王様とさくらんぼ
王様が自分のお部屋に入ると、さくらんぼの鉢がありました。
極東から取り寄せた白磁の深い器に、こんもりとたくさんのさくらんぼが入っています。まんまるなさくらんぼは、どれもつやつやと真っ赤に輝いていました。
王様は、思わずごくりとつばをのみました。
そして、へたをつまみ、さくらんぼを一つ、ぽんと口の中に放りこみました。
「うーむ、美味しい!」
さくらんぼがあまりにも甘く、さわやかで、汁気たっぷりだったので、王様は舌鼓を打ちながら次々とさくらんぼを食べました。そしてはっと気がつくと、器に入っているのは種ばかり。
ばたばたとにぎやかな足音がして、末のお姫様がお部屋に駆け込んできました。そして、空っぽの器を見ると大声で泣き出しました。
「わあああーん、お父様が、さくらんぼをみんな食べちゃった!」
王様はうろたえました。このさくらんぼは、お姫様のおやつだったのでしょうか?
お姫様を追いかけてきた召使いが、器を見て真っ青になり、王様に謝りました。
「申し訳ございません、お姫様のおやつを、間違えて王様のお部屋に運んでしまいました」
泣きじゃくるお姫様のそばで、召使いもわんわんと泣きだしました。とんでもない失敗をして、首をはねられたらどうしようと怖くてたまらなくなったのです。そんなかわいそうな二人を見ていると、なんだか王様も泣きたくなってしまいました。
王様はお部屋を出て、宝物倉に走りました。そして、ありったけのルビーをかき集め、さくらんぼが入っていたのと同じ白磁の鉢に盛り上げます。
お部屋に戻り、王様はお姫様に言いました。
「姫や、泣き止んでおくれ。さくらんぼは食べてしまったが、これでどうかな」
お姫様は、鉢いっぱいのルビーを見て、また泣きました。ルビーがいかにきらきらと美しく、あざやかに輝いていようと、お姫様が今ほしいのはさくらんぼだけだったのです。
「さくらんぼ、さくらんぼが食べたいよう」
王様は、しょんぼりと肩を落とし、ルビーの鉢を持ってお部屋を出ていきました。
それから、お城を出て、さくらんぼの果樹園に向かいました。さくらんぼを分けてもらおうと思ったのです。
けれど、果樹園のさくらんぼは、もうみんな収穫してしまった後でした。籠いっぱい、たくさんの袋にいっぱいのさくらんぼは、これから国中の人々に届けられるのです。
まだ果樹園に残っているさくらんぼもあるにはありましたが、それは果樹園で働いている人たちの分でした。彼らも、このおいしいくだものを食べることを、一年の間それはそれは楽しみにしていたのです。
「お姫様に、分けてあげたいところですが……」
親切な果樹園の人々は、やってきた王様にそう言いかけました。けれど王様は、首を振りました。
「いいのだ。皆が食べる分を奪うわけにはいかない」
王様がとぼとぼとお城に帰りかけた時、誰かが王様の肩をとんとんと叩きました。
振り向くと、よく日焼けした、すり傷だらけの少年がにこにこ笑っています。
「王様、まださくらんぼは残っていますよ」
「なに? 本当かね」
少年は、頭上高く指さしました。
「さくらの木の、一番高いところです。だれもそこまで登ることができないから、まだたくさんさくらんぼがあります。後で僕が挑戦しようと思ってたけど、王様にゆずってあげる」
「ありがとう!」
王様は、少年の手を握りました。そして、立派な上着をさっとぬいで、袖をまくり、木に飛びかかりました。
どしん! 王様は、木から落ちて(というか、はね返されて)尻もちをつきました。少年が笑います。
「王様、木登りには、こつがあるのですよ。ほら、目の前の太い枝をぎゅっとつかんで、下の方の枝に足をかけてください。それから、腕でぐっと体を持ち上げるんです」
少年に教えてもらいながら、王様は木を登りました。子どもたちが寄ってきて、周りの木で実演してくれます。それを見て、王様も足と手を踏ん張りました。
何度も、王様は地面に落ちてしまいました。かなり高いところまで来て、枝が不吉な音をたてたこともありました。それでも王様は、一歩ずつ高い枝に移っていき、とうとうさくらんぼがたわわに実る枝にたどり着きました。
見守る子どもたちが、わっと歓声を上げます。王様がさくらんぼを一つ一つとって投げると、彼らは籠で受け止めてくれました。
だいたい取り終えると、王様はそろりそろりと慎重に降りてきました。
「地面に降りるまで、油断しないでね。あと少しって時が一番危ないんだから」
あの少年が、そう忠告しました。王様は、緩みかけていた気持ちをぐっと引き締め、地面に足を下ろします。
ようやく降り立った時、王様は安心のあまり地面にへたり込みました。少年たちが集まってきて、籠いっぱいのさくらんぼを見せてくれました。
王様は、少年たちに言いました。
「もらうのは、鉢いっぱいで十分だ。あとは、皆で分けておくれ」
そして、今日のお礼に、持っていたルビーを一つずつ、少年たちに贈りました。
お城にもどってきた王様は、まだべそをかいていたお姫様を見つけ、さくらんぼがこんもりと入った鉢を差し出しました。
「姫や、さくらんぼだよ」
本物のさくらんぼを見たお姫様の顔は、みるみるうちに明るく輝きます。
「わーい、ありがとう、お父様!」
王様はほっとして、姫にキスをしました。そして、おどおどしている召使いにも笑いかけ、さくらんぼを一つこっそりあげました。
お姫様は、さくらんぼを早速食べようとしましたが、ふと一粒のさくらんぼをつまみ、王様に差し出します。
「お父様、あげる」
王様はうれしくなりましたが、やさしく首を振りました。
「余はもうたくさん食べたから、これは姫がお食べ」
そして、真っ赤でつやつやしたさくらんぼを、お姫様の口に入れてあげました。




