第16話:「音のないイケメン」
次の日、教室に入った瞬間、空気がいつもと違うのを感じた。
ざわめきはある。笑い声もある。でも、その中心にいるべき男――神城レンが、静かすぎた。
いや、正確には“隣のクラスの教室”の話だ。
「なあ、聞いたか? 神城レン、今朝からずっと声出してないらしいぜ」
昼休み、クラスメイトが集まってスマホを見せ合っていた。
そこには、廊下で何かを訴えようとしながらも、声が出ずにもがいているレンの映像。
(……マジかよ)
思わず息を呑んだ。
スマホ越しの映像の中、レンは明らかに混乱していた。
自分のスマホを操作しながら、誰かに何かを見せている。
その一瞬、画面に映ったレンのロック画面。
《Silent Layer -β version-》
(……あのアプリ)
脳裏に、昨日の夜の音が蘇る。
「レンくんの声、すごく面白い音になったの」
(やっぱり……志乃だ)
そっと隣の席を見る。志乃は変わらず無表情で、ノートに何かを書きつけていた。
だが――イヤホンのコードが、制服の袖から見えていた。
それはまるで、今も“調整中”のような静けさだった。
(レンの声は、“雑音”だったってことかよ)
午後、廊下ではレンがふらつくように歩いていた。
「神城、お前マジでどうしたんだよ」「声が出ないって……ウソだろ?」
そして、担任の先生も困ったようにレンの肩に手を置いた。
「レンくん、大丈夫? ねえ、何かあったなら話して。心配してるのよ」
だが、レンは何も言わない。ただ、苦しげに口を動かすだけだった。
(……おかしい。完全に“声”が消えてる)
先生が声をかけても、友達がどれだけ話しかけても――レンの声だけが、まるで世界から“除去”されているかのように、届かなかった。
スマホを持つレンの手が震えていた。
画面には、見慣れないUIがちらりと覗く。
《Silent Layer - Live Filter : ON》
(リアルタイム……?)
空也の背筋が凍る。
これは録音された音じゃない。
今、まさにレンが発した“声”そのものを消している……?
その日の午後、レンの周囲に集まっていた生徒たちは、いつの間にか一人、また一人と離れていった。
「……なんか、こっち見て笑ってたんだけど、怖くね?」
「ねぇ今の……“死ね”って言った? いや、違うよね? そんなはず……」
そんな声が、廊下でひそひそと囁かれる。
レンは何も言っていない。
でも、スマホの画面には自動再生される“合成された音声”が流れていた。
《ははっ、うるせぇよ。消えろよ》
《お前の声、耳障りなんだよね》
笑顔のまま、何もしゃべらないレンの手から、その音声が再生されていた。
(……まさか、あのアプリが……)
“声を消す”だけじゃない。
“志乃が代わりに、声を作ってる”――そう思った瞬間、背中に氷を押し当てられたような感覚が走った。