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花いちもんめ  作者:
第3章
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 汐里の顔は引きつっていた。机の周りに集まった女生徒たちを見上げる。クラスメイトばかりではない。学年を問わず、待ちかまえたように汐里が席に着くなり囲まれた。妙に殺気立っている。

 救いを求めるように目を泳がせたが、どちらを見てもその厚い壁で救いを求める顔など見えようもない。

「な…何でしょう…?」

 鞄を開けかけた状態で固まったまま、汐里は気の抜けた声で尋ねた。何だか知らないが、とりあえずばからしい状態の中に自分がいるのだけは分かる。

 先頭切って汐里の所まで来た、三年生らしい人物が威圧的に見下ろしながら口を開いた。

「神納さん、昨日一条さんと一緒に帰ったわね」

「一条さん……」

 呟くように繰り返してからすぐに思い当たる。それでようやく、何となく状況が飲み込めてきた。飲み込めてありがたいことではなかったが。

「皓紀さん?でも、安里たちも一緒でしたけど」

 答えてからしまった、と思う。しっかり囲んでいる少女たちの眉がつり上がっていた。どうやら名前で呼んだのがいけなかったのだな、と察しをつけながらも、正直なところを言ってしまえば面倒くさい。相手をしている気にもなれないのだが、相手をせざるを得ないというのが困ったことだった。

「そう、その一条さんよ」

 気を取り直したように、声を抑えた様子の三年の声はかえって怖かった。背筋を這い上がってくるような声、と言おうか。声を抑えたせいで猫なで声に近くなっている。

「剣道部のコーチになった一条さん。一体いつの間に抜け駆けしたのかしら、神納さん」

 これが、汐里と皓紀だけで帰ったのなら後もつけたろう。いや、燈子が一緒でもつけた。皓紀には気づかれるかもしれないが、そうしたら合流するくらいの気で行けばいいのだから。しかし、それができなかったのは水神と朱樹、それに安里が一緒だったせいだ。安里が気づけばうっとうしがってかえって面倒になるのは分かっている。そして、水神と朱樹は遠巻きにしているのが一番に思えた。

 その結果、抜け駆け、ということに落ち着いていたのだが、汐里の方はその辺りを気にせず、あっけんからんと答えてしまった。

「皓紀さん、家が隣なんです。それだけですよ」

 言った瞬間、少女たちの目の色が変わったことには、さすがに汐里も気づいた。これは失敗したかもしれないと思うが、さらに言葉を足す前に肩をがしっとつかまれた。

「神納さん、今日、おじゃましていいかしら」

「………は?」

 いきなりの急展開に汐里はついていけなかった。肩に置かれた手は逃がすまいとするかのようにきつく爪が食い込みそうだ。

「一緒に剣道部の見学をしましょう。そしてみんなで帰りましょう」

「えっと、わたし今日夕食当番なんで……。それに、来られても困るんですが」

 予想外のきっぱりとした汐里の断りに少女たちは不意をつかれたようになった。まさかこの状況できっぱりと答えるとは思っていなかった。ごちゃごちゃ言っている間にうやむやにして決めてしまおうという腹だったのだが、しっかりそれは駄目になってしまった。その中に一人として汐里と特に親しくしている人間がいなかったのも、いけなかったかもしれない。

 が、そこでかっとするのは当然の成り行きかもしれない。人が穏やかに話を進めていれば、という言い分がしっかり顔にでていた。

 その顔で口を開き汐里に何かを言う前に、その厚い壁の向こう側でがたん、と音がする。大きな音というわけではなかった。しかし、反射的にその音の方を振り返る。

 登校してきた朱樹が厚い壁の向こう側の誰かの机に鞄を置いて立っていた。そしてその集団に目を向けている。

 汐里を囲む集団が引きつった。

 その向こうで水神が静かに立ち上がると、朱樹と少女たちの間に入った。少女たちの方を冴えた目で見据えている。

「そこの席に行けない人がけっこういるんですよ。他人の迷惑も考えてください」

 それは、三年生に向けられた言葉だった。しかし、丁寧な言葉を使っても言葉の底にある冷えはそのままに残っている。冷たい言葉は、三年生を年上として敬うような言葉を使いながら、年上でありながら当たり前のことも分からない奴、と、見下しているようでもあった。

 慌ててそこからばらばらと散っていく中、汐里の肩から手を引きはがしながら三年は引きつった笑みを汐里に向ける。

 けれど、汐里はもうそっちを見ていなかった。やっと視界が開けると燈子が来て呆れた目を向けている。視界が開けるのと一緒に新鮮な空気をやっと吸えたように思えた。

 その目にはきちんと、自分の周りから離れ、教室から出ていく女生徒たちも見えている。こんなにいたのか、と、アホらしく思うだけだった。

「おはよ、汐里。何、あれ」

「皓紀さんのこと。皓紀さん人気あるんだね」

 昨日来たばかりなのに、というのも言外に含まれている。話したこともなく、姿を見ただけなのに、と。

 けれど、燈子の方は机の上に少し乱暴に鞄を置きながらたった今女生徒たちが出ていった教室のドアの方を見ていた。

「ばかばかしい。まあ、どうせあんた相手じゃ手応えなかったろうけどね」

「どういう意味よ」

 言い返しながら汐里は朱樹と水神の方を振り返った。二人とももう自分の席に座り、何事もなかったかのような顔をしている。

 ただ、クラスメイトたちがちらちらとそちらを見ているのだが。迷惑をしていたのは皆一緒なのだ。ただ、女の集団の怖さになにも言えないでいたが。当然、クラスの中にも汐里を囲んでいた者はいる。その女生徒たちは教室の隅でうかがうようにクラスを見ていた。

「水神君、久世君」

 席に座ったまま声をかけると、二人が揃って振り返る。不機嫌さはまだ抜けていない。

 二人の不機嫌の原因は今のことだけではなかったが、汐里がそれを知るはずもない。顔の前に片手を上げると、軽く頭を下げた。

「ごめん、ありがとう」

「神納が謝ることじゃない」

 憮然と言った朱樹に、水神は先を越された形になった。水神は仕方なくそれに頷いて汐里に笑みを返す。

「災難だったな」

「まさか皓紀さんがあんなに人気あると思わなかった」

 答えてから、もう一度苦笑混じりに頭を下げると、汐里はいつものように燈子に向き直った。燈子は腹立ちもおさまったようで苦笑いを浮かべている。

「あの連中、みんな連れ帰っても面白かったんじゃない?きっと二度と行く気にならないよ」

「どういう意味よ」

 汐里は燈子を軽く睨む。今日は自分が夕食当番だ。そのことをからかったのかと思ったのだが、どうやら違ったらしい。

「あのお兄さんたちがあれ、歓迎するわけないじゃない」

「そうゆう意味ね。だからちゃんと断ったんだよ。まあ、わたしもあれで来られても困るけどね。もてなしに」

 汐里の答えに思わず笑い出しながら燈子は朱樹と水神の方をちらっと見る。あの二人は、困っているのが汐里じゃなくても助けただろうか。あんな風に、あとでもっと問題を大きくしないように気遣っただろうか。とは言っても、汐里本人が全くその辺りに気づいていないものを、あえて自分が口にする気にはなれないが。



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