彼女たち
「で? で? そのあと古市さんとはどうなったの、キョーコちゃん?」
先日同部署の先輩と行った居酒屋よりは、幾分小洒落たベトナム料理の店で、海老とパパイヤのサラダを取り分けながら、柳原栞は開口一番こう言った。瞳の中には満開の星とハートが散っている。さながらクリスマスとバレンタインがいっぺんにやってきたかの様だ。
勤務階が遠いからあまり周囲には知られてはいないが、彼女とは月イチペースで食事をする友人だった。歳が近く、同じ会社の男性しかいない部署で仕事をする身として、他言無用の愚痴や不満、外聞を憚る噂話など、女同士の気楽なお喋りを楽しむ。彼女は総務の経理、私は施設の設備に属していた。
一応、会社ではお互い「一真さん」「柳原さん」と、きちんと名字にさん付けだが、会社の外では名前呼びだ。一種の切り替えスイッチである。
「寝たよ」
スペアリブのココナツミルク煮を頬張りながら、私は端的に事実を述べた。
「きゃあ!」
瞳の中のハートマークを大きく膨らませ、栞は嬉しそうに先を促す。
「そんだけ。酔った勢いだったし、そのあとは何もないよ」
「え~~~」
私の返事に、彼女は不満そうに唇を尖らせた。世の女性に漏れず、栞は他人のコイバナ大好きである。もちろん立場が逆なら、不満顔を見せていたのは私の方だったろう。他人の色恋ほど無責任に楽しめるネタはない。
「古市さん、えっち、下手だったの?」
栞は無邪気に核心を衝いてきた。大人しくて清純そう、と言う彼女の周りの評価には大幅に誤差がありそうだが、勝手に誤解している方が悪いので、知ったこっちゃない。外見で人を判断しちゃいけないと言う、いい見本だろう。そもそも私は、彼女のそういう開けっぴろげで正直なところを気に入っている。…まぁ、大抵は。
「別に、下手ではなかったけど…」
「へぇ~、そうなんだ~」
栞は再び面白そうな、もしくは人の悪いチェシャ猫みたいな笑顔を見せて、タピオカ入りの甘いカクテルを啜った。
実際、彼との行為が良かったのは意外な事実だった。前後不覚なほど酔っていたくせに、彼が私を扱う手つきは驚くほど慎重で優しかった。まるで、彼が工具や精密機械を扱う時の様に。
「大体、先輩は栞に振られたんだよ?」
「あら、それは過去の話でしょう?」
…まぁ、三日前も過去は過去か。
「寝たのは不慮の事故だよ。酔った勢い。単なる間違い。続きはなし。それよりそっちこそ浅木さんとはどうなったのよ」
「う~~~、今、営業組は忙しいからなぁ…」
話を降られて、栞は顔をしかめる。実は彼女は営業の若手とこっそり付き合っている。笑顔がさわやかな、エムズのスーツが似合う中堅どころである。
もっとも、その事を古市に告げる気はなかったし、古市自身が動かない限りお節介を焼くつもりもなかった。それこそ他人の恋路である。迂闊に絡んで馬に蹴られるのは避けたい。
案の定、彼は当たって砕けた訳だが、それはそれで仕方がない。後輩として、できるだけの事をしたつもりだ。多少、想定外の事も起こったが。
「不慮の事故」に関しては、彼自身かなり混乱していたようだけど、今後私たちに何らかの展開があるとも思えなかった。お互いに対して特別な感情が確立していないのだから、展開しようがないだろう。こちらからもアプローチするつもりはないし。
「かまってくれてないんだ、浅木さん?」
ニヤリと笑って見せると、栞は唇を尖らせて拗ねた。時期的に営業は繁忙期と解ってるから、不満を言うわけにもいかないのだろう。
「キョーコちゃんのイジワル」
なるほど、こう言う顔がいかにも女の子で可愛いよなぁ。私にはできない芸当だ。
「まあいいや。ところで、最近やってたドラマだけど…」
「ああ、『星の恋人』?」
「あれって、相手役の彼がさ…」
「ああ、あのいつも泣きそうな眉毛の!」
考えても仕方のない事は仕方ない。それが私の信条である。
お互いのデリケートなラインを適当に確認牽制しつつ、私達はさっさと話題を切り替えて、無難な流行りのメロドラマの内容に流れていった。
食べ物率が高いのは、作者の嗜好なので仕方がないのです。




