酔っ払イズム
「いいですよ?」
考えるより先に答えてた。
「え!?」
あんぐりと口を開けているのがおかしい。思いついて人指し指を目の前に立ててみる。
「1回1万円でどうですか?」
「金、取るのかよ!」
「ソープに行く事を考えたら安いじゃないですか」
「なんでお前がそんな事知ってるんだよ~!」
古市はなぜか泣きそうになっている。まあ、普通の女子はあまり知らない、かな?
「値段の事なら…近道なんですよ、ソープ街」
黒服のおっさん達に客ひきされるのが玉に瑕だが、色んな国の城を模した建物が立ち並ぶ通りは、明るくてアパートまでのいいショートカットになっている。イヤでも目に付く大きな看板から、相場は知れた。と言うか、そもそも世の男達はそんなにそんな事に金を払ってるのかと、初めは驚いたものだ。
けれど、不意に古市の顔がシリアスになった。
「お前…、そういうのやめろよ」
「何がですか?」
その言い方にカチンと来た。そういうのって、何? ソープの値段を知ってる事?
「いい加減にしてくださいよ。今まで散々女としてなんか見てなかったくせに、一回寝たくらいで女扱いですか」
つい普段なら言わない本音が出た。似合わない。以前の古市なら、そんな事は言わない。笑い飛ばして終わりだ。最近のこの変化が、妙に癇に障る。
―あれ? そうか、最近自分はイライラしていたのか。楽しいと思ったのは、どうやら浮き足立ってたらしい。変な緊張感が気持ち悪くて、更に神経を逆撫でる。楽しいのと気持ち悪いのが背中合わせに踊ってるみたいだ。
「そんなんじゃねえ」
「そんなんじゃなかったら何ですか。別にいいですよ、古市先輩ならもっかいしても。…まぁまぁ良かったし」
「まぁまぁゆーな! …じゃなくてっ!」
二の腕を掴まれた。真剣な目が私を見ている。仕事以外でこんな顔するの、初めて見たな。
何を言われるのかと身構えてたら、掴まれた腕は外されて、目も逸らされた。喉の奥から低い声が響く。
「自分を…安売りするような言い方はするな」
「…!」
…びっくりした。驚いた。えーと、想定外の方向からいきなり来たぞ?
何を驚いているのかよく分からないけど、ショックで頭の中がぐわんぐわん言っている。
やっばー…。
今のはちょっと来たかも。あまりの驚きに近くにあったグラスをあおってしまった。
「おい、一真、それ俺の泡盛!」
自分のビールと間違えて、泡盛をロックで開けたらしい。
えらく強いアルコールの刺激が喉を焼いた。ついでに脳味噌も焼けていく。鮮やかな電気ショートがビジュアルで浮かんだ。
バカじゃないのか、この人は。
バカじゃないのか、この人は。
いや、自分がバカなのか?
やばい、酔いがいつもより早くなってる。ぐるぐると星が回るのが見える。
「一真、おい、目ぇ座ってるぞ、お前」
「そんなこと、ないれす」
「ろれつも回ってねえし」
「気のせい!」
「おーい、一真?」
古市の声がやたら遠くに聞こえる。
やばいな、このままだと、とんでもない事を口走りそうな。
やばい、今すぐ逃げなくては。
「帰ります」
「帰るって、お前! おっちゃん、勘定!」
古市は慌てて尻ポケットから財布を出している。
「今日は私がおごる約束れふ」
「あー、あー、また今度な」
「じゃあ、逃げます」
「ちょっと待て、こら!」
上着を掴んで店から駆け出す。
何がやばいのか分からないけど、とにかくここに居たくなかった。
いや、正確には古市と一緒にいたくなかった。
それなのに、店から出た途端、腰と足が心を裏切る。ふらついて転びそうになったのだ。
「一真!」
慌てて古市が私を抱きかかえる。
「…たく、危ねえなあ…」
舌打ちを打ちながら呟く声が、耳元で聞こえる。
恥ずかしい。情けない。格好悪い。
そのまま、どこかへ消えてしまいたかった。
酔っ払いは思考がループしやすくなります。




