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「お砂糖は何杯?」

作者: 永月るか

気づけば私はなぜか、真っ白な回廊にいた。


真っ白な石で出来た床。

真っ白な高い天井。

真っ白な石をくり抜いて作られた柱。


そして目の前には真っ白な扉。


柱の先は床が一段下がっており、そこを水が満たしている。

その水面を柔らかく雨が打っていた。


「なに、ここ?」


呟いた声は、ひどく大きく響いた。

その声に反応するかのように、目の前の扉が音もなく開いた。

両開き扉からは、目を見開いたの少女が顔を覗かせていた。

真っ赤な瞳がこぼれ落ちそうに見えた。


「あら? まあまあ……!」


驚いたように声を上げて、胸元で手を合わせながら少女が嬉しそうに破顔する。


「……声が聞こえたら、まさかと思ったけれど、本当にお客様なんて……! いつぶりかしら……あら、まあまあ! わたくしったらお客様を立たせたままなんて失礼な事を。さぁ、どうぞ、お入りになって?」


にっこりと少女が先導して、私は思わず、その背中に着いて行ってしまう。


扉の先には白い壁で囲まれた部屋が広がっていた。

天井もやはり白だ。

けれどそこは、回廊と違い、色鮮やかな空間だった。


茶色い木で出来たテーブルと落ち着いた赤い色の座り心地のよさそうな布張りのソファー。

床にはソファーよりも少し明るい色の絨毯が敷かれている。

奥には木で出来た重厚そうな執務机と3つの扉。

壁際には本棚が所狭しと並び、色とりどりの本の背表紙がそこを埋めつくしていた。


「どうぞ、お座りになって?」


奥のソファーにゆったりと腰掛けた少女が私を促す。

その声に誘われて座った私を見守ってから、少女は机の上の金色の小さなベルを鳴らした。

涼やかな音が響いて、奥の扉の1つが開いた。


「レナード、お客様にお茶を。アッサムでよろしいかしら、咲さん? お砂糖は何杯?」


レナードと呼ばれた青年に告げながら少女はにこにこと私に聞く。

レナードが「かしこまりました」と丁寧に礼をして、両手を天井に向ける。

パントマイムのようなその動作に首を傾げた私の目の前で、レナードの手の上に木のトレイと白い陶器の茶器が現れる。


「な、に?」

「あら、まあまあ。落ち着いて、咲さん? レナード、もう少し配慮なさい? せっかくのお客様を、驚かせるものではありませんよ。咲さん、とりあえずお茶でもお飲みになって落ち着いて? 驚いた時には甘い紅茶がいいですわよ? お砂糖は何杯? あぁ、それとも何か甘いお菓子を用意させましょうか?」


レナードを少し顔をしかめてたしなめながら、少女は困ったように微笑み、私に紅茶を勧めてくる。

その子供に接するような少女の態度に私の中で何かがはじけた。


「なに、なんなのよ、ここ! 驚かせる? マジックなの?! なんでそんな事……だいたい、なんなのよ、ここ!」

「落ち着いて、咲さん」

「だいたい、あんた誰よ! 何で私の名前を知ってるの?!」


混乱のまま叫んだ私に少女は「あら、まあまあ……」と驚いたような表情をして、それから、また少し困ったような微笑みを浮かべた。


「これは失礼いたしましたわ。わたくしはリオン。この雨の迷宮と月の牢獄、それから第三世界を守る3番目の娘です」

「はぁ?」


この少女は何を言っているのだろう。

頭がおかしいのだろうか?


そんな私の思考を少女の緋色の瞳が読み取ったような、気がした。


「急にこんな話をする娘を目の前に、さぞ混乱される事でしょう。けれど、私は貴女にもっと混乱する言葉を告げなくてはなりません……。どうぞ、お茶でも飲んで、お心を落ち着かせて? 時間はいくらでもあるのですから」


急に大人びた深刻そうな少女の声に私の心が、ゆっくりと落ち着きを取り戻す。

手が紅茶に伸びて、その液体に口をつける。

どこか甘い香りを持った赤い液体が喉を通っていく。

これは確かに砂糖をいれた方が美味しいかもしれない。

そんな事を考えて……私はそんな自分の心に違和感を持った。


「咲さんは、とても察しのよい方ね」

「どういう事?」


少女がゆったりと微笑む。

私の問いの意味を、きちんと理解して。


「私の声に、従う自分に違和感を持つ。その能力が、貴女がここを訪れる事が出来た理由の一つかもしれませんわね」


独り言のように呟きながら、少女は少しだけ寂しそうに微笑む。


「咲さんは言霊という言葉をご存知?」

「なに、それ?」


《古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力。発した言葉どおりの結果を現す力があるとされた》


疑問と同時に、私の中で知識が溢れた。

同時に理解する……少女が言霊を発する者なのだと。

そんな私にほうっと彼女は感嘆の息を漏らした。


「貴女は素晴らしい能力をお持ちね? 私の祝福なんて必要ないかもしれないわ」


独り言のように、また呟いて。

少女は困ったような微笑みを作って、続ける。

続く言葉を聞いてはいけない……そんな予感がした。


「咲さん、とても残念ですけれど、貴女はお亡くなりになりました。そして、これから第三世界へ転生する事になります」

「なに、言って」


嘘だ、と否定したいのに、その言葉が嘘ではないと、私は確信していた。

悲鳴のように声を上げた私を、少女が痛ましそうに見つめる。

彼女の顔からは始めて微笑みが消えていた。


「どうぞ、落ち着いて。さぁ、紅茶でもお飲みになって。お砂糖は何杯? 落ち着きたい時には、甘い紅茶がいいですわよ?」


少女の声に促されるように、私は紅茶に砂糖を一杯いれる。

甘い液体と香りが私を包んで、心が落ち着いていく。

そんな様子を満足そうに見守って、少女は再び口を開く。


「そんなに悲観なさらないで。人はいつか死ぬものです。貴女の世界に比べても、第三世界は不幸な世界では……。貴女には祝福が与えられますし……」


慰めるような少女の言葉に、私は何と返していいか分からないまま紅茶を飲む。

そしてその赤い液体を眺めながら、問いかけた。


「元の世界へ返してもらう訳には、いかないの?」

「それは出来ません……。ここへ来てしまったからには」

「このまま、死ぬのは?」

「貴女は死を乗り越えてしまったのですわ」

「ここに居るのは?」

「それは……貴女が望むのなら、喜んで。永遠を味わいたいなら、喜んで」


少女は翳った瞳で暗く笑った。

その様子は私がその選択肢を選ばないと確信しているようだった。

私は甘い紅茶を飲み干した。


「いいわ。その第三世界とやらへ行くわ」


少女が寂しそうに笑う。

永遠も悪くはないんですよ、と言い訳のように呟いてから私を見た。


「祝福について、希望はありますか?」

「そうね、くれるだけ頂戴……冗談よ」

「ふふ……えぇ、貴女に可能な限りの祝福を。久しぶりのお客様ですもの」


少女が嬉しそうに声を上げて笑う。

それから立ち上がった。

釣られるようにして私も立ち上がる。


「それでは咲さん。短い時間でしたけれど、お会いできて嬉しかったです。貴女の次の運命に、幸多き事を」

「えぇ、ありがとう」


私がお礼の言葉を言い終わると同時に、私の体を白い光が包んだ。

真っ白な部屋が、微笑む少女がぼやけていく。

さようなら、と告げる暇は無かった。




ーーそして、私は、転生する事となった。


来世でチートが約束されるお話。

ちょっとだけ前作の短編とリンクしてるかもしれないような話です。

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