔術具もほとんどがここヴィラージュ王国で作られた、と言っても決して過言ではない。

 どうしてそこまで研究が進んでいるのか……それは【落ち人】と呼ばれるこの世界の裏側にある異世界から落ちてきた人達の知恵を用いているからだと言われてはいるが、他国では【落ち人】はいないものとして扱われていたため、その真偽について確かめた者はいない。


 そして、西国レグザフォード王国。

 魔術に関してはヴィラージュ王国、特産物に関してはウィスタリア公国、軍事に関してはアルファード帝国、と全てにおいて他国に劣っているかのように思われるこの国だが、しかしその実全てにおいて次点、という素晴らしいバランスを維持している国として、可もなく不可もない立ち位置に在り続けている。



「レグザフォードの何某かの面倒事に巻き込まれるため、我々は陛下の子飼いとされたわけですね?」

「フォッフォッフォ、聡いの小娘。如何にも、お主らはこれより余が子飼い。レグザフォードより持ち込まれた厄介事を、我が国の代表として解決するまでが任務よ。とはいえ話を聞く限りでは長期戦になろうて、じっくり腰を据えて取り組むが良いぞ」

「長期戦……」


(ということは、その間あの家は私のもたらす名前の恩恵を受けてウハウハ生活をし続けるってことか。なんかムカつく)


 と、マドカがそんなことを考えていると、皇帝はすべてを見通したかのようにニヤリと口の端を歪めた。


「小娘、クリストハルトに復讐したかろう?」

「無論です」

「ならば精々持ち上げ、そして一気に突き落としてやるといい。あのボンクラのこと、嫌々ながらに引き取った娘が意外に使えるとわかったら、さてどうすると思う?」


 あの男がもし巷で囁かれる噂が本当だと知ったなら。それをよりにもよって国の高官から知らされたなら。

 今ギリギリの状態であるクリストハルト家の役に立たせるため、言われるがままに彼女を国に差し出すだろう。

 そのために出費が必要だと言われればするだろうし、何か準備せよと命じられれば諾々と従うに違いない。

 国に『娘』を差し出すのだから、当然倍以上の見返りがあるのだと期待を膨らませて。


「後見人をつけても、生活費は請求するというのはどうでしょうか?」

「む?」

「後見はする、衣食住の面倒も見る、そのかわり未成年の間は生活費や必要経費は別途請求する。夜会に招かれれば、その分のドレスや装飾品の代金を。国外留学となれば、その分の旅費を。すぐに破綻しない程度に、いい思いをする分の()()を徴収することはできませんか?」


 成人するまで、悔しいがあの家の娘であることは変わらないのだ。

 ならばせめて、名前を貸す代わりに生活に必要な資金を提供させることで、調子に乗りすぎないようにさせることはできないか。

 それはまるっきり私情丸出しの申し出ではあったが、一瞬の間の後に皇帝は腹を揺らして爆笑し、仏頂面で通していた宰相も笑いをこらえているような微妙に歪んだ表情になった。


「ベックフォードよ、この小娘の提案をどう見る?」

「まるっきり子供の嫌がらせですが。…………なるほど、あくまでも相手に無理のない程度に抑えるのであれば、可能でしょう。最初に契約書を交わし、もしその生活費援助を打ち切った場合のペナルティも設定しておくとなおよろしいかと」


(さすが宰相閣下。あっちが約束を守り続けるとは限らないもんね。契約で縛ってペナルティもつけて、しかもそれを気づかれないようにしておくわけか)


 あちらは『前妻の娘』という厄介者を引き取ってもらえるだけありがたいのだ、それだけでなくその厄介者が家に役立つ実績を積んでくれるとなれば、笑いが止まらないに違いない。

 そんな浮かれた状態の時に「さあ、同意のサインを」と言われれば、きっとあのボンクラのことだよく読みもせずにほいほいサインをするだろう。




 いつの間にか夜は明けて、朝日が昇る。

 そこでようやく四人はお役御免となった。

 何処で何をするにしても、まずは実家に戻ってそこから国に召し上げられたという形を取らないといけないらしい。

 マドカは一度クリストハルト家へ、そして他の三人はスラムに戻ってからまずは国が実家へ連絡を入れ、そこから呼び出しを受ける形で実家を経由して改めて招かれることになる。


 そこで、帰りの馬車は三対一で別れることになった。

 三人はニールに連れられてスラムへ、マドカは妙に高級感ある乗り心地最高の馬車で貴族街へ。


「裏へ回る。途中で降りろ」

「わかりました。ご配慮ありがとうございます」


 流石に正面からこのいかにも『権力者です』と主張するような馬車で帰るわけにはいかない。

 あれこれあって忘れかけていたが、彼女は離れでおとなしくしていると主張したその夜に、こっそり邸を抜け出したのだ。

 晩餐も終わった時間帯、好き好んで離れまで様子を見に来る者もいないだろうとは思うが、だったら尚更朝も早い時間に本邸の正面から堂々と帰るのは阿呆のやることだろう。


「…………あふ、……っ」

「欠伸か、呑気なものだな」

「すみません。結局昨日は寝てないもので」

「あの場にいた全員がそうだと思うが。まぁ、コトが上手く運んだら少し休ませてやる」

「ありがとうございます」


 それじゃ行きますね、と彼女は馬車から降りた。

 そして己にもう一度認識阻害の術をかけると、見張りのいるだろう裏口からこっそり敷地内へと入る。


 案の定、敷地内には何人かの見張りがどこか眠そうな顔で突っ立っていたが、誰も彼女に気づいた様子もなくたまにキョロキョロと周囲を見回しては、腕を振ったり伸びをしたりしている。

 離れまで、裏口からだと庭を突っ切って少しだけ距離があるので、音を立てないように丈の短い草の辺りを選んで歩いて、ようやく建物が見えてきたところで


(げ。なんであの男がこんな時間にここに!?)


 予想外の事態に、足を止めざるを得なかった。




 テレーゼという娘に対して悪感情しか持っていないはずの、父と呼ぶのも厭わしい最低男が、彼女の住まいとなったばかりの離れの入り口に仁王立ちしている。

 しかも、視線は彼女の方へと固定して。


 彼女が自身にかけているのはあくまで認識阻害……彼女をよく知らない者なら近くを通っても気づかれない程度にする術なのだが、逆に言うと彼女をある程度知った者なら術がかかっていても見分けることができる。

 つまり、今の彼は抜け出して戻ってきた彼女に気づいている、ということ。


(今の時間帯、貴族ならぐっすりおやすみのはずなんだけど……こいつ、なんでここに?もしかして、ずっと待ってたってオチ?)


 昨日あれだけエリーゼを気遣っていた彼のことだ、もしかするとまだ言い足りないことがあったか、もしくは虐待でも加えるつもりで家族が寝静まった後にこっそり来たものの、そこにお目当ての娘がいなかったことで怒り狂っている、ということなのか。

 それでもずっと外で待っている、というのもどうにもおかしい。


(おかしい……これ、昨日も感じた。なんか、ただのほほんと幸せな家族ってわけじゃないんだよねぇ。すっごい違和感。なんだろ?)



 彼女があれこれと考えている間にも彼は大股に近づいてきてむんずと腕を掴み、ずんずんと無言で戻って離れの扉を開け、そこに彼女の小さな体を放り出すと「何処へ行っていた!!」と怒鳴り声を上げた。


「勝手に外出するのは許さないと言ったはずだ!言え、どこで何をしていた!!」

「食事と服の調達に。必要なことですから」

「勝手なことはするな!!この恥さらしが!!」


 キィン、と耳鳴りがして初めて己が頬を叩かれたことに気づく。

 大人の大きな手で力いっぱい叩かれたのだ、いくら鍛えていたとはいえ体つきの小さな彼女ではひとたまりもなく、床に頭を打ち付けてしまう。

 ゴツン、と側頭部が鳴った音でタンコブくらいはできたかな、と死んだ魚の目で考えているところに胸ぐらを掴まれ、引き起こされてもう一度反対を。


 あえて彼女は抵抗しなかった。

 死なない程度には身体能力強化の術をかけてはいるし、ここで抵抗しては面白くない。


(もう少し。……もうちょっと待てば、いい)


 動かなくなった彼女を、男が蹴り上げる。

 一度、二度、三度。

 腹を、それを庇えば足を、くるりと丸まれば背中を。


 そうしていると、本邸の方からドタドタと大きな足音が響いてきた。

 来た、とテレーゼが薄く目を開いた時、離れの扉が乱暴に開かれる。


「旦那様っ!大変でございます。こっ、こっ、皇帝陛下からお使いが!!」

「皇帝陛下だと!?ギブン、何を言っている?こんな朝早く、しかも我が家に皇帝陛下のお遣いなど来られるはずもないだろう!ちゃんと身分は確かめたのか!」

「もっ、勿論でございます!!陛下の印璽と、あと身分証も確認致しましたが相違ございません!!し、しかも、その方は、その、」

「なんだ、はっきりと言え!」

「その使者の方は、宰相閣下にございます!!」



 さいしょうかっか、と虚ろに呟かれた声は明らかに呂律がおかしい。

 薄く目を開けて見上げると、さっきまで何かに取り憑かれたように鬼の形相をしていた男は、今は憑き物が落ちたかのようにぼんやりと……呆然と執事を見上げている。


「宰相閣下が…………何故」

「その、旦那様に至急のご用件だと。それから、その……お嬢様、にもお会いしたいと」

「なん、だと?エリーゼに?」

「いいえ!いいえ、違います!エリーゼお嬢様ではなく、そちらの、」


 チラリ、と執事の視線が床で転がったままの彼女に向く。

 つられて視線を向けてきた男は不快感を示すように眉根を寄せ、何度も執事に「間違いないか」と確認してそのたびに「相違ございません」と返されてようやく、顔を青ざめさせた。

 それはそうだろう、この全身打撲、傷だらけの娘をまさか宰相閣下の前に引きずっていくわけにはいかないのだから。


「わかった。私はすぐに支度をしてお迎えに出るが、くれぐれもサアヤとエリーゼを起こさぬように。それと、()()は体調不良で寝込んでいることにする。他の者にもそう伝えよ」

「かしこまりました」


 ドカドカと慌てたように駆け去る足音が二つ。

 どうやら彼女が起きて意識もはっきりしていることに、気付かずにいてくれたらしい。

 いや、もし気づいていたとしてもこの怪我だ、到底起き上がれないだろうと高をくくっているのかもしれない。



「残念でしたね、っと」


 よいしょ、と彼女は起き上がって服を叩こうとして……あえてそのままにしておく。

 彼女が今着ているのは平民街で調達した、ごくごく普通のワンピースだ。

 貴族の娘が着るには似つかわしくない、安物の生地のそれに埃や己の血をこびりつかせたまま、とことことゆっくり気配を探りながら離れを出る。


(宰相閣下がいいタイミングで来てくれたお陰で、お芝居も盛り上がってくれそうだし?)


 薄汚れた鏡に映るのは、たった今実の親に虐待を受けたばかりの可哀想な10歳の子供。

 その子供の口元が、血に汚れたままニィっと吊り上がる。


「さあて、可哀想なアテクシが参りますよ、っと」




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