第8話:「霧島志乃、未来から来たってよ」
春の空はいつも通り青かった。
つまり、未来人が登場するには不似合いな日だった。
昼休み。
教室で弁当を食べていた俺の机に、そっと白い手が伸びてきた。
「ねぇ、空也くん。ちょっと屋上行こっか」
……お前、誰にも言わず屋上の鍵持ってんのかよ。
ツッコミもそこそこに、俺はまた連れ出された。
屋上のフェンス越しに霧島しのが空を見ている。
ジャージは脱いでいた。今日は制服。珍しい。なんか、いやな予感しかしない。
「……未来から来たの」
「は?」
「私、未来から来たの。
西暦2061年、東京23区が“生活音による社会分断”で崩壊する前の世界から」
もう意味がわからない。
その設定、どこから持ってきた。
「私の世界では、音が価値だった。
静かな人間は信用されず、生活音が一定の規定値を下回ると“感情抹消処置”を受けるの」
どこのディストピアだよ。
ていうか“感情抹消処置”って、語感が重すぎるんだが。
「私は“音紡ぎ官”だった。
でも、音の中にいた“あなたの生活音”に触れてしまった。
それは規格外で、未分類で……とても、美しかった」
この女、息をするようにSF設定を投げてくる。
「それで私は時間を越えて来たの。
この時代の“音”を、君を……記録するために」
風が吹いた。
しのの髪が揺れる。
いや、演出がキマりすぎて怖いんだけど?
「……でも」
彼女はふっと目を細める。
「そんなわけあるか〜い!」
え?
「って言ったら、信じる?ねぇ、空也くん」
やっぱり信じられねぇよ!!!
「いやほんとにちょっとは信じてたでしょ!?ねぇ!?
音紡ぎ官とかカッコよかったでしょ!?設定詰めたのに〜〜!!」
崩壊した。
未来から来たとか言いながら、バリバリ現代のオタクテンションで崩壊した。
「うそうそ、ほんとはただ屋上で一緒にお弁当食べたかっただけ♡」
「お前のアプローチ、毎回命の危機なんだけど……」
彼女は手から何かを取り出した。
便箋。今日のそれは、銀色の封筒に入っていた。
《今日の“屋上風音”、脳波にとても心地よかったです。
またここで、君の音が聴きたいな。
From 2061》
俺は深くため息をついた。
でも、その音さえ、志乃に録られてるんじゃないかと、
どこかで思ってしまう自分が、もう嫌だった。
佐々木空也(16歳)、記録、されがち。