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「……様、…や様……皓夜様!」
揺り起こされる声に薄目を開けると、見事な黒髪の少女が見下ろしていた。村の娘だ。貧しさの中にいるが、整った目鼻立ちと、何よりも自分を見ている目が内側からその娘を光らせているようにいつも見える。
「詩織か……。まったく、お前に見つかると居眠りもできないな」
軽い口調で言うと、詩織は軽く睨んでくる。都から来た自分を村人たちはどう扱ってよいのか分からないらしく、近寄ろうとはしない。詩織だけが別だった。
「皓夜様、そんなことだからみんなに噂されるんですよ。本当は都で何かやらかして流されてきたんだろうって」
「はははっ、これはまいった。確かに何もせねばそう思われても仕方あるまいがな」
「だったら何かしてください」
そう言われてもな、と顔をしかめた。この村に出るという鬼を退治せよと命じられてきた。来たはいいが、村人たちは恐れて鬼のことを話そうともしない。そして鬼は、自分の前にはその影すらも見せない。来てからも確かに、鬼は出ているというのに。
「ならば詩織、鬼について何か話せ。このままでは何かしようにもどうにもならん」
言った途端、詩織はむっと黙り込んでしまった。村人のように恐れて口を噤むのではない。詩織は、鬼を恐れていないようだった。と言うよりも、退治して欲しいと思っていないようだった。
「なぜそんなことをする必要があるのです。都には関係のないことです」
鬼が何も悪いことなどしていないなど、そんなことは言わない。けれど、詩織は退治、という行為を嫌っていた。
「そのようなものが大手を振って歩いていては威信に関わるのだよ。それに、あの鬼、朱鬼は害を為す。これまでにどれだけの被害に遭っていると思うのだ」
詩織はつと立ち上がり、背を向けてしまった。その背中から小さな、ようやく聞こえるような声が投げつけられた。
「わたしたちを苦しめるのは朱鬼だけじゃない」
はっと目を覚ました皓紀は、思わず自分の手を見つめた。じっとりといやな汗をかいている。
(詩織……)
不思議なほどに鮮明に記憶に止まった夢を思い返した時、皓紀は思わずきつく目をつむった。夢の中で見た少女、詩織の姿に、隣家の少女、汐里が重なる。そして、その姿が朱いに染まった。
そういうことか…、と、固く拳にした両の手を見つめる。思い出した。これで全てだろうか。
皓紀はじっと考えながら、さらにきつく拳を固めた。
(あのようなことは……二度とごめんだ)