表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『霧島志乃は音で愛を語る』  作者: 斎賀久遠
第一章:霧島志乃の日常
2/22

第一話:「ぷぅ~」

春の風が教室のカーテンを揺らす。

静かな朝。新しい年度。少しだけ背伸びしたクラスの空気。


俺――佐々木空也は、その空気の中に、そっと溶け込んでいた。

目立たず、話さず、干渉せず。

そうして十六年、それなりに生きてきた。


なのに。


「霧島志乃さん、転校生です。仲良くしてあげてくださいねー」


ホームルームで紹介されたその少女は、

完璧すぎて怖いくらいだった。


黒髪ストレート。白い肌。細い指。

制服はまるでモデルが着こなしているようで、

目を伏せたその表情からは、謎めいた静けさが滲んでいた。


彼女は空いていた俺の隣の席に座った。

クラス中の視線が、俺に突き刺さった。

「このやろう」「爆発しろ」などの念が、無言で伝わってくる気がした。

俺は机に視線を落としたまま、地味に息をひそめた。


それで終わればよかったんだ。

それが始まりだった。


 


---次の日の朝。

担任が言った。


「じゃあ今日の号令は、佐々木くんと霧島さん、お願いね」


 


嘘だろ。

よりにもよって、昨日できたての“神と平民”コンビで号令?


俺は立ち上がる。

隣で、霧島もしずかに立つ。


「起立、礼、着s──」


ぷぅ~~..…。


完全なる放屁。


一瞬の沈黙。


次の瞬間、爆発が起きた。


教室全体がドッと湧いた。

男子も女子も「出たぞ!」「マジか!」と笑い転げる。

先生も黒板に背を向けて、肩を震わせてる。


俺は笑えなかった。


あまりにも意表を突かれたのと、

何より、その音が発せられたのが霧島志乃だったから。


ちら、と横を見る。


 

霧島しのは、真っ赤だった。


顔面から首元まで真紅に染まって、

うつむいたまま、肩を小さく震わせていた。


それだけなら、まぁ、事故だと済ませられた。

しかし。


彼女は俺に目を向けた。

その瞳は、期待にきらめいていた。

なぜか。


「……笑ってくれるって、思ったのに」


誰にも届かないような声で、ぽつりと。


俺は動けなかった。

いや、何なら息すらできてなかった。


 


放課後。ほとんどの生徒が帰ったあと。


鞄に教科書を入れようとしていた俺の背後に、気配が立った。


「空也くん」


その声に、心臓が一瞬だけドラムロールを打つ。


振り返ると、そこには霧島志乃。


窓からの光で逆光になって、表情が読めない。


「ねぇ……どうして君は、笑わなかったの?」


声は穏やか。


でも、言葉の刃先は鋭かった。


俺は言葉に詰まった。


何か気の利いた答えを出そうと、口の中で考えた。


でも何も出てこなかった。


「みんな笑ってたのに。先生もこらえてたのに。


……私、けっこう頑張ったのにな」


「いや、頑張ったって、なにを……?」


「今日の“ぷぅ”、湿度もタイミングも完璧だった。


練習、したんだよ?」


“練習”って何!?


「それでね……笑ってくれなかった君が、


いちばん印象に残ったの。


だから――気になってるの。どうして?」


 


沈黙。


 


世界が、“音”を待っている。


俺の脳がぐるぐるしてる間に、彼女は一歩近づいた。


制服の袖が俺の手に少し触れる。


「……君のために、もっと音を工夫してみるね」


彼女は、それだけ言って帰っていった。


教室にひとり残された俺は、


自分が今、なにかの“儀式”に巻き込まれたような気がしてならなかった。


【To Be Continued】

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ