番外編:ステラ=ガーネット編
-ステラ=ガーネット編-
「おお、ステラ。今日も精が出るのぉ。」
「あ、親方さん、こんにちは。」
親方の愛称で呼ばれているデミタスさんに広場で声を掛けられた私ことステラ=ガーネットは、今日もいつも通り裁縫の生産に励んでいます。
SSSOのOβから1カ月を過ぎましたが、このゲームに出会えて本当に良かったと思っています。それというのも、このゲームを始める前は、人生を半分諦めた感じの精神状態だったからです。
私がSSSOをプレイする切っ掛けになったのは、私の現実世界の身体の事情からでした…。
鈴寺 睦月、24歳、女性、未婚、両親と実家暮らし。但し、両親は海外出張で家を空ける事が多くて、その時は近所の叔父さんが面倒をみてくれます。
私は、17歳の時に巻き込まれた交通事故で、下半身不随の車椅子生活となってしまいました。22歳の時に移植手術に成功して、身体的には立って歩けるようになっているとお医者様は言いますが、数年間立てなかったことによる恐怖からなのかはわかりませんが、全く立てる気がしませんでした。
そこでお医者様よりVR体験によるリハビリを勧められ、いくつかの医療用VRをプレイしてVR上では普通に歩けるようになりましたが、あまり馴染めず、ゲームなら楽しめるのでは?と勧められたRPGゲームのSSSOのCβテストに運良く当選しました。
SSSOのCβテストでは、RPGらしい一通りの戦いに挑戦しましたが上手くいかず諦めそうな時、リアルの趣味になっている裁縫の生産を始めたら、これが凄く楽しくて見事にハマりました。Cβテストは、あっという間に終わってしまいましたが、Oβテストからが本番らしいので、Cβテストでの知識を活かして最初から裁縫職人としてプレイする事に決めました。
SSSOのOβテストが始まった日、私はすぐに裁縫スキルの習得と、生産を始めました。最初に必要となる素材の布は、裁縫ギルドのNPCから買えるので困りませんが、作った物をNPCに売ると少し赤字になってしまいます。そこは割り切って、一気にスキルを上げてしまいます。
翌日になると、競売に[森林狼の革]がNPC売りより1.5倍程高い値段で出品されていました。これを落札して、革防具を作成し、競売で売るを繰り返していくと、徐々に黒字になっていきました。もちろん、スキルも順調に上がっています。
Oβから5日程経った頃、裁縫スキルがLv40を超えた辺りから伸びが悪くなりました。良い素材を競売で探していると、[フォレストベアの革]が出品されていました。落札して試しに作ってみると、非常に効率が良い事がわかりましたが、革の出品数が少なすぎます。
なんとかして革を手に入れる方法がないか考えていると、街中で大声を出して商売している人達がいることに気付きます。この真似をすればと思いましたが、私は他人と喋るのが若干苦手になっていました。普通に話せるのは、両親と叔父さん、お医者様くらいで、友達と呼べる人も数年前から居なくなっています。
ここはゲームの世界、リアルでも話せない事は無いはずだし、ここの方がずっと楽と、私自身の中では凄い勇気を振り絞って、革3枚で靴を作りますという大声を出して呼び掛けました。
初日は誰も来ませんでした。合間で競売の出品も確認しているので、いくつかは手に入っています。2日目も呼び掛けますが、誰も来ないと諦めかけた夜になって、ついに声を掛けてくれた人がいました。
ピンクっぽい髪の毛の体格の良いお兄さんで、初めてのお客様に気が動転した私は、いきなりトレード申請をしてしまいました。革3枚をトレードされた直後、接続障害のアラートが聞こえ、少しパニックになっているとリアルの意識が覚醒し、SSSOから落ちてしまったと理解してからヘルメットを外すと真っ暗な部屋の中にいました。
停電?と直ぐに思い、手探りで携帯電話をみつけ、近所にいる叔父さんへ連絡を取ると、直ぐに来てくれるとのことです。時折轟く雷の光と音にビクッとしながら待つ事20分程で、叔父さんが来てくれました。
落雷によって家のブレーカーが落ちてしまったようで、直ぐに叔父さんが電気を復旧してくれましたが、その後ネットに繋がるまでに1時間近くかかってしまいました。慌ててSSSOへログインしましたが、先程のお客様はいません。名前も確認せず、強制終了したのでログも残っていませんでした。
それから3日間、靴の作成代行とは別に、靴を渡せなかったお客様を大声で探しましたが見つからず、諦めていた時、お腹が強調されたぽっちゃり型のおじさんが声を掛けてきました。そう、雑巾さんです。
靴の作成依頼と思って返事をしましたが、違うようなのでちょっと怪しんでいると、丁寧な口調で靴を渡せなかったお客様らしき人のフレンドと言ってきました。もし、そのお客様なら靴を渡して、お詫びを言いたいと思い、連絡を取ってもらうようにお願いしました。
暫く待つと、この前の靴を渡せなかったお客様が来てくれました。タツヤさんです。タツヤさんも私の容姿は覚えていたようなので、靴を渡しお詫びも言う事ができました。本当に良かったです。
この後、暫く雑談となって、話の流れからタツヤさんへのお詫びとして、試作品の防具を渡してしまおうと思うと、雑巾さんから質問と、ある提案をされたのでした。
革を提供してくれるという提案に、もしそうなったら嬉しいのですけど、この時は半信半疑という部分が大きかったと思います。でも、お話した感じでは、お二人とも悪そうな人には思えなかったのと、私がお詫びとして渡そうと思っていたので、この提案を受ける事にしました。
ここでのお二人との出会いが、今後の私のリアルを含めた人生に大きな影響を与えるなんて、全く想像することは出来ませんでした。
次の日の夜、雑巾さんから素材が手に入ったとの連絡があり、受け取ることにします。昨日の今日なので、良くて10枚くらいかなと考えていると、タツヤさんからとんでもない数を渡され、唖然としました。
いきなりこの数を渡してくる事に、何か裏があるのではと勘繰りながらも、そういう素振りもなく、お二人はただこのゲームを楽しんでいると確信するのにもう少し時間が掛かりました。
せっかく素材が大量に手に入ったので、使わないのは勿体ないと思って、スキル上げを頑張ります。スキルは効率良くどんどん上がり、少し上位の防具も作れるようになって、競売での売れ行きも順調でした。
週末、相場と売り上げを計算しながら、メモ用のウィンドウに内訳をまとめていきます。お二人が吃驚するだろうなと、ほくそ笑みながら報告すると、案の定吃驚していました。
更に、タツヤさんへは試作品を渡していたのが心残りでしたので、サプライズとして現状の最高品質の防具一式を渡そうと思い用意していました。すると、手の装備は良いのがあるとの事で何でしょ?と思っていると、[森林熊の革手袋]との事で、逆に私が吃驚する事になりました。
強化レシピの素材として名前は知っていましたが、競売でも見かけた事のないレア装備です。強化レシピの話をすると、消失覚悟で挑戦して良いと言われ、私のテンションはマックスです。無事成功してタツヤさんへ渡し、雑巾さんが武器の関係で薄手の手袋が良いと言っていたので、器用特化の手袋を作ってあげました。
清算してから6時間経たない頃、雑巾さんから素材入手の連絡があったので、受け取りにいきます。タツヤさんが狩りまくったと言っていたので、期待していますと冗談を言ったつもりでしたが、革だけで100枚超えという数に言葉を失いました。
更に、[森林熊の革長靴]というレア装備もドロップしたそうで、これも強化レシピの素材にして良いと言われ、私はテンションマックス状態です。無事成功し、タツヤさんへ渡します。
実は、生産レシピには製作成功すると埋まる図鑑のようなコンプリート機能があります。コンプリート機能については、まだ未実装なのですが、行く行くは報酬や恩恵のようなものがあると噂されていますので、レア素材のレシピで製作出来るのはとても大きいです。これだけでもお二人に大感謝です。
お二人とお話するようになってから、良く顔を合わせる職人プレイヤーさんとも自然に会話出来るようになっていました。皆さん優しく、色々教えてくれます。良く見かけた強面のデミタスさん…通称“親方”とお話出来るようになったのも大きな成長かもしれません。
公式イベント発表後、暫く様子を見ていましたが、雑巾さんの予想通り、武器防具の需要が一気に上がりました。私の製作した派生レシピ防具も、かなりの金額で売れていきました。タツヤさんから追加の素材を受け取り、全てが順調に進んでいます。
ここで職人仲間から注意喚起のお話がありました。公式イベントもあってか、最近結成され始めたギルドで職人を囲おうとする動きがあるみたいで、優遇された条件を提示されギルドへ入った職人さんが、大変なノルマを課せられ、プレイ時間の都合上出来ないと脱退しようとすると、使った素材を全て返せと言われ揉めているといった話が何件か起きているようなので、ギルドへ入る時は気を付けるようにとの事でした。
それでなくても、私クラスの装備を作っている人は、装備品の銘から名前が知られているので、勧誘が来るはずだから気を付けるようにと念を押されました。職人プレイヤーを道具のように扱うプレイヤーもいると解り、ゲームの世界も現実と変わらないのかもしれないと、少しだけ悲しくなりました。
順調に生産と競売出品をしているところで、とあるギルドの方より依頼がありました。こちらは勧誘ではなく、特化防具の大口依頼で、数も多いのですが特化内容の細かい指定があるので、競売相場より上乗せするから、公式イベントまでに間に合わせて欲しいというお話でした。詳細を確認したところ、日数も素材の在庫も問題なかったので、受注する事に決めました。
注文を受けたギルドへ防具を渡す際にギルドへの勧誘を受けましたが、前聞いた噂話もあって怖かったので、今は考えていませんと丁重にお断りしました。ギルドへ入るなら、信頼のおける人のギルドが良いなと思っています。
公式イベント当日、製作した防具もほとんど売り切りましたので、素材の相場と売り上げを計算してメモ用のウィンドウに内訳をまとめていきます。私の所持金から解ってはいましたが、もの凄い利益が出ています。お二人に報告するのがとても楽しみです。
イベントの日は午後病院へ定期診察へ行く日でしたので、お昼前にSSSOをログアウトし、お母様と一緒に病院へ行きました。診察結果は特に問題無いとの事でしたが、お医者様に最近明るくなってきたねと言われ、良い傾向だということです。
VRのリハビリも楽しむ事が一番大事との事で、VRMMOのような多人数の人との触れ合いも重要であるそうです。確かに最近は何人かの方と普通にお話出来るようになりましたし、初めての方とも昔程緊張せずにお話出来るようになっている気がしています。思い返してみれば、ずっとお世話になっているタツヤさんと雑巾さんとの出会いが切っ掛けになったのかもしれないと、益々お二人に感謝の思いが募ります。
公式イベントの開始前に、タツヤさんと雑巾さんに出会え、清算出来ました。お二人とも内訳を見た時に唖然としていて、少し可笑しかったです。私もイベントに迎撃で参加する旨を伝え、雑巾さんからは時間のある時に、今後必要な素材の一覧を纏めて欲しいという宿題をもらいました。
約束していた職人仲間と合流して、南門の防衛に参加しました。迎撃用アイテムはいくつか種類があって、攻撃力が高い又は範囲が広く撃った後のリロード時間が長いものから、単体用で攻撃力は低いけれどリロード時間の短いものまでありましたが、私は一番リロード時間の短いものを持って、撃ちまくっていました。
少し時間が経った後、東門の防衛に回るようにとの号令が親方からありましたので、私たちは東門へ向かい、親方の指示の元、ゴブリン集団を街へ入れさせないように職人プレイヤーを中心に一丸となって頑張りました。東門はバリケードが無かったので、すぐ突破されてしまうのではと最初は不安に思っていましたが、門前で奮闘するNPCの教官さんと数人の戦闘職のプレイヤーさんで抑え、私たちが押し返していくという流れで防衛出来ていました。
皆さんで必死に頑張っていると、門の外の北側にプレイヤーの援軍が来てくれたようです。親方も北側から援軍が来ているぞ!と皆さんを激励しています。私たちも一生懸命頑張っていますが、回復魔法の使えるプレイヤーさんが一人の為、たぶんMPの回復が追い付かなくて、門前で抑えている前衛さんたちのHPが徐々に減ってきています。
このままいくと、前衛さんが倒れてしまうのでは?と考えて、親方の顔を見ると、凄く厳しい表情になっていました。きっと私の考えの通りと思いましたが、私に何か出来るはずもありません。ここで、北側の近い場所で、広範囲のダメージエフェクトが出て、多くのゴブリンが消えていきました。消えた先からは北側に援軍として来てくれたと思われるプレイヤーさんが、ここまで突入してきてくれたようです。
親方の指示の元、突入してきたプレイヤーさん方面のゴブリンへ向けて、一斉支援攻撃をしました。これで、突入してきたプレイヤーさん2名…タツヤさんと雑巾さん!?が門前で合流し、一度街中へ入っていきました。街中へ入ったお二人を再確認してしまうくらい、吃驚しました。
でも、援軍でここまで来てくれたのがお二人だけだったという事で、苦戦の状況は変わらないと考えていると、雑巾さんが親方とお話した後に、親方から無茶な指示が飛んできました。なんでも、NPC教官さんとタツヤさんと雑巾さんで抑えるので、前衛と魔法使いプレイヤーは後退して回復に専念との事です。更に、迎撃用の職人たちは、北側集中でローテーションと言われましたが、そうしたら前衛さんが3人にも関わらず潰れてしまうのでは?と、凄く不安になりました。
もちろん、親方の指示なので信頼出来るはずなのですけど、周りのプレイヤーさんたちも半信半疑で戸惑っている雰囲気です。それでも颯爽と飛び出したタツヤさんと雑巾さん、NPC教官さんと何やら遣り取りして、タツヤさんが東側正面、NPC教官さんが南側、雑巾さんがその間の少し後方に位置すると、タツヤさんが動き出しました。
タツヤさんのテリトリーに入ったゴブリンが次々と殴られ蹴られ消えていきます。NPC教官さんも先程の守り一辺倒ではなく、ゴブリン2匹を纏めて倒し、別のゴブリンの攻撃を盾でしっかりと守っています。雑巾さんは、石のようなものを投げ、NPC教官さんが盾で防御したゴブリンや、間をすり抜けて来たゴブリンを中心に一撃で倒しています。
親方から支援攻撃の手を緩めるなという号令が掛かります。私も呆けている場合ではありません。しっかりと北側のゴブリンへ向け、迎撃用アイテムを使います。今までは私たちの支援攻撃が押し返すメイン手段と思っていましたが、タツヤさんと雑巾さんの殲滅速度の方が早いくらいに感じます。
更に、タツヤさんが必殺技を発動したのでしょうか、一気に10数体のゴブリンが消え、周りからおぉとのどよめきが上がります。NPC教官さんも発動したようで、こちらも数匹纏めて消えていきます。そして、周り中の人たちが呆気にとられたのが、雑巾さんの必殺技?でした。広範囲のダメージエフェクトと共に、沢山のゴブリンが消えていきました。呆けている場合ではありません、私も支援攻撃を連携して続けます。
回復の終わった前衛さんと魔法使いさんが復帰し、順調にゴブリン集団を倒していると、門の前にとても大きい凶悪な顔をしたオーガロードが見えました。親方からはゴブリンの殲滅を優先との指示がありましたので、ゴブリンに集中します。オーガロードへは、NPC教官さんとタツヤさん、雑巾さんが相手し、他数人のプレイヤーさんが遠距離から攻撃と支援をしていました。
全てのゴブリンの殲滅が終わると、親方から単体攻撃力の一番高いリロードの長い迎撃用アイテムへ持ち替え、準備するようにと号令がかかりました。私も急いで迎撃用アイテムを交換します。一抱えもある大きなボウガンのようですが、撃つのは親方の指示待ちで、10人くらいずつ順番に撃つようです。
タツヤさんが驚異的な回避を見せ、オーガロードの攻撃を躱していると、突然オーガロードが吠えました。NPC教官さんが攻撃を受け止めるようです。何やらスキルのようなものを使ったと思うのですが、NPC教官さんのHPはほとんど減らず、オーガロードの猛攻に耐えています。凄いです。
親方の号令が掛かり、オーガロードへ向けて順番に支援攻撃をしていきます。全員が打ち終わってもオーガロードは倒れません。タツヤさんと雑巾さん、他の遠距離攻撃プレイヤーさんも必死に攻撃をしています。そして遂にオーガロードが倒れ、東門の防衛に成功しました。もの凄い達成感と、感動の感情が込み上げてきました。
この後、南門の防衛に参加して、無事成功を納め、イベントが終了しました。職人仲間と健闘を称え合った後、広場でタツヤさんと雑巾さんを見かけたので少し雑談しました。今回のイベントは只々慌てていた感じでしたけど、とても楽しかったです。
翌日のイベントの結果は、討伐総合第9位にタツヤさんと雑巾さんが入っていて驚きましたが、貢献ポイントの総合第10位に私が入って本当に吃驚です。職人仲間もランクインしていたので、皆で喜びました。手に入ったカタログの巻物は、色々と欲しい物があったので、慎重に選びたいと思います。
「あっ、ステラちゃん。お久しぶりね。そういえばカタログはもう決めたの?」
広場でぼーっと今までの事を振り返っていると、職人仲間の茜さんに声を掛けられました。
「い、いえ、まだ悩んでいます。ハイレアの方は、スキルにしようと思っているのですけど、まだ決心がつかなくて…。」
「あたしはレア素材にしちゃったけど、後悔しないようにゆっくり考えれば良いと思うわよ。それじゃぁ、頑張ってね。」
茜さんに声を掛けられた事で現実(VR)に戻って来た私は、週末タツヤさんと雑巾さんに会える事を楽しみにしつつ、生産に励む為ギルドへ向かいました。
-ステラ=ガーネット編 完-
鈴寺→ずを取って→ステラ
睦月→1月(睦月)の誕生石→ガーネット
意外と安易なキャラ名です。