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人差し指でつむじをトントンと触っているのは、何かを企んでいる時の兄上の癖。
何がしたいのかは、だいたい想像出来る。
「リベルタ公爵領に突撃してはいけませんよ、兄上」
「何故分かる?!」
「妹ですから」
兄上の手元にあるのはスピネル王室に関連する話題を取り扱う新聞で、机に山積みにされた見合いの釣書に困った顔をして微笑むリベルタ公爵令嬢の写真が写っていた。
公衆の面前で婚約破棄された事を皮切りにスピネルとオニキスの間に戦争が勃発し、―――僅か9日で終結したとは言え戦後処理も終わらないうちから次の婚約者を決めなければならないのは王族や貴族に生まれた女の務めだけれども、暫くはひとりでゆっくりしたいだろう。
「リベルタ公爵令嬢の傍らにいる従僕、ヴィクトルだろう?」
「何を仰るのです兄上。ヴィクトル兄上はずぅっと前に不幸な事故で落命されたではありませんか」
「でも、遺体は見付かっていない」
考える前に取り敢えず行動してしまう自分と違って、魔術の心得を会得していたヴィクトルが落馬事故で谷底に落ちたくらいで死ぬとは考え難い、と兄上は言った。
捕らえらた賊を伴った現場検証の結果、ヴィクトル兄上が落下中に魔術を使った痕跡が見付かっている。
魔術の行使により、落下の衝撃を和らげたのだろう。
ヴィクトル兄上の愛馬ドリュッセンは「還らずの谷」と呼ばれるその谷底で暮らす一角馬に救われたのか傷1つ無く元気に嘶いていた。
この谷底には、珍しい薬草も豊富にある。
谷底に降りて薬草を採取して生計を立てている者たちもいる、と耳にした事がある。
『頼みたい事があるのだけれど』
むかし、リベルタ夫人に誘われてお忍びでリベルタ公爵領に足を運んだ事がある。
そこでは、「パスカル」と名乗ってリベルタ公爵令嬢の従僕として振る舞うヴィクトル兄上がいた。
賊の背後にいたリチャード兄上過激派の貴族の事を考慮すると、ヴィクトル兄上が生きている事を知られるのは非常に由々しき事態となる。
リベルタ夫人は「決して口外しない、ディアムンドの人間に真相が漏れない様情報操作もしておきましょう」と約束して下さった。
だから、わたしがやるべき事は。
「兄上、世の中には3人は、似た顔立ちの人間がいると聞きますわ」
ヴィクトル兄上の平穏の為、リチャード兄上が暴走しない様に目を光らせる事だ。




