胞状奇胎(ほうじょうきたい) その2~真相~
アレは・・・・・もしかして『胞状奇胎』じゃないのか?
鞠子が妊娠した子は胞状奇胎だったんじゃないのか?
妊娠と同じ症状が出るが正常な胎児にはならず、子宮内で異常な受精卵が増殖し、透明な丸いゼリー状のツブツブがブドウのように集まった塊になるらしい。
『ぶどう子』とも呼ばれる。
ヒトでもカエルでも、命の始まりである『胚』は似たようなものなのか。
あれはカエルの卵ではなく、もっと大きい何か得体の知れない池の主のような生き物が、あそこへ産み落とした正常ならぬ我が子か?
もし鞠子の子が胞状奇胎なら、殺人じゃない。
掻きだすのは人じゃない!ただの、増殖した異常な細胞だ!
私は人殺しに加担していない。
我が子を殺してなどいない。
スマホには彼女からの音声メッセージが残っていた。
『・・・・もう50万円必要です。振り込んで下さい。』
バカなっ!
私は共通の友人・河口に電話をかけ確かめることにした。
「鞠子が妊娠したって?ハハハッ!
お前、完全に騙されてるよ!
あいつは妊娠なんてしてないし、堕胎手術の費用なんて必要ないんだから!!
さっき電話がかかってきたって?
そんなはずはないっ!
オレを騙そうったって、そうはいかないぞ!」
ホッとした。
彼女は私の子を妊娠してなかった。
私は殺してなかった。
あの幽霊女は、罪悪感が見せた幻だ。
あの汚らしいブヨブヨは・・・・どこかで見たことがある・・・・思い出した。
『オオマリコケムシ』という小さい個虫の群体だ。
(『外肛動物オオマリコケムシ科に属するコケムシの一種。群体中の個虫は体腔を共有するとともに、細胞外に寒天質を分泌して、これに埋没する。個虫が寒天質を分泌しながら水草や岩に付着して増殖する。』出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
何のことは無い、全ては自然科学的に説明がつく。
超常現象など存在しない。
翌朝、帰る前に、もう一度だけ池を見てみたいという誘惑にかられた。
全ては子供を殺したという罪悪感から、暑さで誤作動を起こした脳が作り出した幻覚だと確認するために。
同じ場所から、あの幽霊女のいた場所を眺める。
ほら!やっぱり今日は誰もいない。
陳腐な幽霊女の姿は、今日は一切見えない。
その場所に近づく。
池の中を覗き込む。
茶色くヘドロを集めたような、汚く濁ったブヨブヨの『オオマリコケムシ』を見るために。
緑色の池の表面には、白い輪郭が浮かび、その周囲に、藻のような、黒い、長い、髪が漂う。
胸と腹の部分の白いワンピースが、そこに空気を含んだように膨らみ、表面に浮かんでいる。
池から立ち上る熱気に混じって、ムッとヘドロの悪臭が漂う。
浮かぶ白い顔は、今度こそ見分けることができた。
まぎれもなく鞠子だった。
警察への通報やら事情聴取やら、鞠子の実家への連絡やら、通夜、葬儀、などの雑事が、一週間後には全て終わり、人づてに聞いた話から明らかになった事実は思いもよらないものだった。
友人の話では、死体発見の二か月ほど前、河口は鞠子に妊娠を告げられ、結婚を迫られていた。
河口には全くその気がなく、遊びで付き合ったと言い放ち、あっけなく鞠子を捨てた。
河口に捨てられた鞠子は腹立ちまぎれに一度だけ私と関係を持った。
私に堕胎費用を請求し、その金で堕胎し、余った金で遊んで全てを忘れるつもりだったようだ(妊娠初期は10万で済むらしい)。
鞠子の死因は溺死で肺には池の水が入っていたこと、死後数日は経過していたらしいことから、私が最初に女の幽霊を見たときには既に鞠子は池の中に沈んでいた。
つまり、私が帰省する少なくとも前日までには、私たち三人の故郷を訪れ、鞠子はあの池に身を投げ自殺したと考えられる。
金を使い果たすと、突如、絶望に襲われたんだろうか?
いや、違う、変だ。
私が口座に40万円を振り込んだのは、彼女が自殺した後だ。
彼女は金を引き出す前に自殺した。
それなら、あの『もう50万円必要』とのメッセージは、一体誰が残したのか?
それに、河口の
「さっき電話がかかってきたって?
そんなはずはないっ!
オレを騙そうったって、そうはいかないぞ!」
という言葉がなぜかずっと心に引っかかっている。
『夏のホラー2025』のテーマ「水」からすぐに思いついた「水子」!と決めて、ちょっと捻ろう!と思いました。
最初は堕胎するために、昔から使われた池?に幽霊が現れる?かと思ったんですが、何かそれ以上のアイデアが広がらず、というわけでこのストーリーに落ち着きました。