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『霧島志乃は音で愛を語る』  作者: 斎賀久遠
第二章:魔女の日常
18/22

第17話:「見ーたーな♡」

午後の授業が終わったあと、俺はなぜか気になって、志乃の机をちらりと見た。

彼女は既に教室を出ていて、周囲に誰もいなかった。


(……あれ?)


机の中に、薄い冊子のようなものが見えた。


『Silent Layer 取扱説明書(※個人制作/非公式)』


表紙には、口に✕マークの絆創膏を貼った謎のキャラ「声なしくん」が、親指を立てて笑っていた。

怖いよ。普通に怖い。


(……なんだこれ)


思わずページをめくってしまう。


*********************


◆はじめに こんにちは、開発者の志乃です。

本アプリは、「世界の雑音を減らしたい」という個人的な理想をベースに開発されました。

つまり、うるさい人の声を消すためです。


◆対応機種

・スマートフォン(※ただし持ち主の倫理感は対応していません)


◆主な機能

・リアルタイム音声除去機能(Ver.βなのでたまに心も削れます)

・音声合成(使用者の“本音”を自動生成!たぶん悪意多め)

・モブ騒音最適化(クラスメイトのざわめきを90%カット)


◆注意事項

・副作用として孤独を感じる場合があります。

・周囲の人間関係が破壊される可能性がありますが、志乃は一切の責任を負いません。

・“心が強い人”以外には推奨しません。あと、レンくんにはちょっと強すぎたかも。


**********************


俺はそっと冊子を閉じた。


(マジで、趣味悪いなこの子……)


でも、ちょっとだけ笑ってしまった。


(「たぶん悪意多め」ってなんだよ……)


そう思って笑いかけた瞬間――


「見ーたーな♡」


背後から不意に声が飛んできた。


「うわっ!!?」


俺は思わず、椅子をひっくり返しそうになった。


振り返ると、そこに志乃が立っていた。

いつもの吸い込まれるような瞳で、口元だけはいたずらっぽく笑っていた。


「それ、非公開資料なんだけどなぁ~? 盗み見って、悪い子だよ?」


「ち、ちちち違う! たまたま、机の中に……入ってて……っ!」


「へぇー。たまたま、見ちゃったんだ?」


「うん、いや、あの……その……ごめんなさい!」


両手を上げて謝った俺を見て、志乃はくすっと笑った。


「ふふ、まあいいけど。空也くんなら、特別に許してあげる」


その声は、いつもよりほんの少しだけ、楽しそうに聞こえた。

 


放課後。


靴箱の前で、俺は改めて彼女を待っていた。


教室で聞くのは怖かった。みんなの前で、彼女の目を見る勇気がなかった。

でも今は……聞かなきゃいけない気がした。


やがて足音が近づく。


「空也くん?」


いつもと同じ声。けれど、今日はそれが妙に遠く感じた。


「……志乃、レンのこと。何かした?」


彼女は少しだけ首をかしげた。


「どうして?」


「……声が、出なくなってて。しかもスマホから、変な声が勝手に流れて……あれ、あのアプリ、志乃が……」


志乃は少しだけ沈黙して、ふっと笑った。


「ううん、私は何もしてないよ。ただ――“設定”はしたかも」


「設定って……何を?」


「レンくん自身が選んだ“言葉”だよ。彼が普段どんな声を出してるか、どんな音を立ててるか、私はちゃんと録音してたから。ね、自然でしょ?」


そして志乃は、まるで独り言のように、ぽつりと続けた。


「……発話時の周波数傾向って、無意識に個人差が出るんだよ。

特に怒りや優越感を感じてるときって、声帯の収縮が変わって、波形も尖ってくるの。

面白いよね、音って」


彼女の目は、どこか遠くを見ていた。まるで、実験の経過を確認する研究者のようだった。


「彼の“声”を元に、彼らしい“音”をつくっただけ。

レンくんの“本音”、みんなにちゃんと伝えてるだけだよ」


俺はその言葉に、どこか引っかかりを覚えた。


普通なら怖いはずだった。異常だと思うべきだった。


けど、志乃の口調はあくまで静かで、優しかった。


「空也くんは、大丈夫だよ。ちゃんと“綺麗な声”だから」


その一言が、胸にすっと入り込んできた。


(……俺の声は、残してくれる)


レンとは違う。


そう思った瞬間、自分でも気づかぬうちに、少しだけ息が楽になっていた。


(……いや、何を安心してんだよ)


頭のどこかではそう突っ込んでいたけど、

心の奥では、志乃に“選ばれている”ことを喜んでいる自分が、確かにいた。

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