薬指
※お題「薬指の束縛」「#深夜の真剣文字書き60分一本勝負」で書きました。
夏休み明けの教室は、終業の鐘とともにもぬけの殻だ。
俺はノートを取り出し、提出を明日に控えた英文の読解を始める。四時まではクーラーが自動運転しているはずだ。
「帰らないの?」
同級生の神名瑞希である。休暇前とは見分けがつかないほど日に焼けていた。
「シミになる」
顔を指差す俺に瑞希は眉を逆立てる。
「関係なくない!」
俺は頷いた。
「宿題やるなら図書館へ行こうよ」
「行くのが怠い」
外へ出て汗を掻くと考えただけで億劫である。瑞希は諦めたのか俺の前の席に座った。
「クーラー、何時までだっけ? 暑いよね? 外」
瑞希は鞄を机に投げだし、俺のノートの脇へ頬杖をつく。頬にあてがった薬指は部分的に日焼けしておらず、白い線を描いていた。
俺の視線に気付いて瑞希は作り笑いを返してくる。
「別れたんだよね」
俺は何と答えていいかわからなかった。
「……そうか」
ノートへ視線を戻す。
「それでさ。奢らない?」
突然の申し出に俺は戸惑った。
「俺がおまえに?」
「そう」
「なんで?」
瑞希は鞄を指差す。
「その問題。私もうできてるから」
「写させてくれんの?」
頷いている瑞希に俺は思案した。
「何を食う気だよ?」
「駅地下でナポリタン食べたい」
財布から店の割引券を引っ張り出し、俺の前で振って見せる。
「これ使っていいから」
「俺は?」
「知らない」
俺はノートを鞄に押し込み、瑞希の手から割引券を抜き取った。
「わかった」
実のところ俺も割引券を持っている。今朝、駅前の通りで配られていたものだ。横を歩く瑞希はふざけて俺に腕を絡めてくる。瑞希の背後で日差しが白くハレーションを起こしていた。
それを窓越しに眺めながら、俺はこれからの成り行きを思って、そこはかとなく憂鬱だった。