Ⅲ
ちょっとシリアス、グロ?
刹那鋭い殺気を感じて後ろを振り返った青年は、その直後3メートル程横に殴り飛ばされた。
誰の手によってかというと、ご想像の通り。
あの男である。
男は何故か全身びしょ濡れであったが、そのパープルの瞳を細め肩を怒らせながら青年の方には目もくれず扉の前で突然の出来事に未だ動くことが出来なくなっている少女を掻き抱いた。
余程興奮していたのか頭についている焦げ茶色の耳の毛が逆立っている。
唖然としている少女の目の前でよかった、と呟く男にハッとしてその胸板を押しやる。
「どうして貴方がここにいるの!?」
先程この男は魔方陣で送り届けた筈、と少女が素直に疑問をぶつけると、男は押しやられたことへの不満でか眉を少し顰めながら言った。
「アンタの魔法で送り届けられたのか。礼を言う――と言いたい所だけど、俺が落ちたのは氷の張っている家の隣の池の中。寒いし深いしで死ぬかと思ったんで温めて貰おうかなー、とか考えてここに来たけど、よかった。変なのがアンタに襲いかかる前に助けてやれて」
どこか満足そうな口調の男にすかさずアッパーカットをかました少女は煙を立てて家具の山に埋もれた青年を助け起こした。
「ライン!! 大丈夫!?」
ゲホッ、と激しく噎せ込みながらも、少女に向かって心配いらないというように微笑み片手を挙げた青年は、息を整えながら男の方を向き挑戦的な目を向けた。
「――いきなり失礼な方ですね。まずはお互いに挨拶でもしませんか。僕にも色々と聞きたいことがありますし……色々と、ね」
青年はチラ、と尚も自分を心配し続ける少女を見やった。
その眼差しは男から見ても親愛、とは言えない程の熱いものだった。
* * *
「では改めましてこんばんは。初めまして、と言うべきなのでしょうが貴方のお噂はかねがねメリッサ――彼女から聞いていますので」
結局リビングの食事が冷えてしまわない内に、とのことで全員でテーブルを囲む結果となった。
開口一番ニコリ、と爽やかな笑顔を浮かべながら青年が言った言葉に苛々としながらも表情に出したら負けだとニヒルな笑顔でやり過ごす男。
「クレムだ……へぇ。随分と長い付き合いがあるんだな――で、どんな風に聞いているって?」
「何度あしらってもキリが無い、と……見た限りでは全然そんなことないんですけどねぇ。僕と彼女は十年来の友です」
少女の名を青年が口にしただけで頭にカッと血が上りそうになり、机の下で拳を握り締めるだけで我慢していたのだが、ふふん、と鼻を鳴らすように紡がれたその言葉に、思わず少女の方を怒りの眼差しで見てしまう。
この青年との会話の中に、それも自分のことを貶すような内容が出たということがとても恨めしかった。
興奮すると出てきてしまう獣の爪が掌に食い込むのが嫌と言うほど伝わってくる。
肉を裂く感覚と、ぬるりと生臭いそれが指の間から漏れる感覚。
ただ自分には少女に関することなど無いに等しく、それが余計に彼と自分との差のように思えて男は言い返すことが出来なかった。
「……何か生臭い? ――!! 何してるの!!」
黙って二人の顔を見ていた少女が、錆びた臭いに気付き、男の掌を見て驚きの声を上げた。
それもその筈である。
既に感覚が鈍くなり始めている掌には男の黒光りする爪が深々と刺さっており、その黒に次第に鮮やかな紅を纏わせているのだ。
「ち、血が……!!」
「……ん? あぁ、これ? 大丈夫――」
「――馬鹿っ!! 大丈夫な筈ないでしょ!!」
舐めときゃ治る、と続けようとした男の手が勢い良く少女の可愛らしい手によって彼女の方に引かれた。
そして慌てて薄桃色のワンピースが汚れるから、と手を引っ込めようとした男の動きが止まった。
少女が血に塗れた手を舐めたのである。
二人(と一匹)の視線が集まる中、彼女はぎこちなく男の掌に舌を這わせていく。
清純な少女のその行動は酷く背徳的で艶かしかった。
「――っん!! これで良し! ……痛みは引いた?」
「――……ん、あ、あぁ。痛みはさっきより随分引いてる……さっきのは」
「自慢できることじゃないのだけれど、治癒魔法は得意じゃなくて……直接魔力を流し込んでみたの」
上手くいって良かった、と珍しく男にはにかんだ笑顔を見せた少女に男は改めて少女のことを心から欲しいと望んだ。
そんな男の欲望を孕んだ眼差しに気付いてか、青年は銃を向けたくなる衝動を必死に抑えながら少女に微笑みを向けた。
「メリッサ、あの話を考えてくれたかい?」
その問い掛けに、明るかった表情に影を落とす少女。
「……ライン。その話なんだけれど……」
歯切れの悪い言葉を紡いでいた少女が小さく呟くようにして、これじゃ失礼だよね……! と何か決心したような顔を上げた。
「――ごめんなさい!! 貴方の告白のこと、もう少し待ってくれないかしら? 勿論凄く嬉しかったし、正直今すぐここから出て貴方と一緒になることも考えた……だけど」
少女がそこまで言った時、椅子を押し倒し立ち上がった男が少女の細い腕を掴んだ。
「な、何するの!! ――痛っ!」
突然のことに驚く少女の腕を男は無意識の内に強く握っていたらしく、爪が白い肌に食い込もうとしていた。
「――ふざけるな!! ここから出ていく? コイツと一緒になる? ……冗談じゃない!! こんな奴に、いや誰にもアンタを渡す気なんて俺にはねぇ!」
「待って! 話を最後まで聞いて!」
「奪われるくらいなら、いっそ無理矢理にでも俺のモノにしてやる」
少女の必死の叫びも激昂した男の耳には入らないらしく、唸るようにして狂気じみた言葉が紡がれた。
それを聞いて先程まで優しい、慈愛の篭った眼差しで少女を愛おしげに見つめていた青年は見る者を凍らせるような冷たい視線を男に向けた。
「――やはり狼退治は必要なようだ。……約束が守れなくて済まない、メリッサ」
――チャキ。
青年が男に銃を向けた。
次回もシリアス展開的な……