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第二章『追憶の分岐③』

 なかば強引に取引を成立させたアレクシアは、フェルディナンを連れてバフィトに帰国した。

 アレクシアの姿は、以前ルフトのまま。

 その恰好で城門をくぐると、本物のルフトが喜び勇んで駆け寄って来た。


「おかえりなさいませ! フェル! 解放されたんですか」

「まぁ、なんとかな」

「良かったです。…それで、あの、…ヴァン殿下は?」

 不安げな様子に、フェルディナンとアレクシアは気まずそうに顔を見合せた。


 そのタイミングを図ったかのように現れたトランスフィールドが、帰国した2人を出迎えた。

「おかえりなさいませ。ご無事でなによりです」

「そりゃどうも」

 と、アレクシアはぶっきらぼうに挨拶した。

 目の前で、トランスフィールドが、苦笑している。


「そのお姿、ルフトのままでは問題でしょう。動きやすいよう『アラン』の姿に…」

「いや。男じゃない方がいい」

「…アレクシアの姿になるのですか?」

「うん、だめ?」

「いえ、それは構いませんけれど…」

「じゃあ、頼む」

 そう言われて、トランスフィールドは頼まれるがままアレクシア・クリスタの姿へとアランを変貌させた。


「それにしても風配師には騙された! まさかヴァンと入れ替わっていたなんて。してやられた気分だよ」

「それで、皇帝には会われたのでしょう? どんな男でした? 髪は? 瞳は? どんな顔でしていました?」

 熱心に尋ねてくるトランスフィールドを不思議に思いつつ、アレクシアはヴァンから預かったメモを差し出した。

 隣から背伸びをして覗き込んだルフトが、感嘆の声を上げる。

「へぇ、似顔絵ですか。うまいものですね。プリンシパル・ヴァンにこんなすごい才能が?」

 などと感心するルフトに、同じことを思っていたアレクシアはつい笑ってしまった。

 トランスフィールドは、じっとメモを凝視したままぴくりともしない。

 その様子が不安になり、傍らに立ったルフトは困惑したように師匠を見上げた。


「皇帝と知り合いか」

 とアレクシアに聞かれ、はっとした風配師は言葉もなく頷いた。

「昔、ファミリアの調査をしながらあちこちを回っていたときに知り合いました。地元の農民を装っていましたが、おそらくあちらも敵情視察かなにかの最中だったのでしょう。…そうとは知らず、親しくなるにつれて私はうっかり気を許し、ファミリアについて話して聞かせたのです」

 初めて聞く話に、ルフトと同様、アレクシアも興味津々で耳を傾けた。


「皇帝はファミリアに興味を持ったんだな」

「私はあの頃はまだ駆け出しの風配師で。知識を得るのが嬉しくて迂闊なことをいたしました。どうせ他国の人だからファミリアの加護はないから関係ない、と。そう考えて、知りえた知識をひけらかして自慢するほどには若かったのです」

「まるで皇帝をかばっているようにも聞こえる」

「いいえ!」

 トランスフィールドは大きく首を振って、全否定した。

「その後、私は師匠に罰せられ、せっかく頂いた風配師の身分もはく奪され。再び一から出直すことになりましたから、今は後悔ばかりです」

「…仮に、皇帝がその農民と同一人物だと確信して、どうするつもりだったのだ」

「わかりません。ただ国が混乱に陥ったのは私の責任でもあります。その私がダリール復興などとは──。あまりにもおこがましいと反省して、自分になにができるのか模索しております」

 アランは肩をすくめてため息をついた。

 トランスフィールドの気持ちは分からなくはないが。

 今は、さらに事態は深刻だ。

 どこに罪があるのか、などと結論づけるレベルは、とうに超えている。


「別に誰の責任でもないと思うのだけれどな。そんなに負い目を感じるものかな? 若気の至りだろ」

「若いうちは冒険も必要ですけれど、身の丈を過ぎてはいけません。自分にできることなど知れておりますよ」

「なるほどね、よい師匠だな」

 と、アレクシアは嬉しそうにルフトを見降ろし、その頭を優しく撫でた。


 トランスフィールドに休息を促され、ベッドで休むように言われて、とたんに疲労感が襲ってきた。

 疲れていると指摘されるまで、自分でも気づかないほど気を張っていたのかもしれない。

 ともすれば崩れ落ちそうになる体を支え、自分の部屋へと向かおうとしていた、刹那。

 先刻のリトシュタイン皇帝の言葉を思い出して。

 とたんに怒りがこみあげてきた。

 ──『国王は死期が近いのだろう? いずれいなくなる男に傾倒してどうする?! 私の下につけ、プリンシパル』──


「…あいつ…っ、」

 アレクシアは、ぐっと拳を握りしめた。

「国王はまだ死んでないのに、あんな言い方を…っ。本気で国を滅ぼす気なんだ」

 思い出すたびに腹立たしく、悔しさが溢れてくる。

 そんな怒りを鎮めることすら忘れていると、

「それを回避するためにヴァンが残ったんだろ」

 ふいに背後から声を掛けられ、振り返った先でフェルディナンが苦笑した。

「まぁ落ち着けよ。少し休んだほうがいい」

「…フェル」

「お前は少し頑張りすぎた」

「──フェルは、まさか…本気であの2人に丸投げする気じゃないよね? こんなところでじっとしてるつもり? 私たちにだって何かできることがあるはずだろう?」

「頭を冷やせ、アレクシア」

「っ、」

 叱責されてぐっと喉を詰まらせる。

 口をつぐんでしまった彼女に肩をすくめ、フェルディナンはぽんとその背中を叩いた。


「オレは腹をくくったぞ、アレクシア。…オレには、王太子としてこの国の守る義務がある。いつかサキソライトが戻ってきた時のために、彼女に居場所を作ってやらなきゃならない。──お前は?」

「え、」

 ふいに話を振られ、アレクシアははっと我に返った。


「お前はどうする? …オレはもう、お前に協力してやれない。ダリール公国の再建には協力できない」

「!」

「まして、国王殺害など、今さら」

「…フェル」

 珍しく神妙な面持ちのフェルディナンが、低い声で回答を求めた。


「オレたちは、ここで袂を分かって、決裂するか? どうするかはお前が決めていい。俺に助言はできない」

「──」


 …どうする? 

 このまま国王を殺すか?

 それとも、死ぬのを待つのか。

 バフィト国王の死こそが、自分の目的だったはずだ…それなのに──


「アレクシア?」

「…っ、フェルは、意地悪だ。…いきなり私を突き放すなんて…っ。──あれは私の父なんだぞ。国王の中身が大公だと分かっていて、手を下せるわけがない」

「──オレの父でもある。中身が別人だと分かっていても、朽ちるのを見たくはない。親子らしいことはできないままだしな。…これから親孝行したいんだ」

「…、」


 助言はできない、と言ったくせに。

 結局、フェルディナンは、そうやっていつもアレクシアの心を引き上げる。

 彼女の手が、血で汚れないよう、いくつも分かれた道の真ん中で、

 小さな目印をつけて、導いてくれるのだ。


「まずはプリンシパル・ヴァンの奪還だな。それが成功しなきゃ、先へは進めない」

 と、フェルディナンが笑った。

「サキソライトのことも気になるけど、あいつは皇帝の身内だし、軍人でもあるから」

 すっかり夫婦気取りで、信頼しあっているような雰囲気を醸す態度に、アレクシアは微笑ましく感じた。

 そして、少しうらやましくも思えた、そんな時。


 ふと、廊下の向こうから見覚えのある人影が駆け寄るのが見えて、目を見張った。

「あれは、シェノアじゃないか?!」

「そうだ、オレの妹だ。ぺトラスト山の小屋でヒマそうにしていたから、呼んだんだ」

「なんでまた、そんなこと」

「薬学の知識を伝授してもらうためだ」

 と、フェルディナンは即答した。


 ──なるほど確かに。

 この軍事国家バフィトに、薬剤師はいない。

 医学的治療のみに頼るより、より患者の心に寄り添える治療を望むならば、シェノアは優れた薬剤師だと確信できる。


「お前って、ほんとに侮れないな、フェル」

「見直したろ?」

「泣いて損した!」

「ははは」

 怒り心頭のアレクシアをよそに、フェルディナンが笑う。そんな彼を見つけて、妹のシェノアは嬉しそうに花のような笑顔を振りまいた。


「国王の容態はどうだった、シェノア」

「今は安定しているわ。でも生きていられるのはファミリアの力によるところが大きいわね。守られているんだわ」

「…そうか」

「それに、ルフトがとてもよく手伝ってくれるの。あの人、とてもいい人ね! まじめで実直で優しくて、よく気が利くから、すごく助かるわ!」

「…、」

 とたんに険しい表情になったフェルディナンが、

「ウソだろ」

 と、苦々しく吐き捨てる。

 アレクシアは思わず吹き出してしまった。

「悩みが増えて大変だな、王太子どの」

「うっせ!」

「あぁ、それからね」

 と、シェノアがアレクシアを見て、にこりと笑った。


「風配師のトランスフィールドが、ファングと2人で中庭に大きな花壇を作ってくれたのよ。国境から持ってきた露桟敷の苗をたくさん植えたわ」

「へぇ、露桟敷を」

「ファミリアの力が増幅すれば、この国はまた昔みたいな豊かな国になるわね」

「…リトシュタインに勝てるものといったら、もうそれぐらいしかないものな」

 などと投げやりなことを言い放つアレクシアに、フェルディナンが肩をすくめた。

「オレたちは、オレたちの出来ることをやるんだろ?」

「そうだな、」

 敬愛する従兄に励まされるように、アレクシアはささやかな笑みをこぼした。


 ──ヴァンは、ちゃんとここに戻ってくるだろうか。

 いつもいつも、彼はまるで風のように、するりとアランの手からすり抜けていく。

 せめて月が明るければ、その道程を辿ることもできるかもしれないのに、ヴァンはそれすらも拒む。

 それがアレクシアの幸せの種になるのだと、ヴァンは考えているかもしれないけれど、

 …もう離れていたくない。



「アレクシア? …やっぱ行くのか」

 その言葉にはっとして、フェルディナンを見つめた。

「どうして」

「だって、その格好…、よほどの覚悟を決めたんだろ」

「…」

「1人で行くのだな」

「…あぁ、そのつもりだ」

 と、アレクシアは肯定した。

 自分を偽ることなく、あるがままで正面から向かっていく──

 アレクシアの姿になったのは、そういう意味もあるのだと彼は気づいていた。


「まぁ、お前ならそうするだろうとは思ってたけどな」

「フェル。お前はきっと良き国王になるな。見届けられなくて残念だ」

「今生の別れみたいなこと言うな、バカ。ちゃんと戻ってこい」

 ぐしゃりと頭を撫でて、強く胸に抱きしめる。

 兄妹のような、同胞のような、一生分かつことのない、大切な翼の片割れ。

「ありがとう、大好きだよ、フェル」

「知ってるよ。いいから、さっさと行け」

 その言葉に、彼は満足そうにうなずいた。



 1人で行こうとするアレクシアを見送り、しばらくしてからだった。

 国王の私室を出入りしていた軍医が、フェルディナンを見つけて歩み寄ってきた。

「陛下がお呼びです、プルーデンス王太子」

「どうした。なにがあった?」

「あなたではなく…陛下は…その、」

 言いよどむ軍医に眉をひそめ、すぐさま国王の部屋に向かった。


「父上?! どうされました。大丈夫ですか?」

「…、──アレクシアは、どうした…。公女を呼んでくれ」

 しわがれた手が、空を掻く。

 その手を握りしめ、フェルディナンはその顔を覗き込んだ。

「アレクシア・クリスタは、ここにはおりません。彼女はもう…」

「では連れ戻せ。…大至急だ。──早く、早く、アレクシアを、」

「…!」

 なにを言っているのか、理解できなかった。

 夢うつつで、うなされているのだろうか。

 いや、それにしても──あまりにも真剣なまなざしに、こちらの方が怯む。

 フェルディナンは茫然としたまま、しばらく動くことができなかった。




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