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第三章『決戦①』

 リトシュタイン帝国に乗り込むことになって、なにより心強かったのは、国境近くに住む叔父・マリオ・ランティス元・侯爵からの援軍だった。

 もともとバフィト公国時代に外交を担当していた叔父は、諸外国からの信頼も厚く、かつて和平協定を結んでいた隣国の主たちとの協力を得て、兵力を増やすことに成功したのだ。

 多種多様におよぶ軍列を指揮する叔父のもとで。

 アレクシアは装甲車に乗り込んで、視界の良い高所から帝国の城砦を見つめた。


「マリオ叔父は、良い同胞をお持ちなのだな」

 インカムから届くアレクシアの声音に、操縦席にいたマリオが笑った。

「私の交渉力をなめてもらっては困りますな。…と言いたいところですが、リトシュタイン帝国の求める独裁政治にみな納得していないのでしょう」

 だからこそマリオの声掛けに、大勢の賛同者が現れたのだ。


 ──ダリール公国が滅亡した時点で、いつかこうなる予感がしていた。

 これまでダリール公国の残物であるファミリアに敬意を表し、一切の手出しをしてこなかった隣国たちも、リトシュタイン帝国に横からかっさわれるとなったら、話は別だ。


 しかし、これはあくまでもアレクシアが単独でやったこと。

 王太子プルーデンスには、なんの罪もない。

 ましてマリオや、バフィト王国にはなんの落ち度もない。

 もし何らかの不具合が生じた場合は、すべての責任をアレクシア1人で取るつもりだった。


「叔父上、巻き込んでしまってすまないな」

「なんの、死なばもろとも。老い先短い老体でよければ、いくらでも使ってくれて構わんよ」

 マイクから届く叔父の楽し気な声に、ふとアレクシアの心が和んだ。

「ところで。宣戦布告もなしに、いきなり奇襲攻撃をかけるつもりかの?」

「こっちは町ひとつぶっ壊されてんだから、同じだけの報酬は受け取ってもらうつもりだ。交渉はそれから。ただし威嚇だけだな。人命優先で」

「わかっておる」


 周囲は、ものすごい数の装甲車で溢れかえっている。

 どこの国も、いつの間にこんな代物を隠し持っていたのか。

 口では『平和主義で、兵力など持たぬ』などと宣っておきながら、そのくせいざとなったら、こんな大層な軍事力を持ち込むのだから、侮れない。


「己が国の民は、己で守るのものだ!」

 隣国の元首たちは口々にそう言い、自信満々に自国の兵力を見せつけてくる。

 その意気込みに、アレクシアは無限の力強さを感じた。

「では叔父上、あとは頼む」

 そう言い残して装甲車から飛び降りると、すぐさま皇帝のいる城塞に向かった。


 戦車の隙間を縫うように、駆け足で移動していく。

 まるで高いビルに囲まれているような高さと威圧感に、萎縮してしまう。

 かつて自分が戦車に踏みつけられたことを思い出してぞっとしたものの、アレクシアはぱんっと両手で頬を叩した。

「こら、びびるな、自分!今ここにある戦車はすべて味方だろう?!」

 そう言い聞かせて、城を見上げた刹那。

 城塞の上から、マイクロフト皇帝がこちらを見下ろしているのに気づいた。

「…皇帝、」

 ものすごい怒りのオーラ。

 憎しみの瞳が、炎を吹きあげるような光を放ってアレクシアを見つめていた。



                  ■□■□



 どん、と下から突き上げるような衝撃がヴァンを襲った。

 ぐらりと建物が揺れ、棚にあるものが崩れ落ちていく。

 テーブルの上にあった機材が床に転がり、ヴァンは逃げる場を失ってドアに向かった。

「いったい何が起こったんだ?!」

 急いで外に出ようとしたものの、入口のドアは固く閉ざされていて、開けることすらできない。

 おまけに室内には窓すらも見当たらない。

 外で何かが起こっているのは間違いないのに、ヴァンは完全に閉じ込められて身動きすらできないでいた。。


「…ファミリア」

 そう念じた瞬間。

 なにかが、ふわりと耳元を掠めた。

「…!」

 床に落ちた露桟敷の葉から飛び出した、小さな光。

 ファミリアの力を宿した妖精が、ふわふわと浮遊しながら、いざなうように王子の周りを飛び回っている。

 その羽音が、まるで話しかけるように揺れるのを見て、彼はほっと安堵の息をついた。

「…ここから逃がしてくれるのか、オレを? …でもムリだ。この部屋は完全に封鎖されていて、ファミリア・ブライドは使えない。…オレのことはいいから、外の様子だけでも分かれば。…まさかアレクシアが戻ってきたんじゃないだろうな」

 と、嫌な予感にさいなまれていたその時。

 再びどん、と大きな揺れが生じ、建物の壁が崩落した。

 天井に穴が開き、がらがらと石塊が落ちてくるのに慌てていると、次の瞬間、ぽっかりと穴が開いた天井から、見慣れた男がひょこりと顔を覗かせた。

「フェルか?!」

「おや、生きてたのか、プリンシパル。さすが不死身の体だな」

「なんでここに? まさかアレクシアも一緒なのか?」

「いや、別行動なんだ。先にこっちに来ているはずなんだが、オレも彼女の居場所を探している。…お前の力を借りたい」

 そう言ったフェルディナンを、ヴァンは呆気に取られて見上げてしまった。




                  ■□■□



 城の外は、大火に包まれていた。

 美しい近代都市が瞬く間に失われていく様子を見つめ、サキソライトとジェスターは愕然とした。

「信じられない…。完全に包囲されている。リトシュタインの尊厳が、こんなにもろく崩れ去るなんて…っ」

 街を見下ろして唇をかむジェスターに、サキソライトは瞳を潤ませた。

「ジェスター、もうやめましょう。アレクシアを倒しても、あなたはアレクシアにはなれない。そんなこと分かってるでしょう」

「じゃあ、我らの価値は? なんのために生まれた?! 私は自分が生まれた証が欲しい」

「…皇帝に愛されるために?」

「っ、」

「あなたは、とても可哀想な道化師ね。アレクシアが死んだからといって、あなたにその鉢が回ってくるわけじゃないのに」

「うるさい!」

「ただのアレクシアのコピーでしかないのに」

「黙れ!」

 振り返りざまに平手打ちを食らわし、ジェスターはサキソライトの襟を掴んだ。

「ふざけんな! それはお前も同じだろ。アレクシアの失敗作のくせに! お前は…っ」

 襟首を鷲掴んだまま、ジェスターはその胸に顔をうずめた。

「お前はいいよ、サキソライト。腕を失っても生きる糧がある。でも私には何もない。…何もないんだ…!」

「ジェスター」

 そう呟いて、サキソライトが懐に手を入れ、隠しておいたピストルを取り出そうとした直後。

 突然、体が黒い物体に包まれた。

「ひゃっ」

 ──漆黒のファミリア?!

 こんなものは見たことがない。

 怪しい光を放ち、暗い灯に巻き込まれるように束縛されたサキソライトは、あっという間に意識を失い、その場に倒れ込んでしまった。

「かわいそうなのは、お前だ、サキソライト」

 横たわった彼女の傍らに立ち、ジェスターは強張った表情で見下ろした。

「実験が成功していたら《ジェスター》は生まれなかった。お前こそが《アレクシア》になれたかもしれないのに」


 ──誰からも愛される美しいお姫様になりそこねた娘は、

 ただ人形のように椅子に座って、寂しく笑っているだけでしかない。


「私は、絶対にそうはなりたくない」

 そう言い放って、きびすを返した瞬間。

 昏倒したはずのサキソライトが、回し蹴りでジェスターの足を払った。

 どうっ、とジェスターの背中が床に打ち付けられ、転がるように体が上下する。

「サキソライト…どうしてっ」

「分からないの? あなたが持っている力は今、急激に弱まっているのよ」

「!?」

 気づくと、辺り一体にファミリアの気配が充満している。

 忌まわしい、神聖なる力──ジェスターが持っている負のファミリア・ブライドなど、簡単に覆いつくしてしまうほどに、占領されている。

「どうして、こんなことに…」

 その刹那。

 うろたえるジェスターに体当たりしたサキソライトは、黒マントの下から銃を奪い取った。

 しかし、それさえもジェスターの足蹴りに遮られ、床に転がった銃に手を伸ばそうとして、ジェスターに手首を踏みつけられた。

「…くっ」

「私の勝ちだ。サキソライト」

 ようやく笑みを取り戻したジェスターが、息遣いも荒く、黒マントに手を入れた。

 隠し持っていた短刀を引き出し、見せびらかすように刃先をちらつかせた。

「運命の神は、我に味方した!」

 そう絶叫し、サキソライトに向かって剣先を振り下ろそうとした直後。

 巨大な光の砲撃が、ジェスターの胸を貫いた。


「…え、」

 目を見張ったサキソライトの眼前で。

 ジェスターが、わなわなと唇を震わせて倒れていく。

 その手がこちらへと伸びるものの、その指先は力なく空を掴むだけだ。

「…ジェスター…?」

「いや、いやだ──死にたく、ない…っ。助けてくれ、どうして、こんな…」

 溶けるような声が細く耳に届くと同時に。ジェスターの体は瞬く間に炎に包まれて崩れ落ちた。

 骨一つ残さず、跡形もなく、生きていた証すらもない床を見下ろして。呆気に取られていたサキソライトは、ゆっくりと背後を振り返った。


 そこには、ボウガンを構えたフェルディナンが、身動きすることなく立っていた。

「…あなた、…ファミリアが使えたの?」

「ヴァンに使えるようにしてもらった。…オレも一応ダリール公の血族だからな。その気になればファミリアの加護くらい受けられる。アレクシアほどではないけれど。──それより…殺してよかったのか」

 サキソライトは、こくりと頷いた。

「…えぇ」

 その場にしゃがみ、かつてジェスターだったものらしき灰を手に取ると、それはさらさらと風に吹かれて、手のひらから飛びすさっていった。


 しかし、そんな感慨にふける余裕すらなく。

 辺りの空気は、熱を帯びて十万している。

 風が吹くたびにぶわりと吹き込む圧に、立っていることすらできない。

「それにしても、すごい圧力ね。…プリンシパル・ヴァンは別棟に隔離しているはずなのに、なぜこんなにファミリアの力が増大しているの?」

「ヴァンじゃない。ファミリアの意志が、独立して動いているんだ」

「えっ、…どういうこと?!」

 サキソライトが尋ねると、彼はボウガンをおさめて息をついた。


「バフィト国王がヴァンを森から誘拐しただけでも大事なのに。この上さらに皇帝が花槽卿を幽閉したものだから、ファミリアの怒りが爆発したと風配師は言っている。…さっきヴァンは解放したけど、もうコントロールが効かない。早くアレクシアを探して逃げないと」

「待ってよ、逃げるってどこへ?! どこに行けばいいの?!」

「…ファミリアの力が及ばないところへ」

「そんなのとこ存在しないわ! 死の国以外は!」

「──」

 苦々しい顔で、フェルディナンは唇をかみしめた。



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