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ギフト

作者: 太陽いるか


――裏門

俺――柿本かきもと柚晴ゆずはる――は1人ここである人を待っている。

差出人不明、内容は「裏門で待っていろ」とのこと、そう、謎の手紙をもらったのだ。

手紙は、印刷されたものであることに間違いはない、書体に癖がある人なのか、またはただ単に自分が書いたことがばれたくないのか、どっちかであると思われる。

そんなことはどうでもいい。

ここで、30分近く待っていても、差出人らしき人は現れない、ここで1つの予感がした。

これは、悪戯ではないのかと……。

そう思った途端に自分がここでずっと待っていて陰でこっそりのぞいている奴がいるとしたら、俺はとんだ笑いものだ。

「ばかばかしい」

ため息交じりにそう呟いて、俺は帰ろうとする。

すると、後ろから呼びかける声が聞こえた。

振り返ると、そこには中学校から一緒で今、同じクラスの小栗おぐり桃乃もものがこっちに向かって走ってきていた。

小栗さんは随分と息が上がっていた。

「なにかよう?」

俺がそう聞くと、小栗さんは照れたようにこう言った。

「柚晴君のことが好きです! 私と付き合ってください!」

唐突過ぎて正直驚いている。

まず、呼び出したのが小栗さんだったこと。

少しは思っていたけれど、そんなことはない、とどこかであきらめていた、ほんのわずかな可能性、それは告白。

2重で驚いている。

少なくとも、彼女はモテる方だ。

成績は上位、スポーツは苦手みたいだけど、努力家で一生懸命な人だ。

そんな人が俺なんかに告白してくるなんて微塵にも思っていなかった。

けれど、嬉しいものは嬉しい……ただ、俺はひねくれ者で他人をどうしてか遠ざけようとする癖がある。

それは、例外なく、告白してきた彼女にも適用される。

「う、嬉しいけど、俺ほら、あんまり友達いないし、アニメとかめっちゃ好きだしさ、それに……」

俺の発言を遮るように小栗さんの人差し指が俺の唇に当てられる。

「柚晴君ってアニメとか好きなんだ、知らなかったなぁ」

小栗さんはなぜか嬉しそうな顔をする。

しかし、遮った理由はどうしてか、言わなかった。

彼女の考えていることが、いまいち分からない。

小栗さんは笑っているのか、悲しんでいるのか、少し口角をあげて優しい口調でこう言った。

「ねぇ? どうして、柚晴君は人をわざと遠ざけるようなことを言うの?」

俺が無意識で行ってることに理由を聞かれても、そう返すことはできただろう。

ただ、そんな言葉で片付けられる気がしなかった。

それに、心当たりならあった。

俺には母親がいない。

別に死んだとかそういうわけではない。

母と父は離婚したのだ。

それから、身近な人がいなくなる悲しみと苦しみを知った俺は「友達」という身近な人がどこかへ行ってしまうのではないのかと、どこか恐怖心があった。

それからだ、俺は人との距離を置くようになったのは。

なんとなく、どうしてか、分からないけど、小栗さんには俺の話をしたくなった。

「その、あれだ……」


5分ぐらい掛けて俺は小栗さんに俺の過去を打ち明けた。

話した途端にふっと軽くなった気がした。

しかし、小栗さんは泣いていた。

俺の傷の事を話して、俺が泣いてないのに、なんで泣くんだ?

「そうか、そうだったんだね……」

嗚咽交じりで、小栗さんが同情してくれていた。

普通だったら、同情してくれなくていい、とか、知ったようなことをなんて言いかねないけど、彼女にはそんなことは言えなかった、いや、言いたくなかった。

「あ、あのさ、告白の返事まだだったよね」

泣きながら、小栗さんは俺の顔を見る。

「うん、聞かせて?」

泣いていたせいか恥ずかしいせいか、もしくは両方かで顔が真っ赤になっていた。

「俺は、怖いんだ身近な人がどこかに行っちゃうのが……けど、小栗さんを信じたい、俺はあの時以来初めてそう思ったんだ、だから、これからよろしく」

俺が言い切ると、小栗さんは俺に抱き着いてくる。

「嬉しいな! すごく嬉しい! そうだ、私のことはこれから桃乃って呼んでね」

本当にうれしかったのか、しばらく彼女は抱き着いたまま離れなかった。

そのままの体勢で桃乃が何かを言った。

「――私はずっと柚晴君のそばにいるよ」

「え? なにか言った?」

「なんにも!」

ニコニコとした表情で笑う彼女、そして、桃乃は俺から離れた。


それから、俺と桃乃が付き合い始めてから半年が経った。

これで9度目のデート。

駅に9時半に会う予定なのだが、俺は30分も前から待ち合わせ場所に来ていた。

「今日は、記念日だし何かサプライズでも用意するか! 桃乃は喜んでくれるかな?」

俺は楽しみで仕方なかった。

桃乃と一緒の時間はとても楽しいからだ。

こんな風に感じるのは初めてだった。

他人を避けてきた俺にとって桃乃は唯一、安心できる人になっていたのだ。

さて、俺が悪いのだ30分も前からここにいたのだから、約束の時間に来なくても何もおかしくはない。

そういえば、桃乃と付き合ってることが父さんに気付かれた。

それで、今日デートだというと父さんにこう言われた。

「男は常に先を行くのだ、相手を待たせるな、ただし『待った』とは言うな」

しかし、10分経っても桃乃は来なかった。

仕方あるまい、女の子だ、支度とかで時間がかかってるのだろう。


しばらく待った、けれど、一時間たっても来なかった。

二時間たっても来なかった。

電話をしてもつながらない。

メールを送っても返事が来ない。

俺は仕方なく家に帰った。


なんだか、空回りした気がしてきて仕方がない。

けれど、信じたい、桃乃は俺を裏切るようなことはしないって。

桃乃にもきっと何か事情があったんじゃないかって。

家について、俺は1人リビングのソファーで横になる。

そして、俺は眠りについた。


目の前には懐かしい母さんがいた。

けれど、母さんは何も言わずに去っていこうとする。

俺はなぜかその場から動けなかった。

「ねえ、母さん、なんで僕を置いて行くの! ねえ待ってよ! 待ってよ! 待っててば!」

必死に声を上げる俺、けれど、母さんは俺からどんどん遠ざかって行った。

そして、母さんは見えなくなってしまった。

そこで意識が途切れた。


「なんだか、ひどく嫌な夢を見たような気がするな」

部屋は、夕暮れの西日が差しこんできて、茜色に染めていた。

随分と長い間寝ていたようだ。


ふと、桃乃にまた電話をしてみたくなった。

もしかしたら、電話に出てくれるんじゃないかな、とそんなふうに思ったからだ。

ケータイを取り出し、桃乃にコールする。

3コールで出なかったら切ろう。

俺の中でルールを決めた。

「トゥルル……トゥルル……トゥル、もしもし?」

電話を切ろうとした時、声に聞き覚えのない女性が桃乃のケータイで出た。

「も、もしもし……桃乃さんのケータイですか?」

「ええ、そうだけれど……あ、あなたが柚晴君ね、私は桃乃の母です。それと、柚晴君少しお話いいかしら?」

話がある、その時に明らかに声のトーンが下がった。

俺は無言でいた。

「――桃乃は、桃乃は事故に遭ったの、あなたとのデートに行く最中にトラックに轢かれたの」

それを聞いた途端に俺は、手に力が入らなくなって、持っていたケータイを落とした。

きっと、桃乃のお母さんはまだしゃべっているのだろうけど、聞こえない、床に落ちてるということもあるけれど、それとはまた違って、周りの音を掻き消すほど大きな耳鳴りがした、俺は目の前が真っ白になった。


も、桃乃……なんで……。

声すら出ない、目元が熱くなってるのがわかる。

頬を伝う一筋のしずくの感触があった。

あの時と同じ、母さんが居なくなったと知らされた時と同じような感覚にさらされた。

俺は、泣いていたのだ。

悲しみと苦しみが一気に押し寄せる。

前と違うのは、後悔という感情も入り混じっていたのだ。

震える手でほとんど力の入らない腕の力を振り絞り、床に落としたケータイを拾った。

声は出た、けれど、その一言一言を発するのにものすごい力を使っている気がして仕方がなかった。

「桃乃は……桃乃はどこにいますか?」

「……久田総合病院よ」

「わかりました、すぐ行きます」

俺は、家を飛び出した。

どれだけの力が自分には残っているのだろう。

分からなかった、けれど、今は一刻も早く桃乃に会いたかった。

信号は青だろうが赤だろうが関係なかった。

車にひかれなかったことも奇跡的だろう。

おそらく人生で一番早く走っただろう。


――桃乃の病室

意識はいつ戻るかわからないけれど、命に別状はない。

桃乃のお母さんはそう言った。

桃乃はとても、静かだった。

「桃乃……ごめん、ごめんな! 俺、桃乃に何にもしてやれなかった」

俺は桃乃の手を握って泣きながら謝った。

すると後ろから桃乃のお母さんが言った。

「――柚晴君、あなたは何も悪くはないわ、むしろ感謝してるぐらいよ、この子昔、いじめられて、自殺まで考えていたぐらい崖っぷちになっていた桃乃を助けてくれたのが柚晴君だったの、たしか中学生のころだったかしら? その時から今みたいに、桃乃は明るく元気な子になったの」

――俺が中学の時に桃乃を助けた?

あったかもしれないし、なかったかもしれない。

正直、記憶が曖昧だった。

「それでも、俺は、桃乃さんをこんな目にあわせてしまったんです……」

「そう思うなら、桃乃の看病をできる範囲でいいから、手伝ってちょうだい」

考えるまでもない、桃乃のそばにいたいし、いてやりたい、たとえ一生目が覚めなくてもずっとずっと……。

「わかりました」

夕暮れの茜はだんだんと黒ずんでいき、病室の電気がついた。


それから桃乃が入院して1年と半年がたった。

会う度、会う度、クラスの事、授業内容とか、最近のテレビの話なんかを目を閉じたままの桃乃に話し掛けていた。

「なあ、今日は何の日か分かるか? 桃乃が告白してきた大事な記念日だよ……」

俺はベットで横になってる桃乃の頭をなでながら言った。

「…ゆ、ゆ……ず……はる……くん……?」

目が半開きになって、頭をこっちに向けていて、視点はきちんと俺を見ていた。

「――も、桃乃!」

俺は思わず、桃乃を抱きしめた。

「え? ゆ、柚晴君どうしたの?」

「いいんだ、少しこのままでいさせてくれないなか?」

「――うん、わかったよ」

きっと、意味は分かってないだろうけど、桃乃は俺のわがままを受け入れてくれた。

「なあ、桃乃?」

「ん?」

「おかえり」

「――ただいま」

俺と桃乃はしばらくそのままでいた。


例えば、俺の父親が母親と離婚することが無ければ、今の俺はここにいないだろう。

例えば、俺が高校の受験で失敗すれば、今の俺はどこにいたのだろう。

例えば、あの時、手紙に気付かなかったら、こうして、桃乃との大切な時間を過ごすことはなかっただろう。

例えば、あの事故で桃乃が死んでしまったら、俺は生きていたのだろうか?

そう考えればこれは、偶然や奇跡の域だ……。

いままで、不幸な人生を歩んできたつもりだった。

けれど、それは、間違いだったのかもしれない、この時のために、そして、これから桃乃との時間を大切に過ごすために神様がくれた贈り物だったんだ。


それから、何年も過ぎた。

たまに衝突することはあっても、ずっと変わらずに過ごしてきた。

今では、子どもが2人いて、俺と桃乃は暖かな家庭を築いている。

「なあ桃乃?」

「なあに、柚君?」

「愛してるよ」

そういって、俺は桃乃にキスをした。



      THE END


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