婚約者が勇者の荷物持ちとして旅立ったので、森の奥でレストランを開いたら、モンスターが常連さんになりました~常連さんと婚約者には、共通の話題ができたみたいです~
「まあ、ニコレッタ嬢の婚約者の方は、平民のために荷物持ちをしておられるの!?」
「婚約者のリナルド様も、子爵家の出なのよね?」
「子爵家なんて下位貴族ですもの。そういったこともお気になさらないのよ」
わたくしを取り囲んでいる令嬢たちが、扇で口元を覆って上品に笑いあう。
王家主催の舞踏会の片隅で、わたくしも曖昧な笑みを浮かべた。
侍女が綺麗に結ってくれた自慢のプラチナブロンドも、王都の流行に添った美しいドレスも、この方たちの前では、なんの意味もない。
わたくしの空色の瞳は、きっと今、死んだ魚の目みたいになっているわ。
リナルド様とは、爵位も年齢も同じで、釣り合いがとれているから婚約したの。髪と瞳の色まで同じなのよ。
わたくしたちは王立学園を卒業して、リナルド様が騎士のお仕事に慣れたら、結婚する予定だったの。
それが……、わたくしたちが王立学園を卒業する直前になって、急に魔王が復活なんてするものだから……。
リナルド様は騎士団の皆様と共に、勇者様を探しに旅立ってしまったの。
それで、リナルド様たちの隊が勇者様を見つけて……。
勇者様が王都から華々しく旅立たれる時、リナルド様も荷物持ちとして同行したの。
リナルド様は勇者様と年齢が近くて、気が合うからという理由で……。
「マルゲリータ様の婚約者のアントニオ様は、戦士として行かれたのでしょう?」
「お二人とも公爵家ですもの。侯爵令嬢のチェチーリア様の婚約者であるローランド様のお父様は、大魔導士として旅立たれたのよね」
「すごいわぁ! 第三王子のレナート様は、治癒を司る賢者となられたのよね」
皆様のお話は、さらに盛り上がる。
「荷物持ちだって、勇者様を支える大事なお仕事なのではなくて?」
わたくしは皆様に問いかけた。
ここにいる方々の婚約者やご親族は、誰一人として勇者様と共に戦ったりしていない。
リナルド様を馬鹿にする資格なんて、どなたもお持ちではないわ。
「そうよね、勇者様と一緒に旅立ったのですものね」
「すごいわぁー」
「英雄ね」
皆様が棒読みで、とても白々しく褒めてくださった。
思ってもいないことを言っていると、まるわかりよ。
その夜、わたくしは不愉快な思いに耐えて、ほほ笑み続けた。
勇者パーティーの一員の婚約者として……。
◇
わたくしは舞踏会から帰ると、両親にこの出来事を話した。黙っている理由なんてないですもの。
両親は、翌日すぐにリナルド様のご両親にも伝えてくれたわ。
その結果、わたくしは領地に戻って静養することになったの。
相手は上位貴族の令嬢たちよ……。
勇者様の荷物持ちの婚約者だからって、王家に言いつけたりすることもできないしね……。
わたくしは領地に戻ると、領都から少し離れた森の奥にある、愛らしい小さな民家を購入した。
国から支給される『勇者パーティーの一員の婚約者手当』なるお金を使ったの。
わたくしは、たいして裕福でもない子爵家の三女。
リナルド様も子爵家の四男よ。
リナルド様は騎士となる方。お怪我をされて、騎士を続けられなくなる可能性だってある。だから、わたくしは以前から、なにか商売を始められないかと思っていたの。わたくしがリナルド様を一生お支えしたくて……。
この木漏れ日あふれる森の奥の民家は、わたくしが一人で、商売の予行練習をするための場所。
わたくしは職人に頼んで、この民家を自宅兼レストランに改築してもらったの。
『季節の恵みの台所』
それが、このレストランの名前。
お店らしく、玄関の扉に、木の板で看板も下げたわ。
このお店は、一日一組限定。完全予約制よ。
わたくしが料理の練習をする都合により、ね。
練習用のお店だけれど、コンセプトだけは、なかなかしっかりしているのではないかしら?
わたくしは平民の女給が着るような、膝下までの長さしかない水色のワンピース姿。その上から、白いエプロンを付けている。
自慢のプラチナブロンドは、騎士のように赤いリボンで一つ結びよ。
平民の『おっかさん』をイメージしてみたのだけれど……。わたくしが細いせいで、あまり『おっかさん』感はないわね……。
「さて、なにを作ろうかしら?」
もしも本当に一日一組限定で、完全予約制のお店なら、お客様から事前にリクエストを聞いておく感じになるわよね……。
この『季節の恵みの台所』には、どんなお客様が来てくれるかしら……?
わたくしが悩んでいると、店の扉がノック……? ノックなのかしら?
ぽにょん、ぽにょん、と扉の外から音がした。
外には、二人の護衛騎士がいるはずなのだけれど……。
「まあ、どなた?」
わたくしは扉を開けてみた。
「誰もいないわ……」
そのまま、扉を閉めようとして……。
わたくしは視線を感じて、足元を見た。
「あら……?」
透明な水たまりに愛らしい顔のついたモンスターが、わたくしを見上げていた。
古式ゆかしいタイプのスライムだわ。
スライムというのは、大きく分けて二種類がいるらしいの。
この水たまりタイプと、ゼリーみたいなタイプよ。
リナルド様が手紙で教えてくれたわ。
「こんにちは。暑くなってきましたね」
スライムは平民風の挨拶をしてくれた。
スライムって礼儀正しいのね。
「あら、こんにちは。ええ、そろそろ夏本番ですね」
わたくしも平民風の挨拶をしてみたわ。
「こちらは食べ物屋さんでは?」
「そうですよ」
「魔の森にあるということは、スライムも利用できるタイプの食べ物屋さんですか?」
まあ、初めてのお客様だわ!
どうしましょう!?
ここが魔の森だなんて知らなかった。
モンスターのお客様が来るなんて想定外よ。
ああ、わたくしったら、ダメね。魔王が復活したのですもの。モンスターが来店することだってあるわよ。
「お嬢様、足元に魔物が!」
護衛騎士がやっとスライムに気付いたようで、剣を抜いて走ってきた。
「とても礼儀正しい方よ。こちらのスライム様が、当店の最初のお客様なの」
「そうなのですか……?」
護衛騎士は剣を鞘に戻した。だけど、そのまま少し離れた場所に立ち、心配そうにこちらを見ている。
「店員さん……、最初のお客様ということは……、このスライムも利用できるということですか?」
「ええ、そうですよ。いらっしゃいませ。お席へどうぞ」
わたくしはスライムを店内に通した。
磨かれた四角い格子窓からは、陽の光が差し込んでいる。
明るい店内には、ありふれた木製の四角いテーブルと椅子。
塗り直されたばかりの白い壁には、フルーツの盛り合わせを描いた油絵が飾られていた。
――王都の喧騒なんて忘れて、疲れた心を癒したい。
素朴な田舎風のインテリアには、わたくしのそんな願いがこもっていた。
来店されるお客様にも、わたくしと同じように日常を忘れて、ほっとする時間を過ごしてほしい……。
お客様が安らぎを得られたら、それだけで、このお店は大成功なの。
わたくしはスライムを窓際の席に連れて行き、抱き上げてテーブルに載せた。
「椅子では低すぎますものね」
わたくしはスライムに笑いかけた。
「そうですね。ありがとうございます」
スライムもにっこり笑顔になってくれたわ。
「お客様、どんなお料理をお望みですか? このお店には、メニュー表はないのです。お客様のお望みを聞き、それに合ったお料理をお出しすることになっています」
「では……、あの……。最弱のスライムでも、ちょっぴり強くなれるようなお料理なんて……、できますか?」
「それでしたら、ちょうど良い料理をお出しできますよ。少しお待ちくださいね」
わたくしは厨房に戻ると、お米を研いだ。
フライパンにお米と水を入れて、かまどの火にかける。
ご飯が炊けるのを待つ間に、お水と、カトラリーセットを入れた籠と、生成りの色のランチョンマットを持って、スライムのところに戻った。
水たまりタイプのスライムに、カトラリーを扱えるのかしら……?
「カトラリーはお使いになりますか?」
わたくしは遠慮がちに問いかけた。
「使えますよ」
スライムは透明な身体を伸ばして、籠から器用にスプーンを取り出して見せてくれた。
「これは失礼いたしました」
わたくしはほっとして、笑顔で厨房に戻った。
スライムにお気を悪くされなくて良かったわ。
高価な保冷庫からボウルを出し、昨日のうちに漬け込んでおいた具材の様子を確かめる。
ああ、良かった。具材にしっかり味が染みていそうだわ。
ご飯が炊けると、平らな白いお皿にご飯を盛る。丼物だけれど、スライムには平皿の方が食べやすいはずよ。
ほかほかのご飯の上に、大きなスプーンを使って具材を載せていく。
わたくしは完成した料理を銀のトレーに載せて、スライムのところに持って行った。
「東方の国の料理、漬物丼でございます」
ランチョンマットにお皿を置くと、スライムは少し不思議そうな顔をした。
「ナス、キュウリ、ミョウガに、オクラ、当店の庭で摘んだ大葉を細かく刻み、東方のメンツユという不思議な黒い水、お酢、砂糖で漬け込みました。さっぱりとした夏野菜の料理でございます」
わたくしはスライムに料理の説明をした。
昨日は包丁を扱う練習も兼ねて、これらの野菜をみじん切りにしていたの。何事も練習あるのみですもの。
自分で数日かけて食べようと思っていたけれど……。
こうしてお客様が来てくれて、お出しできて良かったわ。
「そうなんですね! いただきます!」
スライムはスプーンを器用に使い、漬物丼を食べ始めた。
透明な水たまりみたいなお身体なのに、食べたものが透けて見えたりしないのね。不思議だわ。
「この料理には、薬草が入っているのですか? なんだか体力が回復してきた気がします」
「薬草……。草のようなものだと、大葉でしょうか……? 大葉に薬草のような回復効果があるとは、聞いたことはございませんが……。美味しい料理を食べると元気が出るので、そのせいでしょうか……?」
「なるほど、たしかに美味しいから元気が出てきました! なんだか力もアップしたような気がします!」
「それは良かったです」
「このスライムは、スライム一族の王子なのです。このスラリーノ、立太子されるようがんばってみます!」
スライムはきりっとした顔で、漬物丼を食べ続けた。
スライムにも王族がいるとは知らなかったわ。王族がいれば、王位継承のための争いもあるわよね……。
モンスターの世界も、いろいろ大変なのね。
安らぎが欲しくなる時もあるわよ……。
その気持ち、よくわかるわ……。
スラリーノ様は、銀貨一枚をお代として置いて帰られた。
わたくしは、この初めてのお客様のことを手紙に書いて、リナルド様に送った。
リナルド様からは、一月半ほどしてからご返信が届いたわ。
スラリーノ様のお父様であるスランツォ様と、勇者様が戦闘になったそうなの。
勇者とモンスターですもの、殺し合いになったのかしら……?
わたくしは震えながら続きを読んだわ。
スランツォ様がスライムの王だと名乗られたところで、リナルド様がスラリーノ様のお父様なのかと質問されたのですって。
わたくしはリナルド様へのお手紙に、このお店の案内カードを何枚か同封しておいたの。
リナルド様は、そのカードをスランツォ様にお渡しして、お店の宣伝をしてくれたのですって!
そのうちスランツォ様にも、ご来店いただけるそうよ!
わたくしはリナルド様のお気遣いがうれしくて、手紙を抱きしめた。
『ニコレッタ嬢、私も君のお店に行って、君の手料理を食べてみたいよ』
手紙の最後には、そんな願いが書かれていた。
リナルド様、お戻りになったら、いくらでも料理くらいお作りしますわ……。
ですから、どうかご無事でお戻りください……。
それが、わたくしの一番の望みなのですから……。
◇
リナルド様は、なかなか戻ってこない。
魔王城への道のりは、とても長く険しいのですもの……。
あれから、わたくしのお店には、たくさんのモンスターが来店してくれた。
今では護衛騎士たちも慣れたもので、店の扉を開けて「ご店主、お客様ですよ!」なんて声をかけてくれるようになった。
常連さんも大勢できたのよ。
今日は、常連さんである蜂系モンスターの女王のビーチェ様が来てくれた。
「季節の美容ジュースをお願い」
黄色い髪に黒いドレスを着た、槍使いのゴージャスなお姉様よ。
蜂系モンスターでも、女王様ともなると人型なの。
「はい、ただいま」
わたくしは厨房に戻ると、お店の庭で採れた真っ赤な完熟トマトを手に取った。
トマトのヘタを取り除き、角切りにして鍋に入れる。
今では包丁の扱いだって慣れたもの。
食材はね、なるべく同じ大きさに切ると、火の通りが均一になって良いのよ。
鍋をかまどの火にかけて、しばらく煮込むと、トマトがやわらかくなってくる。
そうしたら、木のヘラでトマトを軽く潰してあげるの。
トマトがすっかりやわらかくなったら、火から下ろして、布を使って漉す。
ほぼ完成したジュースは、レモンの汁と少しの塩で味を調える。
ワイングラスにジュースを注ぎ、厨房の窓辺で育てているミントの葉っぱを一枚浮かべたら……。
『季節の恵みの台所』特製の美容ジュースの完成よ。
「お待たせいたしました」
ビーチェ様にトマトジュースをお出しする。
「やっぱり美味だわ。他のトマトジュースは飲めないのだけれど」
ビーチェ様は妖艶な笑みを浮かべた。色気がすごいわ。
「女王陛下にお褒めいただき光栄です」
わたくしはその場で軽く足を曲げて、カーテシーをした。
「リナルドから手紙は来た? あいつ、あたしの魅了が効かないくらい、ニコレッタにメロメロだったわよ」
「まあ、リナルド様にお会いになったのですね!」
きっと近いうちに、お手紙でその時の様子を教えていただけるわ。
「勇者たちが魅了でメロメロになって、わたくしに侍っている間も、リナルドったら『ニコレッタ嬢からの手紙で知ったのですが、お店の常連の方ですよね! お肌ツヤツヤでお美しい! そんなあなたには、美容ジュースがおすすめです!』とか営業トークをしてきたのよ。なにがお肌よ、わたくしに興味ないくせに。やる気を削がれて、勇者パーティーの魅了を解いて、リナルドに『虫の秘宝』をあげちゃったわ」
「まあ、リナルド様ったら」
わたくしは銀のトレーを抱きしめて笑ってしまった。
リナルド様からのお手紙によると、軍団長級モンスターが守っている『秘宝』を集めると、空を飛んで魔王城に行けるようになるらしいの。『気球』なる巨大な風船のついた乗り物を呼び出せるのですって。この世界には、不思議なものがたくさんあるのね。
「わたくしの方がニコレッタの料理には詳しいのにね」
ビーチェ様も楽しそうに笑っていた。
「そうですわね」
わたくしは、まだリナルド様に料理をご馳走できていなかった。
人間と敵対しているモンスターの方々には、たくさん料理をふるまっているのに……。
――わたくし、これでいいのかしら……?
何度も胸の内で、自分に問いかけた。
そして、いつも同じ答えに達するの。
リナルド様のお手紙を読む限り、このお店に来たモンスターたちは、勇者様たちとは戦っていない。
むしろ協力的になって……。道を通してくれたり、隠し通路を教えてくれたり、ビーチェ様のように『秘宝』を譲ってくれている。
だから……、きっと大丈夫よ。
「わたくしは、これでも魔王軍虫系モンスター軍団長よ。勇者パーティーのことだけど……、わたくしのところまで来たでしょう。『虫の秘宝』まで集め終えたなら、そろそろ魔王様のところに着くのではないかしら……?」
「まあ……。魔王様というのは、どのようなお方なのですか……?」
わたくしがビーチェ様に問いかけた時だった。
「お客様、一名様、お越しになりました!」
護衛騎士が扉を開けて、常連のマクシリミアーノ様を通してくれた。
いつも黒いマントを羽織って、魔法使いのような黒い衣を着ているの。
黒髪の人型モンスターだけれど、お肌は紫色で、一目で人間ではないとわかるわ。
一人称は余という、聞いたこともないもの。
お客様にこんなことを思っては失礼なのだけれど、モンスターの中でも、だいぶ変わった方なのよね……。
「余が来てやったぞ! 夏野菜のカレーは完成したか?」
「できていますよ」
わたくしは厨房に戻り、マクシリミアーノ様の分のお水とカトラリーとランチョンマットを持ってきた。
「先にベビーリーフのサラダをお出ししますね」
ベビーリーフは、この店の庭で摘んできたものよ。
瑞々しい摘みたての葉っぱに、オリーブオイルと酢と塩コショウで作ったドレッシングをかける。
こういうシンプルなサラダが、暑い時期にはさっぱりしていて美味だったりするのよね。
「やはり、この店の料理は鮮度が違うな」
「そうですわよねえ」
マクシリミアーノ様とビーチェ様が、サラダを褒めてくださった。
「ありがとうございます」
わたくしはお礼を言うと、カレーを用意するために厨房に戻る。
真っ白なお皿の半分にご飯を盛り、もう半分にナスとズッキーニとパプリカのカレーを盛る。お肉はチキンにしたわ。
その上に、丸ごと一本、揚げ焼きにしたオクラを載せたら完成よ。
わたくしはお二人にカレーをお出しすると、食後のハーブティーの用意を始めた。
窓辺で育っているミントの葉を摘んでティーポットに入れ、お湯を注ぐ。
しばらく蒸らしてから、氷を入れたグラスに注ぐと、アイスミントティーになる。
わたくしのお店では、ここに近所の養蜂場で買ってきたハチミツを足すの。
少し甘みがあった方が、飲みやすい気がするのよ。
「ごちそうさま」
「やはり美味であった」
ビーチェ様とマクシリミアーノ様の声がした。
わたくしはアイスミントティーをトレーに載せて、お二人のところに戻った。
「冬場の葡萄ジュースに香辛料を入れた――ホットワイン風ジュースだったか? あれも美味だったが、夏場はやはりこのミントティーだな」
「爽やかですわよね」
お二人が、わたくしに笑いかけてくれる。
「いつもありがとうございます」
わたくしはお二人に笑い返した。
人間は、どうしてこんな方々と敵対しているのかしら……?
モンスターだって悪い方ばかりではないのに……。
魔王というモンスターの王様も、話してみたら、案外良い方かもしれない……。
ああ、だけど……。
魔王は世界を滅ぼす、恐ろしい方……。
古来より勇者様は、そんな魔王を討伐する定め。
わたくしは下位貴族の娘で、勇者様の荷物持ちの婚約者。
そんなちっぽけな存在には、世界の理なんて、どうにもできないわ……。
「ニコレッタ嬢、王都より使者が参りました!」
護衛騎士が扉を開けて、お客様ではない方を店内にお通しした。
「まあ、王都より?」
「違います。私は王家の使者です」
「王家……!?」
わたくしは中年の太った使者様の前で、急いでひざまずいた。
使者様は、アイスミントティーを飲んでいる二人をちらりと見てから、わたくしに視線を戻した。
「王命を伝える。勇者様の荷物持ち、騎士リナルド・ガラシアの婚約者、アルカーノ子爵家のニコレッタに命じる。魔王は騎士リナルドにより下された。勇者が帰還した後、凱旋式をする。その際には、ニコレッタも王都に戻るように」
「謹んで拝命いたします」
わたくしは王命の書かれた羊皮紙を受け取った。
リナルド様が魔王を下した……。
この報せには、王都でリナルド様を荷物持ちとバカにしていた方々も、冷静ではいられないでしょうね。
あの方々が震えている姿が、目に浮かぶようだわ。
使者様は、すぐに店から出ていった。
わたくしは立ち上がり、ビーチェ様とマクシリミアーノ様を見た。
「あの……、前から思っていたのですが……。魔王様というのは……」
これを訊ねてしまっていいのかしら?
もう魔王はリナルド様に下されたのだから、大丈夫よね……?
「ああ、余である」
マクシリミアーノ様が、アイスミントティーを片手に教えてくれた。
「やっぱり……」
余という一人称からして、怪しいと思っていたのよね……。
怪しいどころか、絶対そうだろうなと思った時さえあったわ……。
魔王軍虫系モンスター軍団長で、女王様でもあるビーチェ様が、マクシリミアーノ様には敬語だったし……。
スライムの王であるスランツォ様が、上司として連れてきた方だったしね……。
「余は勇者とお互いに名乗りあった後、リナルド殿に『貴殿の婚約者には世話になっておる。余は定期的に復活しておるが、人間の食生活というのは、ずいぶんと進歩したのだな』と声をかけた」
「まあ……、リナルド様に……」
わたくしは正直、困惑した。
「すると、あの男は『私はまだニコレッタ嬢の料理を食べたことがないのですよ! 魔王様は、どのメニューがお気に入りなのですか?』と食いついてきおった」
「食いついて……」
「余は語った。スランツォに連れられてこの店に来て、初めて食べたゴロゴロ野菜のホワイトシチュー……。ビーチェと食べた、たっぷりキノコの寄せ鍋……」
マクシリミアーノ様が遠い目をされた。きっと、わたくしのお料理を思い出してくださっているのね。
「リナルド殿は愛い奴よ。かなり悔しがって、『早く帰ってニコレッタ嬢の料理が食べたい!』などと騒ぎ始めた。無邪気で素直で、幼子のような男よな」
「リナルド様が……? 幼子……?」
わたくしの知っているリナルド様は、いつだって騎士様らしくあろうとしている立派な方だった。
どうして魔王様が、わたくしの知らないリナルド様を知っているの?
ちょっと納得いかないわ。
「どうした、ご店主? なにが不満なのだ? 勇者パーティーなど一捻りにできたが、生きて返してやっただろう?」
「リナルド様が殺されていたら、このお店は、モンスターの入店禁止にするところでしたわ」
わたくしは腰に手を当てて、胸を張った。
少しでもリナルド様を傷つけていたら、たとえ魔王様だって、この店には二度と入れないわ!
「ご店主ならば、きっとそうすると思ったゆえ、傷一つ付けることなく返したのだぞ」
「それなら良いですわ」
マクシリミアーノ様が楽しげに笑った。
やっぱりそうよね、マクシリミアーノ様も、他の常連の方たちも、人間を傷つけたりなんてしないわ。そんな方たちではないもの。
「リナルド殿にもいろいろあるようでな。余がここまで連れて来てやろうとしたのに、勇者らと帰還すると言い張ったのだ。なんでも『帰還するまでが勇者の旅路』とかなんとか……。あんなにご店主に会いたがっておったのに。あの男も堅物よな」
「真面目でしっかりした方なのです」
わたくしは魔王様にリナルド様の自慢をした。
「あらま、お熱いことで」
ビーチェ様がからかってきた。
「そんな時には、スイカのシャーベットはいかがでしょう?」
わたくしはツンと澄まして、お二人にデザートを勧めた。
ああ、だけど、頬が緩むのを止められないわ!
愛するリナルド様が、やっとお戻りになるのですもの!
わたくしとリナルド様が王都で再会するのは、それから半年後。
二人でここに戻ってきたのは、さらに三か月後。
――季節は春。
わたくしが初めてリナルド様にお出しした料理は、ポテトグラタンよ。
熱々のホワイトソースが、新玉ねぎと新じゃがを包み込んでいるの。
「新婚生活の始まりをイメージしましたのよ」
わたくしがそう言うと、リナルド様は照れたように笑ってくれた。
「……やっと食べられた」
リナルド様は一口食べると、黙って片手で顔を覆ってしまった。
モンスターの皆様から聞いたお話では、元気印の騒がしい方のようなご様子で……。
あんなに、わたくしの手料理を楽しみにしていたのに……。
わたくしは銀のトレーを近くのテーブルに置く。
リナルド様が来店してくれた……。
長い長い旅の果てに、やっと……。
「おかえりなさいませ」
わたくしは、静かに泣き続けるリナルド様を抱きしめたのだった。




