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『霧島志乃は音で愛を語る』  作者: 斎賀久遠
第一章:霧島志乃の日常
13/22

第12話:「中間テスト、隣の席が一番うるさい」

教室には、紙のめくれる音と鉛筆の擦れる音だけが響いていた。


それは、静寂という名の拷問。


中間テスト初日、1時間目・国語。


俺、佐々木空也は、深く息を吸って問題用紙をめくる。


いつも通り──そう、できるだけ“目立たないように”。


……ただ、今日の隣の席だけは、普通じゃなかった。


霧島志乃。


例の、音フェチ転校生。


彼女はじっと問題を見つめている……と思っていた。最初は。


──違う。


彼女の意識は、“音”に全集中していた。


俺の鉛筆が紙に走る音。


ページをめくるリズム。


ため息の湿度。


……すべてを“情報”としてインプットしていた。


(こいつ……また何かやってる……)


ふと気づくと、志乃のペンが俺と完全にシンクロしていた。


書く速度、止まるタイミング、ページをめくるリズム──


“解いている”というより、“演奏している”みたいだった。


……そんな時だった。


教室に「キィィ……」とチョークの甲高い音が響いた。


教師が、黒板に訂正を書き足しているようだった。


が──


「先生」


志乃が、手を挙げた。


「……何だ、霧島?」


「そのチョーク音、非常にノイズが強く、空也くんの集中が乱されました」


「え?」


先生の手が止まる。


教室中の時が止まる。


だが志乃は真顔のまま続ける。


「ピーク7.2kHz。筆記音の帯域と干渉して、思考がブレます」


「……なんの話だ?」


「空也くんの鉛筆音、さっきから乱れてます。筆圧が不安定で、解答リズムが崩れました。これは環境要因です」


先生はしばらく固まって──困ったように言った。


「……あの、それは……その……ごめん?」


(謝るのかよ!)


でも志乃の狂気は止まらない。


「さらに先生の歩行音。靴の着地音が不規則で、無意識に威圧を生んでいます。あれでは“空也くんの音場”が崩壊します」


「……は?」


先生の口から出たのは、それだけだった。


まともな反応が思いつかないらしい。


(そりゃそうだろ……)


それでも志乃は、俺を見て真剣に言った。


「空也くんは……もっと澄んだ環境で、音を奏でるべきです」


「やめろ、俺を高級オーディオみたいに言うな!」


先生はようやく振り絞るように言った。


「……霧島。試験中なんだけどな」


「はい、でも“試験中だからこそ”音は慎重に扱うべきです」


「……もう黙っててくれ」


ようやく再び訪れた沈黙の中、俺は頭を抱えた。


(テストなのに、メンタルのテストのほうが難易度高いんだが……)


休み時間。


俺は意を決して志乃に聞いた。


「なあ、お前……ちゃんと自分で解いてるよな?」


すると志乃は、ペンを耳に当てながら、にこりと笑った。


「うん。


でも空也くんの“解くときの鉛筆音”って、すごく正直で。


迷ったときは筆圧が下がるし、思いついたときはスッて跳ねるの。


だから、つい、リズム合わせちゃった」


「“つい”のレベルじゃねぇよ」


志乃はそっと、メモ帳を開いて見せた。


そこにはびっしりと──


《09:15 鉛筆音、やや迷いあり。設問2か》


《09:17 消しゴム音の密度減→疲労?》


《09:18 鼻すすり3回(2秒間隔)=記憶検索中》


《09:19 足音。集中モード突入。筆圧上昇》


《09:21 チョーク音干渉による空也くんブレ》


(なんでそんなにログ取れてんだよ)


「今日も、いい音……たくさん聴けたよ」


彼女はふわりと微笑んだ。


その笑顔は、天使のように、無垢だった。


──無垢で、無自覚な、狂気そのもの。


中間テスト。


俺は、点数よりもずっと怖いものに出会った。


──音で、全部、見られてる。

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