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第一章『秘められた想い②』

 国王の部屋の前で、ファングとトランスフィールドが待ち構えていた。

 その青ざめた表情に、アレクシアは思わず苦笑した。


「そんな顔するな。…ルフトは?」

「ヴァン殿下のおそばで待機しています」

 と、風配師が答えた。


「私のせいで、またヴァンの復活が遅れたのだな。…ごめん」

「いいえ」

 責めることなく、トランスフィールドは大きくかぶりを振った。

 その様子が、余計に痛ましい。

「不謹慎かもしれないけど、私は正直ほっとしている。生まれ変わった彼が、別人だったらどうしようかと不安なんだ。笑うだろ?」

「いいえ。それでもヴァン殿下はヴァン殿下のまま、なにも変わっておりません。あなたには、それを忘れないで頂きたい。でなければ、目覚めた時に王太子があまりにもお気の毒です」


「そうだな」

 彼女が頷くと、近くにいたファングがゆるりと手紙を見せた。

「リトシュタイン帝国皇帝から交渉の提案書です。元首との対話を希望しています」

「交渉って」

 アレクシアは呆れた。

 フェルを誘拐しておいてよく言えるな。と心中で毒付きながら手紙を開いた。


「アレクシアの姿でリトシュタインに来いと書いてある」

「それでしたら、ぜひ私も同行させてください!」

 トランスフィールドの頼みに、アレクシアは眉をひそめた。

「私の身の危険を案じているのなら」

「いえ、そうではありません。…あ、いえ、もちろんそれも気になりますが、どうしても確かめたいことがあるのです」

「…どんなこと?」

「それは、申し上げられません。今は」

 アレクシアは、風配師をじっと見つめた。

 どこか心地悪そうな面持ちに、違和感が募る。

「確かめるのは今じゃなきゃダメなの? 私が言える立場じゃないけど、いくら風配師でも女性を同行させるのは反対だ。それなら私が代わりに確かめてやるから」

「いいえ、それは無理です」

 珍しく譲らない態度のトランスフィールドに、アレクシアは仕方なく妥協するはめになった。

「わかったよ。一緒に来るがいいよ」

「ありがとうございます!」

 風配師は、ようやく安堵した様子で胸を撫で下ろした。

「…この国はどうなるのでしょうか」

 と、ファングが問うた。

 バカなことを、とでも言うようにアレクシアが笑う。


「フェルがいるだろ。この国は滅んだりしないさ。トランスフィールドには悪いけどね」

 などと悪戯っ子のような表情を見せた。

 傍らで、風配師が困惑した顔をしているのがおかしかった。

「ダリール公国が復活すれば、アレクシア公女こそ、正当な後継者ですのに」

「私にあまり期待しないで欲しいよ。崇拝する相手を間違っている」

「困った公女殿下ですこと」

 トランスフィールドは、半ば諦めた様子でそう答えた。


 このアレクシア・クリスタの姿でいるというのは、どうやらいろんな輩に利用されやすいらしい。

 フェルディナンがさらわれ、ヴァンは目覚めない。

 バフィト国王は生命の危機にある、その状況下で。

 リトシュタイン皇帝になにを言われるのか──と想像して、アレクシア・クリスタは冷や汗が出た。




                  ■□■□




「アレクシアの姿でリトシュタインに乗り込むのは危険だ」

 と、最初に言い出したのはファングだった。


 とはいえ、それが訪国の条件なのだから、逆らうわけにはいかないだろうに。

「あなたが、あなたでなければ良いのです!」

 と言って、ファングはしつこく食い下がった。


「…で?」

 アレクシアが呆れて尋ねると、ファングは得意げにトランスフィールドを指さした。

「あの風配師をアレクシアに変装させて、交渉へ赴きます」

「は? 正気か?」

「めぼしい女が風配師しかいないのだから仕方ないでしょう。まさか、オレに女装しろとは言わないでしょう?」

「うっ」

 確かに。

 アレクシアがファミリアの力を借りてアランに化けるのとはワケが違う。

 そうなると、やはり適任はトランスフィールドになるのたが…。


「なにがあるか分からないぞ。もし戦いになったらどうする気だ」

「その時は、オレがいますよ。なにしろ本職は護衛士ですからね」

「やれやれ」

 まいったというように肩をすくめ、アレクシアは背後を振り返った。

「トランスフィールド。悪いが、ファミリアの力を借りて、私を男の姿にしてくれないか。羅針盤でファミリアを集めれば可能だろう?」

「それは、まぁ構いませんけど」

 と言いつつも、どこか納得していないような顔をしている。

 その気持ちは、アレクシアにはよく理解できた。


「申し訳ないとは思っているよ、トランスフィールド。こんなことばかりしてたら、ますますヴァンの目覚めが遠のくものな」

「止むおえないことでございます」

「そう言ってもらえると助かる」

 素直に感謝の意を捧げたとたん。

 ルフトが血相を変えて、飛び出してきた。

「僕だけ置いてけぼりですか? お師匠さまが行かれるなら僕もご一緒しますよ!」

「お前はダメだ。これは遊びじゃない」

 即座にアレクシアが拒絶したものの、ルフトはしつこく食い下がってくる。

「弟子が、師匠と離れるわけにはまいりません。絶対に僕もついて行きます!」

 大きな声を張り上げるルフトに困惑していると、横からファングが口を出した。


「ルフトはヴァン殿下のそばにいろ。有事の時には、オレが風配師を守ってやる」

 その言葉に、アレクシアは驚いて彼を見上げた。

「お前もついてくる気か。軍人なんか連れてったら警戒されないか?」

「警戒されて当然だろう。向こうははなからケンカ腰じゃないか」

「まぁ、確かにそうだけど」

「ファングばかりずるい!」

 ルフトは、なおも納得していないらしく、アレクシアは頭を抱えた。

「わかったわかった! それじゃあ、ファングもここに置いていくよ」

「えっ!」

 ぎょっとしたのは、ファングだった。

 まさかという思いでアレクシアを凝視すると、彼女は仕方なくというように肩をすくめた。


「ヴァンに何かあった時、ルフト1人じゃ不安だ。それに、やはり軍人を同行させるのはマズイ」

「…でも、」

「うるさい」

 ファングは慌てふためいて抗議してみたものの、彼女はその一切を聞き入れなかった。


 ふてくされるルフトとファングを横目に見ながら、アレクシアは深く息をついた。

 考えることが多すぎて、頭痛がしてくる。

 ゆっくりベッドで眠りたいという衝動と闘いながら、これからのことを思った。


 ──今こうしている間も、ヴァンはアレクシアの寝室で眠り続けている。

 …会いたい、会いたい…。

 彼に会って、こんなときこそ、叱咤激励して欲しいのに…

 話を聞いて欲しいときに限って、

 いつも、愛しい人は、そばにいないのだ…



 そんなことを考えてぼんやりしていると、

「いかがですか、公女!」

 アレクシア・クリスタの姿に化けたトランスフィールドが、得意げにくるりと回ってみせた。

 その表情が、いかにも女性らしい。

「おぉ、似合ってるじゃないか、なかなかの美人だ!」

「なんですか、それ。まるでご自分を褒めていらっしゃるようだわ。自画自賛ですわね」

「おかしいかな」

「いいえ」

 と、トランスフィールドは笑った。

「確かに、私も鏡を見て悪い気はしなかったですけど」

「そうだろ?」

 調子に乗るアレクシアに呆れ、トランスフィールドが失笑した。

「…緊張している?」

「平気です」

 と、トランスフィールドは答えた。


 ──これから敵陣に赴くのだ。

 緊張しないはずがない。

 交渉がうまくまとまる確証もなければ、下手したら戦争にもなりかねない。

 その状況下で、アレクシアも必死なのだと見て取れる。


(なんとか、乗り切らなければ…。そして確かめなければならない。リトシュタイン皇帝の姿を…)

 トランスフィールドは、ぐっと拳を握りしめた。



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