第3話:「音楽室のリミックスヒロイン」
昼休み。
俺は音楽室の前で、ドアノブを握ったまま立ち尽くしていた。
中から、不気味なリズム音が聴こえてくる。
電子音と、何かが擦れるようなノイズ。
そして、かすかに聞き覚えのある――俺の咳の音。
ガラリ。
「ようこそ、空也くん。
ちょうど今、君の“生活音”をミックスしてたところだよ」
俺の脳内で、警報が鳴った。
音楽室の中央にいたのは、
例のごとく学校指定の青ジャージに身を包んだ霧島志乃。
机の上には小型の録音機材と、
謎のパッド式コントローラ、そして……ティッシュ。
それも大量の、明らかに学校備品じゃないティッシュが積まれていた。
「なぁ、しの……これは何のつもりだ」
「生活音サンプラー。**“Otogurashi”**って名前にしたの。
人間の生活の音を収集して、再構成して、音楽にするの」
「音楽ってそういうもんじゃねぇだろ」
彼女は笑った。
その笑顔が、妙にまぶしくて、でも、背筋がゾワつく。
「空也くんの“くしゃみ”、すっごくきれいだったんだよ?
ちゃんとハイレゾで録ったの。
ドアを閉める音との相性もよくて……もう、音楽なんだよね」
「いや、俺の日常、勝手に楽器にすんな」
「じゃあ、今日のお返し。
ちょっとだけ、みんなにも聴いてもらおうね♪」
彼女は軽やかに立ち上がり、
音楽室の隅に設置されていた校内放送の機材へと向かった。
俺:「まさか……おい、やめ――」
ピッ。
次の瞬間。
学校中に、俺の咳が、リズムになって流れ出した。
《ゴホッ、ゴホッ……パタン……ゴホッ……ペンっ……》
まるでドラムパートみたいに
俺の咳や椅子のきしむ音が、電子音と混ざってリズムを刻む。
教室のざわつきが、廊下まで響いてくる。
「な、なんだこの放送……」
「え、誰?これ音楽……?」
「くしゃみリミックス……?」
頭を抱えた俺に、しのが言った。
「ねぇ空也くん。
音ってね、人の存在を証明するものだと思うの。
君の音が、もっと響けば、
世界にちゃんと残ると思わない?」
「思わねぇよ!!ていうか俺、もう帰っていいか!?」
彼女はくすっと笑い、ティッシュを一枚差し出してきた。
「はい。おつかれさま♡」
俺は受け取ったティッシュの裏を見た。
《今日の“咳リズム”、BPM76。
夕方の風と相性バツグンだよ♡
次は、食器を洗う音が欲しいな♪》
佐々木空也(16)、尊厳、音割れ中。