聖女にお金を払うのが嫌だと言われたので辞めます
聖女が決まり数年後、最初は有り難がったお礼の言葉が段々文句やクレームに変わっていった。
医院の一つで働く聖魔法使いのエルモエは、平民ゆえに筆頭聖女にならなかっただけで、聖女認定はされている。威力もなにもかもが筆頭に抜擢された相手より上だったが、貴族ではないので候補にもなれず。
でも、別に羨ましくはない。のびのびとプレッシャーを受けずに治療できる今を、自分なりに気に入っている。患者が文句を言い始めたのは治療を受けることに慣れ始めた頃。
「あーあ、聖女様は無料で治してくれたのに、何で金を払わないといけないんだ?」
「え?」
最初、聞いた時は何を言うのかと驚いた。筆頭聖女にお金を払わなくていいのは、聖女協会が給金を払っていて、税金もその中にあるからだ。つまり、彼らは意識の中にはないがちゃんとお金を払っている。
でも、こちらの所属は医院なので税金ではなく、医院の運営の中での給与。病院に来て払うのは当たり前である。この医院が税金により運営されていれば、もっと安かったりする。
それも考えずに、文句だけが肥大化していく。少しずつ少しずつ。最初は少人数だった。けれど、筆頭聖女がパフォーマンスのために無料で治療することが常になってくると、数は増える。
治療される人数が増えると、無料で治して貰えた記憶が残るのだ。エルモエだって税金が貰えれば喜んで治癒した。貰う先が多少変わるだけなのだから。
だが、国民たちは無料というものを体験する度になぜ、自分たちはお金を払わないといけないんだという不満が強くなっていく。治療してもらうのが当たり前になると、人は感謝の心を忘れるらしい。
エルモエはことさら強く意思を向けられる。聖女と同じ治療法のせいだ。他の医者たちは治癒ではなく物理的なものなどもあり、部分的に直す治癒者もいる。
エルモエの肩書きは聖女だ。同じ聖女となれば比べられやすく、批判も受けやすくなる。どんどんクレームや不機嫌な顔を向けられるようになると、治療するのが苦痛になってきて。
ここを辞めてどこかの、困っている人たちのところに行った方が精神的にもいいんじゃないかと、同僚に心配されるまでに。恐らく、己はノイローゼになっていたのだと思う。
周りの人たちも庇うことをしたとして、限界がある。客商売なところもあるので、文句を言う人を一々追い返すのにも、対応が追いつかなくなっていた。
エルモエがどこかへ行った方が良い方向に向かうと、周りは心配してくれた。受け入れるには時間がかかったが、医院で診た最後の患者に。
「王家付きの聖女様はあんなに着飾っていて優しく微笑んでくれたのに、あんたは化粧もしないのか?本当にお前は彼の方と同じ女なのか?」
と、言われた後にフラッとぶっ倒れた。加害者の男は周りがボコボコにして治療しておき証拠を残さなかったと、いい笑顔で言ってくれたのでお礼しなくて済んだ。
寝ている時に見た、悲鳴や骨が軋む音は夢じゃなかったらしい。なんだか気が抜けてそこから一週間休むと、患者を診なくて済んだことで考える力が戻ってきた。
どうやら自分はもうここの人たちを治すのが嫌みたい。となると、あの医院にいる理由もなくなる。辞表届を渡すと院長は「すまない」と謝ったが彼が悪いわけじゃない。この場所が筆頭聖女に近過ぎたのだ。
「今までありがとう」
皆に見送られて馬車に乗り、町に別れを告げた。今日から診なくていいのなら、なんだか全てからの開放感が凄い。揺られるのすら心地いいぐらいだ。去る聖女によって、町の住人たちが後悔することになるかもしれない。だが、聖女本人が倒れるほど追い詰める方が遥かに悪い。
エルモエは別に税金で暮らしていない。医療は自己の魔法でできるし、行政から聖女だからとなにかを得ているわけでも貰っているわけでもない。あくまで給与は働いているから、恵みでもなんでもなかった。
「ふぅ」
明日から理不尽に罵られることを考えなくていいのは、純粋に喜ばしい。筆頭聖女のやっていることはボランティアではなく国行である。無料なのはそういうことをして、国が健全であることの周りへのアピールも兼ねている。
国民にも教えているが、比重的には他国へのお披露目の意味合いが何より強いだろう。自分たちの国は聖女がいるので豊かですよというもの、治癒魔法を使える人間が国に来ても気持ちよく働けるというもの。
色んな意味で聖女の無料奉仕に見せかけた、無料でもなんでもないそれ。エルモエからすると、どこもしているのだろうことなので聖女や国に不満はない。やらないと他国人が来なくなるのだ。
医療が充実しているという国力を見せつけるやり方というのは、他国に来る人たちを安心させる材料としては確実に意味があるのだから。エルモエも他国に行くのならやはり、医療系統の充実したところへ行きたい。
他国に行くのだから怪我をしたり病になったら、安心して滞在できる保証が何より効く。そのアピールをわかりやすく体現しているだけなのだ。聖女本人がやるかは別として。というか、国付きの聖女が他国人の要人でもないと、その人を担当なんてしないだろうが。
他国人、つまり要人ならば受けられる最高医療の一つという、最強のカードとも言える。旅の途中、魔物に怪我を負わされた小隊を見つけてどうしようかと悩む。
人売りとかならば、自分は金を産むガチョウにされかねない。折角国を離れたのに、新たなる不幸に見舞われに行く趣味はないのだ。うーんと腕を組む。
馬車が立ち往生しているので、自動的に客は全員止まったままだ。向こうの馬車が動かないと、こちらの馬車はいつまでも身動きできない。向こうの人たちは怪我人が多くて、移動は今すぐできないと耳に聞こえてきた。
冒険ものやご都合主義の小説や物語ならば、ここでパッと治すのかもしれないが。現実じゃこんなものなのだ。人に讃えられる可能性よりも、人に騙されたり酷い目に遭わされる率の方が遥かに高い。山より高いのだ。
「医者がこの中にいるのなら頼みたいのだが」
向こうにも居るみたいだが、魔力切れでダウンしているようだ。颯爽と手を挙げて助けたいのは山々なのだが、ハイリスク過ぎる。そのまま乗せられて、あれよあれよと誘拐されては堪らない。
「こちらはリード国の国軍だ。保証する」
「うーん、とは言っても照らし合わせることができないから、保証すると言われてもねぇ」
馬車の責任者が腕をグッと組んで至極当たり前の疑問をぶつける。何を言おうと、正規軍の証だろうと比較がなければ偽物は本物になれるのだ。
警戒心を持たないとどこまでも搾取される。医院でもお金の搾取はされなかったが、聖女だったからこそ聖女だからやれと言葉の搾取を受け続けた。何もしていないのに。
いや、何をしても文句を言われるのだ。なにかやり方を変えてみても結局、人は何かにケチを付ける。嫌な仕事の覚え方をしてしまったな。ノイローゼになっただけはある、長い体験を思い出しては鬱蒼となる気持ち。
「そこの女性、あなたはもしかして治癒者か?」
「え?」
「あなただ。あなたは違うのか?」
やたら綺麗めな顔をした男がこちらに来る。半歩後ろに下がった。大きいから、首が上に上がり辛くて。
「いえ」
「……頼む。かなり危険な怪我を負っている者がいて」
「……いえ、違いますから」
そうやって、人の好意に漬け込む。もう疲れたのだ。誰も治したくない。目頭が熱くなったが耐えた。
「ぐあ!?」
「しっかりしろ!」
「間に合わないのか!?」
「今から運んでもっ。くそっ。ああっ、隊長!」
隊長と呼ばれて目の前の男が呻く男の側に行き、マントが汚れることを厭わず座る。妻が待っているのだろうと叫び、子供も生まれるのだろうと声をかけていくのが耳の中にこびりつく。
「生きろ、生きるんだ!」
「たいちょ、すみ、ませ」
息絶える寸前に、何か言い残そうとしている。はぁ!と大きくため息を吐いた。大股でドシドシと騎士たちの間を通り、隊長と呼ばれた人を無理矢理退かす。
「な、何を!?」
話しかけてきた男はこちらを認識すると、黙ってさらに離れる。何をするのかわかったようだ。手をかざして、死にかけている兵士に魔法を使った。万が一も考えて全力より少し余裕を残す。
「凄い……」
誰かの声が聞こえる。祖国の筆頭聖女よりも上だったが平民なので、選ばれることのない立場だった。羨ましくはないが、人々が不満をエルモエにぶつける度に。何故自分がそんなことを言われないといけないのだ、というストレスは計り知れないほど溜まった。聖女から離れればきっと、比較されることはなくなると。
治療すること自体を嫌いになってしまったわけじゃない。話すことや話しかけられることが嫌になった。癒しを与えるのに会話なんて、無駄なのだと医院で教えられたようなものだ。
なのに、目の前で人を治している。治せば誰かに何かを言われる。お礼でも何でも。今はそれさえ嫌だけれど。失われていく命をなくしたくないという、まだあった気持ちが疼いた。まだ自分は聖女なのだなと、皮肉に笑う。
「おおおお!治った、治ったぞ!」
「やった、やったなぁあ!」
「治癒魔法の使い手か!?」
周りがうるさい。兵士たちに肩を叩かれたりお礼を言われる。手を振っていらないと示すが、見ていないのか声がなくならない。馬車に戻ると乗客たちが拍手して出迎える。
受け入れるほどまだ心は回復していない。目を伏せて何も反応しないようにした。笑顔でも向けたらまるで、喜んでやったように見えてしまう。
それとも、そんなことをしなくても人は見たいように見るから、大変嬉しがっているように見えたりするのか。だったら何もしない方がいいか。
ぶっきらぼうにしておけば、今度は無償奉仕しろと言われないだろう。ああ、そういえばお金を貰うのを忘れていた。でも、もういい。関わり合いになりたくないのだから。
馬車に乗っていると先ほどの隊長と呼ばれていた男が、後を追ってきたのかこちらへ来て多めのお金をドンと渡してくる。いらないとは言わず貰う。治療は無償ではないのだから当たり前だ。
「ありがとう」
「どうも」
またのお越しをなんて言わない。今はどこにも属しておらず、居着いたとしてもまた治癒者になるかどうか。ならない方の確率が高い。懲り懲りなのだから。
「私はグロウだ。何か困ったことがあったら名前を出して呼んでくれ」
「そうですか」
そっけなく対応する。今後粘着されては堪らない。そちらの名前はと聞かれたが偽名を使っておいた。知られるのも嫌だし、粘着行為をされるのなんてもっと無理だ。
あの力を見られた以上、普通とは縁遠い見方をされ易い。今までは医院が守ってくれていたが、これからは己で身を守らねばならないのだ。簡単に名前を教えることなど、できなかった。
相手は数秒黙って、こちらを見つめていたが、またお礼を言って降りていく。偽名だと感じたか、何か話そうとしたが、受け入れるつもりのないこちらを察してやめたか。どちらにせよ、関わるつもりがないからどうでもいい。
次に仕事をする内約は、誰かと比べられることがないものがいい。できれば、人と関わり合う必要がないものが第一希望。些細な違いかもしれないが、負担のかかり方は多大だ。
馬車が辿り着くのと、軍の馬車が後ろから追随するようにノロノロ走って時間差で着いたのは、同じ停留所だった。けれど、負傷した兵士たちを移動させるために病院に運び込まれていく。
あそこがそのような施設ならば、行くのならば真逆の場所がいい。立地を好きに選べるほどお金に余裕があるおかげだ。あの苦痛の時間に耐えた分、己を甘やかさないと。
「すみません」
家を借りる為にドアを潜る。かなりわがままなことばかりを言った自覚はあったものの、無事に思っていた家と場所を借りられた。賃貸なのはいつまた移動するかわからないから。仕事を探していいものが見つからなかったら、また探さないといけない。
「ん〜」
窓を開けて新鮮な空気を取り込む。朝の匂いがしてくる。朝早いお店の仕込みの香りなど。とても良い香りだ。朝から患者を診なくていいなんて、本当によく眠れるようになった。
仕事は好きだったのに。患者がわがままになり過ぎた。なぜ、あんなに偉そうに人格を攻撃できるのか。患者の最後の言葉は的外れだったな。診療所は接待ではなく治す場所。着飾っても治るわけでもないのだ。
のんびりとして、そろそろ仕事を探しに行こうと外套を着て外に出るとパン屋のいい香りがして、そこへ誘われるように歩く。雰囲気が完璧なザ・パン屋があり気分が高まり、笑みを浮かべながらベルを鳴らす。
「いらっしゃい」
恰幅のよい女店主らしき人が声をかけてくる。その前には、私服の見覚えのある男性が。
「あ、あなたは」
顔見知りでもないので挨拶もせずトレーを手に持ち、トングを片手に商品を見て回る。バターたっぷりクロワッサン、とろりとしている香ばしいチーズパン、暴力的なまでの香りを届けるチョコレートパン。
朝から重たいとわかっているのに、つい手に取りそうになる鶏肉の入ったチキン南蛮パン。お菓子パンもおかずパンも、どれも魅力的だ。うっとりしながらトレーに乗せていく。
レジに持っていくとグロウと名乗っていた、隊長と呼ばれていた男はまだそこにいる。レジから少し離れていて話しているわけではなさそうなのに。顔見知りっぽいから、話している途中なのだろう。
「あの、このパンの代金を払わせてくれ」
「はい?必要ありません」
キッパリ断ると、焦ったようにチラチラとこちらを見て女店主に揶揄われる。
「隊長、パン屋ではナンパは禁止だよ」
「え、なっ、ナンパでは。この人は恩人で」
「はいはい」
店主は話しながらも澱みなくパンを入れていく。多分、グロウは真面目な性格なのだろう。
「また来てくださいね」
カラッとした声をかけられて、礼を言い店を出る。後ろから駆け寄る音がしても足を止めることはなく、パンにかぶりつく。焼きたてらしく温かい。
「ま、待ってくれ」
「はぁ」
「すまない。すぐに去るから少しだけ話を」
本気でナンパを受けている気分になる。無言で対応すると、相手はこちらが答えるつもりがないとわかっているのか一方的に話していく。貴方が治療した人は無事家族のところに戻れたとか。
医院や病院に勤務するのならば、知っておきたいとか。仮に所属するとしても教える義理はないのだが。
「医院にも病院でも働かないので」
「え?あの腕でか?」
エルモエの腕が良くても働く自由はある。才能があろうが、それに特化してしまったのが前回の失敗だろう。相手の言葉を聞いていると、目の前で転んだ子供がいて、彼は私服を着ているのに助けに起こしに行く。
ご苦労なことだ。他人事に褒めるとその隙に先を歩く。少しするとまた追いつかれて隣に並ばれる。彼は先ほどのことを言うのではなく、違う話題を出す。
正直、あの子供の怪我を治してくれと言われると思っていたから肩透かしを受けた。
「ああいうかすり傷は十日もすれば、あったことを忘れるくらい完治してる」
こちらの心を先読みしたかのように、笑ってなんでもないように答えた。輝く太陽みたいな笑顔を見ないように斜めに顔を向ける。馬車で会ったときから顔を合わせると治療してくれないかと言われると身構えていた。
少し過剰に反応してしまったみたいだ。治癒魔法を使うのなら所属したり働くのがそこになると、自然な考えになるのだろうし。落ち着かないと。
「もういいですか」
「ん?ああ。すまなかったな。仕事を探しているのだろうか?」
「はい。治癒者以外で」
「そうか」
残念そうな色はなく、他の職業選択に受け入れの姿勢を見せている。そういう態度を出さない人は凄く珍しい。この日から常連らしいパン屋で出会っては、話す機会は増えていく。
仕事も見つけられてお金も減ることはなく増えて、さらに生活に余裕ができて町の催しなどにも参加する。お祭りなどが近付くとグロウに誘われて、友人同士の気楽な散歩だと考えれば共に行けた。
隊長という人はこの町では有名な人間らしく、かなり声をかけられる。グロウはそれに答えながらも、楽しそうに対応していた。エルモエはそこまでお喋りではないから、よくやるなと感心するしかない。
「あ」
過去、働いていた医院の同僚から手紙が来た。ここで落ち着いて漸くこの前手紙を出せたのだ。手紙というより葉書だが。内容を読むと紙の量が分厚い。
読み進めてみたら問題なく運営できているようだ。やはり、エルモエが抜けた程度で崩壊する社会など、物語じゃないのだからどこにも存在しない。フフッとつい笑う。
エルモエの最後の、倒れる原因になった患者は出禁になり聖女を追い込んだとして肩身の狭い思いをしているらしい。他の人たちも、一番腕の良い治癒者を追い出して、自分たちの怪我や病をすぐ治していたエルモエが居なくなり、意気消沈していると面白可笑しく書かれていた。
「エルモエさん、なにか面白いことでもあったか?」
近くにいたグロウが問いかけてくるので、笑いを堪えて首を振る。
「いいえ、少し、すっきりしただけです」
今エルモエは、魔法を使わない原始的な手当てを教える教室を定期的にしている。魔法を教えるのは絶対数が少ないので利益がない。でも、学んだ誰でもできるものならば、この町では役に立つはずだ。
他人事ではないのだから。文句を言われる方ではなく、人数を増やして人の気持ちの行き先を分散させればいいのだ。人に向ける治療の大変さを知れば無償で、など言う人が減ることも考えて。
この町にも治癒者はいる。けれど、一人でも医療に携わる人間を追い込むような真似を減らすためなら、なんとかギリギリその系統に思いとどまれそうだ。
穏やかに過ごしていたが、ある年に川の氾濫があり指揮していた彼が部下を庇って、大怪我をした。グロウと初めて会った時の声かけと全く同じ言葉を兵士たちが叫ぶ。その中に妻や子供の羅列はない。
雨音が、男の心音を終わらせる槍のよう聞こえる。キィインと耳鳴りが酷く痛む。走った。動いたつもりなんてなかったのに。エルモエは反射的に彼のところへ縋りつき、ありったけの力を込めた。
「私を置いてかないで!貴方が好きなのっ!」
こんなときになって、蓋をしていた感情が堰を切って口から出た。目を焼くような光りが避難所を埋め尽くしたあと、エルモエは気絶したらしい。
目が覚めて、エルモエの手を握ったグロウをみた時。倒れるほど力を使って助けられたことがなにより誇らしかった。ただただ、嬉しかった。生きていてくれて、治癒の力を持っていたことがどれほど幸運なのか、かつてないほど理解させられる。
こちらの起床に気づいた彼の瞳がゆっくり開かれて、焦点が合う。ハッと覗き込む顔色はよい。
「あ、だ、大丈夫だろうか!?」
「はい。ありがとうございます。お手数をおかけしました」
「え、いや、こちらこそ、命を助けられた。ああ、あなたを利用したくなかったのに。申し訳なく思う」
この言葉を聞くに、気絶する前に好きだと言った言葉は聞こえなかったのだろう。よかったと言うべきか。言うことはもうないかも。頬までもが赤く染まるとシーツを引き上げて顔を隠す。思い出してしまったのだ。
「どうした?具合が悪いか?」
「なんでも、ないです」
できれば一人にして欲しい。
「まだ聞きたいことがある。今回の治療代だ」
流石はまとめ役だ。学園の委員長より真面目だ。
「いらないです。あなたの命を勝手に救っただけなので。生きていてくださるだけで、よいので」
シーツを被ったまま小さい声で言う。大きな声で言うには、かなり大胆な発言なのだから。
「え?聞こえないのだが」
そりゃまぁ聞こえないだろう。聞こえなくてもいいのだし。
「それと」
彼はグッとシーツ越しに聞こえやすくするためか、顔や肩が近くに来るのが気配と衣擦れの音でわかる。
「私も好きだ」
「!」
「妻に、なってほしい」
何度も頷き目が潤む。病み上がりだからか優しく触れるだけの抱擁を受けた。エルモエがした飛びつくようなものに比べたら羽のよう。相手の耳が赤いのが見えた。近さ故の視覚の暴力。
「お受け、します」
彼に聞こえるように返すが、声が小さ過ぎて聞こえているかわからないから、何度か言う。
「だが」
彼はバリっとエルモエを引き剥がすように、正面で向き合うよう顔を合わせる。
「夫婦になっても治療代はきっちり払うからそこは譲れない」
最後までバカ真面目な男である。ガタッと音がし、二人してドアの向こうに目をやった。医務室の外でこっそり聞いていたグロウの部下たちとお見舞いに来たパン屋の店主が崩れ落ちる音により、第三者に目撃されていたことを知った。
「隊長、真面目過ぎます!」
わらわらと室内に入ってきた部下に言われて、頼もしい隊長は胸を張った。
「聖女をやめて妻になってもらうんだ。永久就職先として支払うのは当然だろう」
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。医療系の大変さは過酷ですよね




