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『霧島志乃は音で愛を語る』  作者: 斎賀久遠
第一章:霧島志乃の日常
8/22

第7話:「静かなる頂(いただき)で、君の寝息を」

春の遠足。

クラス全員が浮き足立つ年に一度の小イベント。


……なのに、どうして俺は登山道を黙々と登っているんだ?


「空也くん、どう? 登山コース、いい選択だったでしょ?」


そう言ってくるのは、我がクラス副委員長にして静寂の魔女、霧島志乃。

いや、俺は“市内の美術館見学”って意見を出したはずなんだけど?


でもその意見は議事録にも書かれず、無事にガチ6時間登山コースが決定した。

どうして?


それは、霧島志乃が副委員長だからだ。

.......…おれは委員長なのだが。


「というわけで、バス内は特別に“音、許可します”。」


出発前、志乃が不意に言い出した。

許可……って、何? 空気?


行きのバスは盛り上がった。

カラオケマイクが回され、イントロと笑い声が混ざる。

普段は音を監視している志乃が、今日だけ「音OK」だなんて。

みんな不思議がってたけど、志乃の計画の中ではそれすら前菜だった。


目的は──バス帰りの“静寂空間”を手に入れること。


そして迎えた下山後。


疲労困憊のクラスメイトたちは、帰りのバスで即・就寝。

薄暗い車内、微かなエンジン音、眠りに沈む生徒たち。


……でも、問題がひとつだけあった。


「グォ……ぐるるる……っ」


イビキ。


しかも複数。


志乃の眉が、ピクリと動いた。


空也の寝息が、かき消されていく。

それは彼女にとって、世界のノイズに愛する旋律が飲まれていくようなものだった。


志乃は、無言で立ち上がる。


片手に自作の“静寂ティッシュ”を持って。


「すみません、ちょっと……起きてくださいね」


眠る生徒の肩を、静かに揺らす。


ひとり、またひとり。

次々に、“音の発信源”が消されていく。


しかし最後の障害が、明美だった。


クラスのムードメーカー、ちょっと大きめの声の女子。

そして、全力イビキ型の睡眠魔獣。


志乃は明美の隣に、音もなく腰を下ろした。

明美のイビキは、一定のリズムを刻んでいた。ドゥ…ゴゴゴ…ピーヒャラ…という複雑な変拍子。

志乃はしばらく、その“音楽”に眉をしかめた後、自作の静寂ティッシュを取り出す。

しかし、それを鼻にそっと当てようとした瞬間――

明美:「グバァァァ!!」

イビキがフェーズ2に進化した。

挿絵(By みてみん)

志乃は一度、目を閉じた。呼吸を整えた。瞑想でもしているかのように。

そして次の瞬間、明美の耳元で、ありえないほど滑らかな囁きが響いた。


「静かにできないなら……起きててくださいね?」

その声は、ノイズキャンセリングの最終兵器のようだった。


明美はガバッと起き、志乃と目が合う。

志乃は笑っていた。声もなく、完璧な口角のカーブだけで。


明美「ご、ごめん……私、寝てた……?」

志乃「はい。でも、もう大丈夫です」

明美「……何が?」

志乃「もう、“あなたの音”は聞こえませんから」


明美はそれ以降、寝るのが怖くなった。


明美は以後、一睡もできなかった。

空也の寝息は、再び澄んだ空気の中で聞こえ始める。


志乃は満足げに、席に戻った。


バス車内は、静かだった。


でもそれは、安らぎの静寂ではない。


イビキを咎められた者たちはうつろな目で車窓を眺め、

担任教師は「俺、なんで登山許可したんだろ……」と一人で後悔していた。


だけど。


志乃だけは、静寂の中で満ち足りたように目を閉じていた。


静かに、空也の寝息だけを聴きながら――。



遠足アンケートより:

「もう二度とこんな遠足はゴメンです」

「一瞬たりとも鼻がすすれなかった」

「ティッシュを断ったら、目を見開かれた」


志乃のアンケート回答:

「音の管理は、ほぼ理想通りに進行。次回は登山時間を7時間に伸ばしたい。」


静寂の支配者は、今日も着々と、クラスの“音”を掌握していく。

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