第20話:「モテ期、始まりました(※死亡フラグ)」
夏休み初日。
俺・佐々木空也は、全人類に向けて宣言したいテンションだった。
──俺、もしかして……モテてる??
「やばい、人生で初めて、恋愛シミュレーションの主人公感あるかも」
部屋でゴロゴロしながら、スマホの画面を見てニヤけていた。
【明美:じゃあ、◯日で!私、楽しみにしてるからね】
昨日のメッセージを何回も読み返して、意味もなくうつ伏せになって転がる。
布団がベコベコ鳴るたびに、「リア充かよ」とひとりでツッコんでた。
いやいやいや、俺にしてはすごい事態だぞ?
だって俺、これまでの人生で女子と二人きりで出かけた経験──ゼロだ。
修学旅行とか、遠足とか、団体戦みたいなイベントですら、陰キャポジションで空気だったのに。
最近、志乃とそれなりに会話してて、周囲の視線も気にしなくなってきた。
しかも、そんな中で明美からの“お誘い”である。これはもう……モテ期じゃないか?(当社比)
でも、ちょっとだけ、モヤモヤもあった。
志乃の顔が、ふっと頭をよぎった。
あいつ、普通に美人だし、俺の話も真剣に聞いてくれるし。
最近はちょっと距離近いし。
……でも。
(別に、付き合ってるわけじゃないしな。)
(志乃だって、俺のこと本気で好きとか……そんな感じでもないだろ。)
(いや、あの子は美人だし、もっと相応しい奴が──)
考えたくない方向に思考が向くのを、無理やり打ち切った。
「いやいやいや、これで断ったら男じゃねえだろ。誘ってくれたんだぞ。こんなチャンス二度とないかもしれないのに。」
自分で自分に言い聞かせるみたいに、スマホを握りしめた。
「夏って、マジですごい。フェスとか言ってる場合じゃない。俺の人生が祭り」
うっかり変なテンションでシャドーボクシングとか始めそうになったところで──
スマホが、震えた。
ポン、とLINEの通知。
また明美かなと思って画面を開いたが、そこに表示されていた名前は──
《霧島志乃》
そして、メッセージは一行だけ。
《水筒、昨日より“静か”だったね。》
「……あ、うん?」
いまは意味がわからない。ただの挨拶か、感想か。
でも、なんとなく……背筋がすっと冷えるような、妙な空気があった。
“水筒の音”に、何か含まれているような。
それでも俺は──
「ま、深く考えすぎか!」
と、能天気に布団へ倒れ込んだ。
そう。このときの俺は、まだ何も知らなかった。
この“夏”が、俺の人生で一番、長くて重い季節になることを──
******
──明美との約束、前夜。
俺は珍しく、風呂上がりにパックとかしていた。
いや、正確には妹のやつを勝手に拝借して顔に貼っただけだけど。
……明日、女子と出かけるんだよ? そりゃちょっとくらい気合い入れるってもんだ。
「ニキビとかできませんように……神様、明日だけでいいんで、俺にイケメン補正ください……」
呟きながら、スマホをぽちぽち。
当日の持ち物とか、ルートとか、天気予報とか……どんだけ慎重なんだ俺。
そして、ふと気づく。
部屋の“音”が──やけに、静かだった。
風の音も、外の車の音も聞こえない。
……いや、それだけじゃない。
スマホをいじる指先の音、ベッドのきしみ、冷蔵庫のモーター音。
日常にあふれてるはずの“環境音”が、まるで──
意図的に、消されてる。
「……え?」
思わず耳をすます。聞こえるのは、自分の心音だけ。
ドクン。ドクン。
こんなに静かな部屋だったか?
エアコンは? 窓の外の虫の声は? いや、もっと──何かが……
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──同じ頃。
佐々木家の玄関先。
月明かりに青白く照らされたドアに、志乃はそっと耳を当てていた。
白いワイシャツとネクタイの制服が微かに風に揺れる。
息を殺し、じっと音を拾うように目を伏せる。
表札には『SASAKI』の文字。
ポーチライトに照らされる長い黒髪が鈍く光り、
その顔は焦点を結ばずに、ただ──中の声を必死に探しているようだった。
そして、かすかに笑った。
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そのときだった。
玄関のチャイムが、“鳴らなかった”。
かわりに、ポストに何かが落ちる、乾いた音。
──カタン。
恐る恐る、廊下に出て、俺はポストを開けた。
そこには、薄い封筒が一枚。
差出人は書いてない。宛名も、ない。
でも、封を開けると、そこには一言だけ。
《空也くんへ。明日は暑くなるよ。水筒の中身、冷たいのにしておいてね。》
……霧島、志乃。
手紙の文字は、見覚えがあった。
「……なんで、知ってるの?」
俺が、明日、出かけるってことを。
持ち物のことまで。
そもそも……なんで、ここに届けられる?
ポストの前で固まる俺の耳に、ふいに──
“水滴が床に落ちるような音”が、ぽつん、と届いた。
それが、どこからの音だったのか。
部屋の中か、外か、それとも──頭の中か。
確かめる勇気は、なかった。
俺はただ、手紙を握りしめたまま、ゆっくりと部屋へ戻る。
気のせいだ、って何度も自分に言い聞かせながら。
それでも、頭のどこかでは、もう分かっていた。
──霧島志乃は、“すでにここにいる”。




