きみのすきなあじ
白いカーテンに木々の影がゆらゆらと動いているのが見える。カーテンを開けたら日差しが強過ぎて、返って外を見る事ができない。だから影遊びで外を眺めるのだ。
影がそよそよと動く。きっと、風が木陰と遊んでいるに違いない。
「バニラビーンズの入ったカスタードクリームをたっぷりとつめたシュークリーム」
君はまた好きな食べ物の話をし始めた。
食べるのが大好きで、一度おいしいと思ったものをおいしそうに語る君が、私は大好きだ。
私が君の元を訪ねると、君は一生懸命自分の好きな食べ物の話を始めるのだ。今日は甘い物の気分らしい。だから口の中をうんと甘くして、君の話をじっと待とう。
「スプーンでわってパリパリをくだけるクレームブリュレ」
「あれを割るのが大好きだったね」
「チョコレートのあじがこいジェラート」
「チョコレートそのものじゃないんだね」
「チョコは、ひえたときのほうがあじがこい。かおりは、あたたかいほうがつよいんだけどね」
「なるほど」
「あたたかいのだったら、クレープシュゼット」
「随分と贅沢だね」
「ひをつけると、あかあかともえるでしょ? それがとてもきれいなんだ」
それをうっとりと語る君は、きっとグランマニエがメラメラと燃える様を想像しているのだろう。匂いだけを残して消える様は少し切なくて美しい。
その美しさを一生懸命伝える君は、本当に食べる事が大好きなのだろう。
そよそよと風が木々と遊び、窓の縁でタップダンスする。その音を聞きながら、君は他にも他にもと食べ物の話を紡ぎ出す。
「ハチミツをとろりとかけたパンケーキ」
「前はふかふかとしたホットケーキが好きって言っていたね」
「だいすきだよ、どっちも。でもホットケーキにはメープルシロップをかけてたべるんだ。パンケーキはハチミツのほうがあう。ハチミツにもあじがあるんだよ。ぼくは、アカシアのあじがすき」
「あっさりとしていてコクがあるね」
「はなのにおいのするハチミツがすきなんだ。オレンジのはなはおひさまのにおい。レンゲははるのにおい、ヒマワリはまなつのにおいがするんだ」
「あはは……そこまでは考えてなかったかな」
「ハチミツのラベルをみて、どこからきたんだろうってそうぞうするんだ。うみをわたってやってきたっておもうとたのしいよね」
きっとハチミツの瓶を並べてみて、ラベルを見ては地図を広げるのだろう。
フランスの農園、ニュージーランドの花畑、北海道の短い夏、イタリアの小さな島。それらに想像の翼をはばたかせて、君は旅を続けるのだ。
「他の物もそう思ったんだ?」
「うん。チョコレートはもとはおくすりだし、ひとのなまえもおかしになるね」
「例えば?」
「クグロフに、ザッハトルテ。あとおさけのナポレオン」
星の王子さまは、「ぼく」に一生懸命世界の美しさを伝えていた。
君ももしかしたら、味を通して一生懸命伝えているのかもしれないと思うと、つんと鼻の奥が切なくなるのだ。
「ねえ」
モニターが点滅した。
君がたくさん語った沢山の物語がそこに詰められている。
呼吸器はシューシューと正常に動いている。何の問題もない。
点滴が打てず、呼吸が止まってしまっては一大事と、筋肉は全て弛緩されてもう動けない。今は機械が点滅して、生きているのだ。最新機器で脳で思っている事をモニターで文章にする事はできるようになったけれど、もう口で物を食べる事はできないのだ。
「ぼくは これでもいきているって いえるのかな?」
機械にただ、生かされているだけで。
もう自分で食べる事も、食べた物の先を巡る事も、もうできないのだ。