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第二章『追憶の分岐④』

 フェルディナンの代わりにリトシュタイン帝国の捕虜となったプリンシパル・ヴァンは、巨大な科学実験棟に案内されて、度肝を抜かれた。


「これはまた、ずいぶんとふざけたものを作ったんだな」

 半ば呆れ果てると、黒マントのジェスターがにかりと口の端を曲げた。

「リトシュタインの国力をなめてもらっては困る。お前のために用意したのだぞ、プリンシパル」

「それはご丁寧に」

 やれやれと肩をすくめた。

 捕虜とはいえ、なかなかの待遇だ。

 軟禁状態ではあるものの、寝泊りは別室に豪華な設備が用意されていて、もちろん入浴もできる。

『ここでファミリアの育成に尽力しろ』という皇帝の希望が、すべて詰まった代物なのだろう。


「プリンシパル。お前がここに残ってくれたおかげで、皇帝はご機嫌だ。なにしろ長年の夢がやっと叶うのだからな」

「…夢。『ファミリアと軍力の融合』とか言うやつか? バカバカしい」

「そのくだらない夢物語みたいなものを実現してしまうのが、皇帝のすごいところなんだよ」

 そう言って、ジェスターがフードを取った。

「…その顔を見せるな。不愉快だ」

「おや、喜んでくれると思ったのに」

 ふふ、と笑いながら、ジェスターは再びフードをかぶって、アレクシアと同じ顔をすっぽりと隠してしまった。


「ほんと、嫌なやつだ」

「なんとでも言え。皇帝の軍事力と、プリンシパルのファミリア・ブライド。この二つを組み合わせて兵器を作れ。…可能だろう?」

「どうだかな。ここで是、としておいて、この帝国を乗っ取ったオレが世界を支配するという手もあるぞ。オレの力をもってすれば、皇帝を討つぐらい容易いのだろ?」

「だが、お前はやらない」

 ジェスターは、勝ち誇ったように言い放った。

「アレクシア・クリスタ公女を危険にさらしたくないからだ。公女さまは愛されているな」

 むっとしたヴァンが、不愉快だとぱかりに唇を尖らせた。


宮廷道化師ジェスター。…本名はなんていうんだ?」

「そんなものない。私は皇帝の傀儡だ。なにもないところから生まれた人形だ。…足も手も頭も、取ったりつけたり、引っこ抜いては、またつける。人形には、それがお似合いだ」

 そう呟いて、ジェスターはマントの裾をはいで左足を見せつけたる。

 ──つぎはぎされた、アレクシア・クリスタの左足。

 あのまま土くれに埋もれていたなら、こんな事態にはならなかっただろうに。


「まぁ、お前には同情されたくないけどな。…そうだろ、サキソライト?」

 ジェスターに話をふられて、ドアの前で待機していたサキソライトはふん、と忌々しそうに顔をそむけた。


「なにを拗ねているのだか」

 くすくすと笑うジェスターを見据え、ヴァンは困惑したように用意された露桟敷の枝を見つめた。

 鉢植えで育つ小さな露桟敷は、かつて幼いアレクシアにもらった宝物を彷彿とさせる。

「まがい物のファミリアは、いつか朽ちて地に還る。…その足も、…そして、腕も…」

 と、ヴァンはちらりとサキソライトを見た。

 とたんに彼女の自信に満ちたまなざしが、ヴァンをとらえた。

「私は別に、構わない。この腕の一つや二つ、失くしたところでさしたる問題はは生じない」

「──こだわりを捨てた人間は潔ぎよいな」

 ヴァンはくすりと笑った。

「たとえ私が寝たきりになっても、プルーデンスは私を見捨てたりしない。深く愛してくれる」

「だろうね」

 と微笑し、その視線をジェスターへと向けた。

 視線が合ったとたん、不愉快そうなジェスターが眉根を寄せた。


「そんな目で私を見るな。…私は妥協したりしないぞ! アレクシアはこの世に2人もいらない。早く死ねばいいのに、あの女は実にしぶとい!」

「彼女には、ファミリアの加護があるからな」

「私だってそうだ! この足がある限り、ファミリアに守られている」

「それは違う」

 ヴァンは即座にジェスターの考えを否定した。

「お前には、なんとしても足りないものがある。──信仰心だ」

「…はっ! そんなもの必要か!」

 ジェスターは、怒りにまかせてテーブルを蹴った。

 その拍子に、置いてあった実験道具が音を立てて床に転がり落ちた。


「まったく、愛だの信仰だのと、お前たちはくだらないことに執着しすぎる!」

 声高に叫んで、ジェスターはサキソライトを指さした。

「私たちが今まで誰かに愛されたことなんかあったか、サキソライト! これからも、そんな事はありえない! お前は浮かれすぎて勘違いをしているんだ。いつか絶対に後悔するぞ。その時になって私に泣きついても知らないからな!」

 まるで、子供の癇癪だ。

 自分の過ちを認めることのない狭量さを棚に上げ、思うがまま罵倒して部屋から飛び出して行ったジェスターの背中を見送って。

 あとに残されたヴァンとサキソライトは、茫然と立ち尽くした。


 

「なんなんだ、アレは」

 ヴァンは呆気に取られて、小さく呻いた。

「本当に皇帝の傀儡なのか? 何もないところから生まれるなんてありえないだろ。あの体の中身はどうなっているんだ。見た目はどうみてもアレクシアだけど…」

 ファミリアは、魂を作れない。

 せいぜい現存する命を、別の体に入れ替えることぐらいだ。

 それでは、あれは何から生まれたのだ、とヴァンの中に疑心が浮かんでいると、

 困惑したサキソライトが、申し訳なさそうに視線を落とした。


「ジェスターは私を模して生まれたんだ。ゼロからは何も作れなくとも、空の器に私の心を入れれば、同じものが作れる。さらにアレクシアのパーツが、その成長を手助けしてくれる」

「クローンみたいな? それであんな腹黒が完成するのか?」

「…お前は花槽卿のくせに、なにも知らないのだな」

 サキソライトは、おかしそうに目を細めた。

「まぁ、生まれた時から人間として育てられたのだから仕方ないが。おまけにバフィト国王はファミリアに疎いしな」

「人形から人間をつくるなんて、正気の沙汰じゃない」

「光と影だよ。すべてのものには、裏表がある。正しい判断ができないファミリアだって、この世の中にはいるのさ。いたずら好きで、騒ぎを起こして引っ掻き回すのが楽しくて…そういうファミリアはたいてい病気もちの露桟敷の葉から生まれる。それを採取して悪用するんだ。そうするとジェスターみたいなのが生まれる」

「──」

 サキソライトの丁寧な説明に聞き入り、ヴァンは息をのんだ。


「お前、初めてあった時は、なにも知らないみたいなことを言ってくたせに」

「あの時はまだあなた方のことを信用していなかったから。はっきり伝えることができなかったのだ。兄上は、ファミリアについて詳しいぞ、…花槽卿よりもな」

「…」

 ヴァンは、床に落ちた露桟敷の葉を拾った。

 光の中で育ち、穢れのない露桟敷の葉。

 その力は、いつだって人を正しい方向に導いてくれる…。

 では病んだ葉から生まれたファミリアは…?

 目指すべき光を、彼らは知っているのだろうか。


「ところで、いつまでこんな捕虜の真似事をしているつもりだ?」

 とサキソライトが尋ねた。

「まさか、このまま大人しく兵器を作るつもりじゃないだろう?」

「…今、考えている」

「なにも策がないのなら、私の提案はどうだ?」

「提案?」

 はたと顔を上げたヴァンは、サキソライトの言葉に首を捻った。

 目の前で、彼女が優しいまなざしを向けてくる。


「私はリトシュタインの人間だが、以前も言ったようにファミリアには敬意を表している。だからこそ、これ以上皇帝に悪用されることは拒みたいのだ。ジェスターを救えるのなら、なんでもする覚悟がある」

「覚悟、ね」

「とぼけるなよ、プリンシパル。分かっているくせに、私に遠慮して言わないつもりなら無用だぞ」

「…」

「どんな大国だって、必ずしも無敵じゃない。ちょっとしたことで、一瞬のうちに崩壊することもある。…そう、たとえば」

「よせ」

「元首の死とかね」

「やめろ、オレは戦争をしたいんじゃない」

「ウソつけ、それが一番手っ取り早い解決法だと分かっているくせに」

 その考えが、頭の端をよぎらなかったわけではない。

 しかし、面と向かって突き付けられると、その衝撃に居たたまれなくなる。

 ヴァンは、俯いたまま手の中の露桟敷を弄んだ。


「そうだろうな。でもダメだ」

「では一生、このままここで兵器を作り続けるか? もとからアレクシアのところに戻る気はないんだろう? お前が逃げれば、バフィトの存続は危ういものな」

「…っ」

「あいにくだが、私は違う。決着をつけてプルーデンスのもとに戻らなければならない。そう約束したんだ」

 サキソライトは懐からピストルを取り出すと、おもむろにそれをヴァンへと向けた。


「ジェスターと皇帝の暴走を止めて、野望をくじく。協力してくれ、花槽卿プリンシパル

「…ファミリアは本来、とても穏やかな気質で、戦いは好まないんだ」

「甘いこというな。皇帝があのまま引き下がると思っているのか。アレクシアと婚約していたのは本当だぞ。──皇帝はアレクシアにベタ惚れだから、外交抜きで狙いに来るだろう。そしてお前は、横から彼女がかっさらわれるのを指を咥えてみているだけだ」

「…サキソライト」

 ヴァンは、頭を抱えた。

「それが嫌なら、とっとと終わらせて一緒に帰ろう! でなきゃ、アレクシアが痺れを切らして追いかけてくるぞ」


 その時だ。

 いきなりドアが開いて、ジェスターが飛び込んできた。

 慌てふためいて動揺しているのを見て、サキソライトの方が愕然とした。

「ジェスター? どうしたの、何があった?」

 ぱくぱくと酸欠の金魚みたいな呼吸を繰り返していたジェスターは、サキソライトとプリンシパルの顔を交互に見やり、急に冷静さを取り戻したように息をついた。

「いや、なんでもない。…その、大丈夫だ、うん。…それよりサキソライト。お前に話がある。プリンシパル・ヴァンはここで静かに待っていろ」

 そう言いおいて。

 ジェスターはすぐさまサキソライトの腕を取ると、引きずるように廊下へと連れ出した。



「一体なんなの。なにかマズイことでもあったの?」

「忌まわしいお姫さまが、ここに乗り込んできた」

「アレクシアが!?」

「しかも援軍つきだぞ。あの女、どこまでも憎々しい! もちろん迎え撃つ覚悟だがな。あの女、今度こそ処刑台に送ってやる。皇帝がなんと言おうと知ったことか! 『アレクシア』は私1人で十分だ!」

「アレクシアは皇帝のお気に入りでしょう?! 彼女を殺せば、皇帝の逆鱗に触れて、あなただってどうなるか…」

「そんなのはあとでなんとでも言い訳できる!」

 ジェスターは我を忘れて激高した。

「戦にまぎれて死んだ、とでも言えばいい。『アレクシア』は私1人で十分だと言ったろう?」

「…ジェスター、…あなた、そこまでして…」

 そうまでして、皇帝の寵愛が欲しいものだろうか。

 傀儡や、人形などとは違う、──もっと別の感情がうごめいている気がしてならない。

「もしかして、ジェスター。あなたは、本気で皇帝のことを」

「サキソライト」

 言いかけた言葉を遮り、戒めるようにサキソライトを睨みつけた。

「今さら裏切るなよ。私たちは一心同体だ。逆らったら命はないぞ。アレクシア殺害に協力しろ」

「…っ」


 どこまでも暗い深淵に向かうような──

 ジェスターの声音は、闇に溶けるように暗澹とした響きを含んでいた──




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