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TWO:接待?いいえ虐待です

一部加筆修正した程度です。




 穏やかに微笑む母、甘えて抱きつく娘、その娘を抱き上げて笑う父。

 理想の、家族の姿がそこにあった。

 迎えに出てきた使用人達も一様に頬を緩ませ、愛らしい娘とそれを溺愛する両親を微笑ましく見守っている。


 馬車の御者も主一家を温かな瞳で見つめた後、馬の手綱を引いてガラガラと馬車を片付けに行く。

 その後に、見た目だけは貴族の子供らしく飾り付けられた……が全く似合っていない金髪の少女を残して。


(うん、まぁいいけど。この『微笑ましい家族ごっこ』をこの手で叩き壊せるかと思うと、それはそれで楽しみだし。むしろ最初は放置の方向だと楽だしね)


 などと、放置プレイ状態の()()()()娘が考えているとは夢にも思っていないのか……単に忘れているだけか、愛娘を抱き上げたまま当主アメデオが邸に向かって歩き出した。

 そのまま置いて行かれるのだと納得しかけたところで、抱き上げられたままの少女エリーゼの顔が、不意にぽつんと佇んだままの少女テレーゼへと向いた。

 ぱちり、と何度か不思議そうに瞬いてから彼女は父が出ていく前に話してくれたことを思い出し、「おとうさま!」と父の肩をぽんぽんと叩いて彼女の存在を示した。


 チ、と娘に聞こえるかどうかという小さな舌打ち。

 別に忘れていたわけではない、ただ一時でも忘れたかっただけなのだ。

 使用人にはきちんと『前妻の娘が見つかった。離れに住まうことになるが、必要上に構うことはない』と言い含めてある。

 だからここで置いていっても、()()が邸まで連れてくるだろうとそう思っていた。

 だが他ならぬエリーゼがその存在を気に留めたことで、彼は仕方なく振り向いて彼自ら迎えに行ってやるしかなかった。



 面倒くさそうに、ゆっくりと近づいてくる父親の顔は拗ねた子供そのものだと()()()()は笑いだしたくなるのを堪える。


(そんなに嫌なら、どうしてここまで連れてきたの?どうして、裏口からこっそり離れに連れて行かなかったの?もしかしてそんなこと考える頭もないの?残念すぎる人なの?馬鹿なの?)


 口に出さないからと言いたい放題。

 だがその疑問の大半が当てはまってしまう以上、悪口とも負け惜しみとも言い難い。

 確かに、家族団欒を楽しみたいならまず厄介者(テレーゼ)を裏口から邸に入れ、使用人の誰かに言ってこっそりと離れに連れて行けば済んだ話だ。

 それとも、これが正しい家族のあり方だ、お前の入り込む隙間などない、とスラムから拾ってきた幼い娘を絶望させたかったのか。

 それが、由緒正しき貴族の正しい姿だとでも言うつもりか。


「気を使わせてしまってすまないな、エリーゼ。()()はテレーゼ、お父様の前の妻との間の子だが、住まいは離れを使わせる。本邸に入れるようなことも、お前達と顔を合わせることもさせないから、安心すると良い」


(うわー、ないわーその紹介。いくら体面のためとはいえ、『コレ』呼ばわりは引くわー)


 ちらりと周囲を見ると、それまで微笑ましそうな顔をしていた使用人達が、まるで蛆虫を見るかのような汚らわしそうな顔になっている。

 対して夫の陰に隠れるように様子を伺っている奥方は、不安そうに眉を下げて夫とテレーゼを見比べているようだ。あまりに似ていたので驚いたと同時に不安に駆られた、といったところだろうか。


 そしてその娘は。

 父の腕を叩いておろしてもらうと、何を思ったかテレーゼの前まで駆け寄ってきた。


「あなたがテレーゼ?嬉しい!私、お姉ちゃんになるのね!一人っ子もいいけど、ずっと妹がほしかったの!」

「こ、こらエリーゼ!今言っただろう?コレは妹と言っても、お前とは関わりのない……」

「そんなのダメよおとうさま!離れだなんて、あんな寂しい場所、可哀想だわ!」

「いいかい、コレはお前とは違うんだ。貴族としてのマナーも何も知らない。だからこれから教育しなきゃ、外に出すこともできないんだよ。お前だって、コレが原因で笑い者にされるのは嫌だろう?」

「それは……そう、だけど……」


 だったら聞き分けなさい、と父親に諭されたエリーゼは「それじゃおとうさま、お願いがあるの!」とにっこり笑った。

 娘のおねだりに、父が勝てた試しはない。

 今回のおねだりは彼にとっては相当厳しい要求だったが、それでも最終的にはわかったよと頷くしかなかった。




『今日は最初の日だもの、だからマナーなんて気にしないで一緒に食事がしたいわ!それならいいでしょう?』


 両親のみならず使用人達にも溺愛される愛らしい少女エリーゼ。

 その可愛らしい我儘は、なんであっても聞いてあげたいと皆そう思っている。

 だが今回の場合は違った。

 当主が出かける前にある程度事情を説明してくれていたとはいえ、幸せな家庭に突然やってきた前妻の娘という異物。

 その異物を晩餐に同席させて()()()()というのだから、特に厨房の担当者達は大慌てだ。


 彼らにとって大事なのは当主と、彼が溺愛する妻と娘。

 その当主を煩わせた前妻も、憎たらしいことに当主にそっくりな娘も、彼らにとっては平穏をぶち壊す邪魔者でしかない。

 エリーゼが望み当主が許可を出した以上、今回はやむなく晩餐の席につかせるしかないが……それでも他の家族同様にもてなしてやるつもりはさらさらなかった。



(どうせ、スラムで育った薄汚れた子供なんだから。何出したって同じはず)


「…………スラムで育ったんだから、どんな味のものを出したって同じ、ですか」


 ここで待つようにと言われてソファーに腰掛けたテレーゼに、体が温まりますからとメイドの一人が出した紅茶。

 彼女はそれを小さく一口啜り、そしてあまりの渋さに吐き出すかそれとも顔をしかめるか、もしくはありがたがって飲み干すかと反応を伺っていたメイドに視線を向けて、にこりと微笑んだ。

 自分が思っていたことと同じ言葉を発した少女に、メイドは表情を引きつらせる。


「スラムに住まう者は泥水でも啜って生きているとでも思われているんでしょうね。だからどんなものを出しても、ありがたがって飲むだろうと?」

「い、いいえそんな!そ、その、これが貴族流の紅茶なのですわ。お、お嬢様が味がお分かりにならないのも当然かと」

「スラムで育った、薄汚れたガキだから?舐められたものですね」


 この邸の人はどうやら世間情勢に疎いようですね、と続けられた言葉の意味をメイドは理解できず、眉根を寄せる。

 そして、次いで『お嬢様』が発した言葉に、彼女は文字通り目を剥いた。


「貴族流かどうかはわかりませんが。沸騰したお湯でティーポットとカップをまず温め、茶葉はティースプーン一杯分が一人分。これを人数分淹れてすぐ蓋をして蒸らし、この茶葉であれば約3分。注ぐ前にまずスプーンでポットの中をひと混ぜしてから注ぐのが基本。何か間違いでも?」

「え、あの、」

「まず、カップが冷たい。それに明らかに茶葉を入れすぎで、しかも蒸らしすぎ。これでは香りも味も全くわかりません。最後の一手間もかけていないのでしょう、味も均等ではないですね。この味こそ貴族流だというなら、覚えておきましょう。貴方、お名前は?」


 メイドは絶句した。

 スラムで育った子だから礼儀など全く知らない、貴族の子供として育てるつもりも毛頭ない。

 名目は前妻の娘として邸の離れに置くが、ある程度の年齢になったら適当な家に嫁がせて放り出す。

 そう当主が言っていたのだと、執事長から聞かされている。

 スラムと言えば、平民以下の最下層の者達がたむろする犯罪の温床。

 ここまで無事に命を永らえてきたとはいえ、そんな最下層区域で育ったのだから、貴族の食べ物など食べたこともないだろう、ましてや紅茶の味などわかるはずもない、と高をくくっていたというのに、蓋を開けてみればすらすらと紅茶の淹れ方の基本を述べ、更にダメ出しまでしてきた。


 結局彼女は、「お許し下さい」と一礼してその場を駆け去ってしまった。

 そしてそれを、使用人を取り仕切るメイド長へと伝える。


 メイド長は、この邸に古くから勤める古参のメイドだ。

 気位が高く何かにつけダメ出しばかりしてきた前妻のことも知っており、内心よく思っていなかったためか、その娘に対しても当然見る目は他よりも厳しい。

 彼女は泣きついてきたメイドを一喝し、フンと軽蔑するような視線をエントランスへと向ける。


「なんですか、みっともない。あの子供はわずかばかりでも元貴族の母親と暮らしていたのでしょう?なら紅茶の淹れ方くらい聞いていてもおかしくありません。大丈夫、厨房の準備はできています。今度こそ、自分の立場というものを教えてあげましょう」




 ややあって、エリーゼが晩餐用のドレスに着替えて下りてきた。

 彼女はテレーゼに話しかけたそうにしていたが、母であるサアヤに手を引かれチラチラと振り返りながらも先にダイニングへと入っていく。

 そのすぐ後に当主が下りてきて、ダイニングに家族三人が揃ったところでテレーゼが呼ばれた。

 彼女の席は扉のすぐ前……最も身分が低い者が座る席だ。


 彼女が席についたところで、彼女の前にカトラリーが並べられた。

 フォーク、スプーン、ナイフ。

 ひとつひとつ置かれていくそれを黙って見ていた彼女は、二本目のフォークが置かれたところでそのフォークを手で払い、床に落とした。

 カシャン、という金属音に当主は眉をひそめ、使用人達もこれだからマナーを知らない子供はと蔑む表情になる。


 テレーゼだけは平然とした表情で、カトラリーをセットしたメイドを振り返って「拾ってください」と告げた。

 これはマナー的に正しい。落としたカトラリーは自分では拾わない、というのは基本中の基本だ。

 指名された以上仕方ない、とメイドは落ちていたフォークを拾い、カトラリーの入った籠を手にして戻ると、改めて彼女のテーブルに二本目のフォークを置いた。のだが。


「違いますよ」

「……は?」

「そのフォークは先程私が落としたものです。こういった場合、新しいカトラリーを置くのが常識でしょう?」

「何を仰っているんです?先程のフォークはこちらに。これは新しいものです」


 言いがかりもいい加減にして、と言いたげにその場を離れかけたメイドはしかし、「でもここに髪の毛が」という小さな声を拾い上げて顔色を変え、慌ててフォークに視線を固定させた。

 だがじっと見ても、どこに髪の毛がついているのか全くわからない。

 数秒、いや数十秒だろうか、そこでようやくテレーゼは「ああ、すみません」と白々しく微笑んだ。


「さっきは確かに髪の毛がついていたんですが、どうやら落ちた時に取れたようです。 ────── でも落ちた時に傷がついたようですし、いくらスラム育ちと言っても汚れたフォークで食事できませんから。予備があるんでしょう?取り替えて、もらえますよね?」

「………………承知致しました」


 はめられた、とそのメイドは渋々カトラリーを取り替え、後ろに下がると悔しそうに唇を噛んだ。





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