第5話:「静寂のクラス委員会」
「それじゃあ、今日のHRも終わりに──」
その瞬間、教室中に響く甲高い声。
「はいはーい! 連絡事項はまだありますから! みんな静かにしてくださいね! 静かにっ!」
(……静かにしたいのはこっちなんだけど)
俺――佐々木空也は、耳を塞ぎたくなるのをぐっと堪えた。
横を見ると、霧島志乃が眉間にしわを寄せていた。
それでも白い肌にふわりとかかる黒髪が、今日もまぶしい。
彼女の視線は、騒がしいクラス委員のほうに鋭く突き刺さっている。
「ねえ、空也くん」
いつの間にか隣にいた志乃が、囁くような声で話しかけてきた。
「委員長、うるさいよね?」
「ああ、まだ新学期も始まったばかりで仮の委員長だし、張り切っちゃってるのかもな」
「空也くんが委員長だったら、絶対静かになると思うんだよね」
「なんで俺……?」
「空也くんの声、すごく落ち着くから」
「ねえ、クラス委員、やってみない?」
「絶対に嫌」
「じゃあ、やるね」
空也の意志は秒で無視された。
数日後、クラス委員を決める日がやってきた。
「前期のクラス委員を決めまーす! 立候補いませんか?」
シーン……。
霧島志乃がスッと手を挙げる。
大人しくしてくれたら間違いなく、学校カーストの頂点に君臨する容姿である。
「推薦します! 佐々木空也くん!」
(おい、やめろ! なんで俺なんだよ……)
ざわめく教室。
「え? あの佐々木?」
「委員長向きじゃなくない?」
担任も一瞬、変な顔をしたが──
「霧島さんが、副委員長やれるなら大丈夫かもね。どう?」
「やります! ね? 空也くん」
志乃が、にっこりと笑った。
天使のように。いや、たぶん“あえて”そう見せている。
無音圧の支配者は、可愛い顔して人の運命をひとつ握りつぶした。
(マジでかわいい……無理……勝てる気がしない)
笑顔の殺傷力が高すぎて、何も言えなかった。
言えたとしても、たぶん「はい……」とか言ってる。
(……俺、今“見た目で物言わされる現代人”ってやつだよな?)
あれよあれよという間に、クラス委員会は“静寂の二人”体制に刷新された。
異議申し立ては受け付けられず、全ては霧島志乃の予定通りに進行していた。
数日後、クラスの空気が変わっていた。
ざわつきのない朝、紙をめくる音、椅子を引く音、微かに聞こえる鳥の声――
まるで教室ごと図書館になったかのような静けさだった。
誰も文句を言わない。むしろ、無言のまま席につき、静かにプリントの準備をする生徒たち。
必要以上の言葉はいらない。今のクラスには、沈黙という名のルールがあった。
志乃はその空気を、まるで澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込むように味わっていた。
完璧だった。世界がやっと音量を下げてくれたようだった。
「……じゃ、連絡事項。配布プリントは後ろに回してください」
新委員長である空也の低めの声が、教室に柔らかく響く。
「(いい……すごくいい……)」
隣で志乃は、うっとりした顔で空也の声に聞き入っている。
(……俺、これから毎朝“音フェチ副委員長”の監視下で過ごすのか?)
静かなHR、落ち着いた教室。
けれど志乃の音フェチだけは、日々強まる一方だった――。