記憶
食卓にトレイが並び、そこへ色彩豊かな食材が並べられてゆく。
食材の香りが唾液を刺激し、
濃厚な味を想像して舌が待ち受けている。
銀燭の食器が光を幾つにも乱れさせ、
白い壁にカラフルな色をつけている。
遅く起きて来た私は、ゆっくりと新聞を広げ、
それを待ち受けていた犬が私の組まれた膝へ飛び乗ってくる。
座り心地の悪さが、なんとも愛らしいのである。
さらに視線をくゆらすと、カップに注がれたコーヒーが
その名前の全てである香りを周囲に撒き散らして味と一緒に消えてゆく。
私はゆっくりとコーヒーを口につける。
熱い。
下唇を庇いながら、それでも喉が欲する黒い液体を啜る。
窓からは、朝とわかる光が斜めに差し込み、ちょうどその中に
スポットライトの様に昨晩まで遊んでいたのだろうプラスチックの車が
タイヤを空へ広げて陽光を浴びていた。
外へ視線を向ける。
喧騒はここまで届いていない。窓で外の世界とを区切ってしまったかのように
車も、空気も、風も
その全てがここにあると眼球だけが語っている。
だのに、耳にはその存在はない。届いてこない。
でも、ここは幸せが詰まっている。
遠い視線を何度も行ったり来たりを繰り返し
土で出来た、恐らく皿のような泥をうっとりした様子でみている。
手にしたショベルを口元にもってゆくと、目を閉じ
鼻をならし、首を横へ微かに振りながら
口をつける。
砂が口へ運ばれている。砕石場のベルトコンベヤのように。
ニッコリと音がする笑顔を此方にむけて
隔壁されたガラスの向こう側の赤ん坊は
砂場で遊んでいる。
ふと、砂利の味が広がると
もう次には、赤ん坊もシャベルもコーヒーも犬も
シャボンの割れる時と同じに消えた。
日差しの暖かさが確かにそこにある。
でも、もうそれも永くとどまりはしなかった。
楽しんで頂けたら幸いです。




