第2話:「ティッシュと朝の女王」
朝。
春の風にカーテンが揺れるような、なんてことない時間だった。
だけど俺は、足を止めた。
校門前が、妙にざわついていた。
騒がしいんじゃない。不自然に“騒ぎを抑えた空気”が漂ってた。
集団ヒソヒソ。視線が一点に集中してる。
視線の先には――
霧島志乃。
ジャージ姿。
学校指定の、くたっとしたダサいジャージ。
それを着て、校門に、立っていた。
笑顔で。
無表情より怖い、爽やかすぎる笑顔で。
彼女は、通学中の生徒たちに向けて、謎の広告付きのティッシュを差し出していた。
「おはようございます、 今日の湿度は72パーセントです」
「ティッシュどうぞ〜、 裏に“音のメモ”つけてます」
は? 音の……メモ?
お前それもう配布物というより怪文書だろ。
俺は自然と歩幅を速めた。
これは関わっちゃいけないやつ。地雷。むしろ空爆。
視線合わせたら最後。
今の霧島志乃は、爆心地そのものだ。
けど、関わらなかった。
関わらなかったのに――
「空也くん!」
俺の名を、彼女は教会の鐘のような声で呼んだ。
その瞬間、周囲の生徒たちが一斉に俺を見た。
俺、霧島、校門、朝、ジャージ、ティッシュ。
終わった。
「今日のティッシュは“サウンドテーマ:春”だよ」
もう意味がわからない。
テーマで渡されても困るし、なにより校門でサウンドテーマつけんな。
拒否しようとしたその時――
ポスッ。
ティッシュが、俺の胸に狙ったかのようにヒットした。
霧島しののコントロール力、無駄に高い。ていうか当てんな。
「じゃ、今日も一緒に教室行こっか」
いや、行こっか、じゃねぇよ!?
俺は声も出せず固まってたが――そこに、最悪の“追加イベント”が発生した。
「おはよう。霧島さん?」
低めの声。
ちょっと鼻にかかった甘さ。
生徒たちの中から一歩前に出たのは――
神城レン。
学校イチのイケメン。
立ってるだけで女子の体温が上がるやつ。
髪も制服もキマりすぎて、もうアニメから出てきたのか?ってレベルの存在感。
「霧島さん、朝から元気だね。俺にもティッシュ、くれる?」
にこやか。声も優しい。完璧すぎて漫画の実写化。
だが、霧島しのは――
完全に無視した。
目も向けない。
声も返さない。
ティッシュも出さない。
無表情のまま、
俺の腕を、そっと取って。
「空也くん、行こ?」
え? は? ちょ、え???
お前、神城無視して俺!?
人類の選択ミスってない!?!?
女子:「ねぇ今の見た!?レンくん、完全スルーだよ!?霧島やば……」
男子:「え?お前なにしたの?なんで霧島さんに引っ張られてんの?」
レン:「……いや、俺、今スルーされた?マジで?」
そんな空気を背中に感じながら、
俺は霧島に連行される形で、靴音を響かせて教室へ向かった。
――昼休み。
机の上に、霧島が置いていったティッシュの裏を見た。
《今朝の“登校音”、とっても落ち着いてた。
ティッシュもらってくれてありがとう。
君の生活音が、私の朝ごはんなんだよ》
…いや、意味がわからん。
なんで俺、音を摂取されてんの?
佐々木空也、16歳。
今、俺の存在は**“生活音系ヒロイン”の主食ポジション**になっていた。