吸血泥棒
作者:齊藤さや
待ちに待ったハロウィンの夜。今宵はいつにも増して星が煌めき、月が怪しく輝く。まさに今日にちょうど相応しい。こんな日にカーテンを閉めておくのは勿体ない。ついでに窓も少しだけ開けておこう。……これは別の理由もあるんだけど。
寝る前に卓上鏡を覗いてみる。最近増えてきたニキビが目立っている。髪も若干乱れている。梳かすのに櫛に引っ掛かるから、一旦ネックレスを外して鏡に掛けておこう。これでも一応思春期の女の子なのだから、身嗜みには気を使わなきゃ。
ひとしきり手入れも終わり、風に揺らぐカーテンを見つめながらベッドにもぐり込む。
けれども眠気は一向に襲ってこない。もう真夜中を過ぎていると言うのに。……当然と言えば当然だ。だって一年振りのハロウィンが始まったばかりなんだから。
来るはずもない怪を待ち続ける。辺りが突然暗くなって、現れたりはしないだろうか。ほら、例えば窓の外に逆さまの人……なんてまさか。
窓の外の光景に私の心臓は一気に凍りついた。想像なんかじゃなくて、本当に人がいる……。……今、目が合ってしまった。叫びそうになるのを必死に抑える。大きく見開いた目がこちらを見て、らんらんと皓っている。
私を襲うつもりなのだ。あの眼が全てを物語っている。逢いたくて仕方がなかった怪は、私の命を狙いに来たのだ。
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俺は佐川博文。ただの三流劇団の団員だ。劇団員であるだけでは食費すら賄えないほどの給料しかもらえないので、当然アルバイトもしている。時給の良い居酒屋の深夜帯だ。
だが、先月付で解雇されてしまった。公演がありシフトに中々入れなかった事が原因らしい。だから先程の説明は誤りで、アルバイトもしていたと言うのが正しい。言葉の綾というやつだな、演劇をやっているからかどうも気になってしまう。
そうは言っても、更にもう一つ仕事はしているわけだが。
さて、話がそれたが何故俺がアルバイト先を解雇された事にこだわっているかというと、明後日が今月分の家賃の支払期限だからだ。毎月一日が支払日だ。そして、今の俺は金がない。来月いっぱいの食料代くらいしか。……別に浪費したわけじゃない。日雇いのアルバイトだってしたさ。でも今日明日の仕事は見つからなかった。親や数少ない友人は頼りたくない。親になんか頼ったら農家を継がされるに決まってる。
二万のボロアパートの家賃すら払えないなんて、哀しくてもはや笑えてくる。ハハハ……なんだか悪役みたいな笑い方だな。この前やった役が抜けてないのかもしれない。『第八計画』そこで俺はボスをやった。ピチピチの光る服にマントを着て本を片手に、手下に説教をするのだ。なかなかに面白かった。
マント、か。そう言えば明日は十月三十一日、ハロウィンだな。夜なんかは仮装した人で溢れるのだろうか、クリスマスのサンタクロースみたいに。サンタクロースがもし本当にいるんだとしたら、是非金を貰いたいところだ。サンタクロースの格好をした強盗も居たわけだし、あの袋の中に金が入っていても不思議じゃないだろう。近頃のお子様はませてるそうだし。
いや、待てよ。サンタクロースの強盗がいるなら、吸血鬼の強盗がいたって良いだろう。マントで隠せるだろうしな。次のターゲットの目星は付いているし、いっそのこと今夜やってみるか。
今日の稽古後に衣装等を拝借してくるればいいだろう。そうだ、そうしよう。夜会服にマント、口ひげ、ポマードかなんかつけて髪はオールバックかな。あとは何だろう、サングラスとかシルクハットとかリングとかか? いや、要らないか。
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さて、無事吸血鬼に成りきれた訳だが、やはり吸血鬼の仮装は人気だな。さっきから何人も見掛ける。本番は今日の夜……十何時間か経った後だろうに、皆気が早いな。まあな、お陰で俺も溶け込めているから感謝するけれども。
人通りの多い道を抜けて、目標の家へ向かう。さも家に帰るかのように自然に歩いていく。やがてレンガ造りの煙突のある、一際目立つ家が現れた。此処が今夜の標的だ。
侵入経路はもちろん予め決めてある。塀から物置小屋に登り、そこから屋根に移動して、部屋に侵入する。いつも鍵もかけない部屋だと調査済みだ。家の主は数日間旅行に行くようだから、車庫には車を置いてない。こんな情報どうやって知ったのかって? 企業秘密だ。
塀にはご丁寧に穴が空いていて、とても親切な作りだ。難なく屋根まで辿り着くと、忍び足で歩く。誰もいないだろうが、念のためである。
煙突の所に来たら、持ってきた紐で一周して固く結ぶ。紐は必需品だ。先を自分の腰周りにも結んでから、強く引っ張っても紐が切れたり煙突が折れたりしないことを確認して、件の部屋まで降りていく。長さは丁度窓辺りまでになっている筈だ。何もこんな七面倒くさいことをと思うかもしれない。俺も何種類か考えたが、痕跡をなるべく残さない為にはこれが一番だった。
着実に一歩ずつ下がっていく。窓枠の上まで来た時だった。バランスを崩してしまい、宙吊りになってしまった。咄嗟に窓枠を掴んで事なきを得たが、更に運の悪いことが起きた。
目が合ってしまったのである。ベッドに入っている中高生位であろう少女は、明らかにこちらを見ていた。頭に血が上ってしまっているので思考が停止してしまい、目を見開いたまま固まってしまった。
だが、何より驚いたのは次に少女がとった行動だった。彼女はこちらへ寄ってくると窓を開け、あろうことか「お入りなさい、吸血鬼さん」と、声まで掛けてきた。俺はいよいよ言い逃れが出来なくなったので、覚悟を決めて部屋に入った。
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臭いのキツい花が飾られた窓の先は、目の前の少女の部屋とは思えないような物で溢れていた。平積みになっている古そうで分厚い本の数々、二対の燭台、水の入った小瓶等々。まるでアンティークショップにでもいるようだ。なんとも盗み甲斐のありそうな物ばかり。
このまま吸血鬼を演じて脅かし、黙っていてもらうか、と何かもっともらしい台詞を考えていた時だった。暗くてよく見えないが、小さくて丸っこいものが大量に投げ付けられた。落ちたものを屈んで拾ってみるとどうやら豆のようだ。暗いから確信は持てないが、恐らく節分の時の福豆のように炒り豆だ。もしかして少女は吸血鬼を日本の鬼と勘違いしているんじゃあなかろうか。
けれどここは何かアクションを起こしておいた方が吸血鬼だと信じて貰えるかもしれない。
「何をするのだ! 止めたまえ」
咄嗟に出たこんなキャラで良いのか自分でも正直不安だが、このまま通すことにする。舞台の本番だと思えば乗り切れる。
返事が来ないので、表情には出さないが恐る恐る少女の顔色を窺うと、何か不満げな様子だ。よく分からないが失敗だったらしい。
「随分と手荒い歓迎だな」
もう一言追加してみる。頼む、何か言ってくれ。
「当たり前だ、吸血鬼さん。ぼk……私には指一本触れさせないよ」
一先ずバレてなかったことに安心する。けれど少女は攻撃の手を休める気は無いようで、言葉とは対称に俺を睨みながら寄ってきた。手さぐりで胸元の何かを探しているようだが、俺が見る限りそこには何も無い。
少女もふと思い出したようで、「十字架掛けたままだった」と掠れ声で呟くと、ぱっと離れた。
今度はこちらから仕掛けてみるか。何せあちこちに豆が散乱している物だから、慎重にゆっくり近づいてみる。思った通り焦った少女は、一瞬背を向けて両手に何かを持って俺に向けてきた。部屋に入ってきた時に見つけた二対の燭台だ。交差させて俺に突きつけている。角度があっていないが×ということなのか? つまり来るなという魔除けか何かか? ともかく吸血鬼としては後退りした方がらしいだろうと俺は判断した。
どうやら今回は”当たり”だったようで、少女の顔が誇らしげになった。
「私を子供だなんて舐めない方が身のためですよ」
「そうらしいが、私もあきらめる気は無いのでね」
ちょっと辛そうな顔をして、燭台を奪った。絵的にも払いのけた方が映えるだろうが壊れたりしたらとんでもない。床に静かに置いて、もう一度少女に襲い掛かろうとした。
ところが同じ場所に少女がいない。机の上の鏡を取ってきていた。首から下げたものは件の十字架か。触らないようにすればいいのだろうが、鏡は何だったか……。聞いたことがあるような……そうか思い出した。吸血鬼は鏡に映らないんだったか。流石に無理だ。
「吸血鬼さん、私にあなたの本当の姿を見せて頂戴」
ああもう仕方が無い。俺は少女がこちらに向けるより早く、鏡を叩き落とした。派手な音を立てて鏡は割れ、ガラスが辺りに散乱した。
「鏡は嫌いでね、割ってしまってすまない」
一応謝ってみた。暫く呆然と立ちすくんでいた少女だが、慌てて我に返ると服の内側に手を入れた。どうやらパジャマに内ポケットが付いているらしい。
「謝られるとは思って無かったけど……。さて、これで観念しなさい」
「ふふ、今度は何が出てくるのやら」
さも楽しんでいるような声で返したが、当然これっぽっちも面白くない。試されているんだか何だか知らないが、次の物をかわしたらいい加減力技にでてやる。
「これ、何だか分かる?」
懐から出てきたのは、何やら手のひらサイズの手帳のような物。それで終わりかと思って近づいて見ようと動くと、少女はそれを開いて中から葉のような物を取り出した。てっきり携帯用の聖書とかを想像していた俺は固まってしまった。
「近寄れないのね、やっぱり効くんだ"トリカブト"も」
トリカブトと言えば毒草なのは知っているが……まさか大分回りくどい気もするが俺を殺す気なんじゃ。
この少女の考える事がさっぱり理解できない。でも一つ分かった事は、恐らく俺を本物の吸血鬼だと思ってくれている。ならばここで引き上げたところで通報されることは無いかもしれない。そうと決まれば足元の燭台を掴んで窓へと引き返す。だが足を掛けた所で呼び止められた。
「逃げるなら大声で聖歌歌うから」
こんな夜中に歌われたら誰だって目が覚めるし文句の一つだって言いに来るだろう。俺は渋々足を下ろす。
そんな俺に今度投げ付けられたのはロープ。拾ってみると結び目が沢山ある。当てるなら結び目があった方が痛いとでも思ったのか。
この後も大蒜を投げられたり種を投げられたりと、同じようなくだりを繰り返し、俺はやられっぱなしで一向に反撃どころか近づくことすらできなかった。
今は少女が本棚に向かっているからひと休みしていられる。「旧約……」と呟いているから、俺に投げた聖書の代わりを探しているらしい。あんな物、化物じゃなくても誰だって投げられたくない筈だ。もう御免だ、いい加減止めて貰おう。
唐突に背後から少女の両肩を掴む。反射的に少女はビクッと肩を竦めた。期待通りの反応に内心喜びながら、耳元で低い声で囁く。
「捕まえた。さて血を頂くとするか。大人しくしていろよ」
かあっとわざと音を立てながら口を開く。
「吸いたければ吸えば良い。傷口は治せるし」
少女の声は明らかに震えている。
「ふん、強がりだな」
「当たり前だ、あなたを倒すまでは」
ここで俺は困っことになった。想像では吸われたくないと怯え、目でも瞑っていて貰う間に幾つか盗って逃げようかという算段だったからだ。
「もうすぐだから」
少女の呟きが耳に入った。
「何がだ」
手に力を込めると、少女はぽつりと吐いた。
「……日の出よ」
少女をパッと離して外に視線を移すと、なるほど空は白み始めている。なるべく人の少ない内に帰らなければ。煙突にロープを結んだままなので、一度屋根に戻らねばならない。
「ならば血は諦めて帰らねばなるまいな」
マントを翻し、少女に背を向けて歩きだそうとした。……動けない。
後ろを向くと少女にマントの端を捕まれていた。
「逃すわけないじゃない」
……このあと俺が吸血鬼じゃなかったと分かり、散々泣かれた。そして通報され、逮捕されたのは言うまでも無いか。
パロディを詰め込んだごちゃごちゃした物になってしまいました。しかもまさかの吸血鬼出て来ずという……。ここまで読んで頂きありがとうございます。




