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『霧島志乃は音で愛を語る』  作者: 斎賀久遠
第一章:霧島志乃の日常
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第9話:「優しさの調律」

「霧島さんって、普通にめっちゃ綺麗だよね」


「髪も肌もすごいよ。なんかもう完成されてる」


「でも隣の席、空也なんだよね……ちょっと意外。うちらに見えない魅力とかあるのかな」


放課後、帰り支度をしながら俺はクラスの片隅で女子グループが騒いでるのを聞いていた。


「ねぇ霧島さん、一緒に駅まで帰らな──」


「ごめん、無理」


志乃、即答。

それもすごい冷たくて、テンプレすら使わない。

顔も向けず、言い終わる前にスパッと切った。


(……冷たッ)


声をかけた女子たちは、一瞬固まり、

乾いた笑いでごまかしながら教室を出ていった。

  


それから数分後。


下駄箱で靴を履いていると、志乃が先に靴を履いて、こっちを見ていた。


(……いつの間に!?)


「空也くん、帰ろっか。今日はちょっと風が強いね」


――その声は、さっきの「無理」と同じ人間から発されたとは信じがたいほど、甘やかだった。


優しさの擬態。毒の膜で包んだシロップみたいに。


「さっきの断り方、もうちょっとなんかこう……もうちょい柔らかくとか……」


「え? でもあの人たち、空也くんじゃないでしょ」


「それは、まあ……」


「空也くんの音じゃない。だから、いらないの」


言い切ったその声は、まるで誰かを処分する時のトーンだった。


しかもそれを“仕方ないよね”のテンションで。


「“いらない音”ってさ、普通、人間に言うか?」


「人間? ううん、ただの“騒音”。録音しても耳が痛くなる」


――おいおい、さらっと言ってるけど、それ、ほぼホラー。

 


「ねえ、もしかして空也くんも、私の“音”集めてるの?」


ふと、志乃が顔を近づけてきた。鼻先が触れそうな距離。


そのとき、ふわっと前髪が揺れて、彼女が小さく目を瞬かせる。


「だったら、嬉しいなぁ」


いたずらを仕掛けた猫みたいな笑みを浮かべながら、


スカートの端をきゅっと握って、そっと体を揺らす。


「私、空也くんの音なら、毎晩聴いてても飽きないもん。


むしろ、ずっと再生したい。


巻き戻して、繰り返して、全部……私だけのものにして」

 

その目に浮かんだのは、優しさじゃなかった。


コレクターの、それも偏執的な収集家の視線だった。


「他の音が混ざるの、嫌なんだ。ノイズになるから。


 だから……静かにしないとね。全部、私の音だけにしたいの」


笑ってるのに、声が震えていた。狂気の共鳴。


耳を塞いでも、たぶん聞こえてくる。


空也は気づいた。


この子の“音楽”には、エンディングがない。永遠に続く、不協和の旋律。


 

言葉の意味を処理しきれないまま、俺たちは並んで歩き出す。


途中、彼女がふっと立ち止まった。


そして俺の歩き方をじっと見つめる。


「……右足の着地、ちょっと強い。 たぶん、昨日より疲れてる」


「……お前は俺の何なんだよ」


志乃はほんの少し微笑んで、言った。


「観測者で、ファンで──」


「あと、たぶん……演奏者」


「え?」


「だって、空也くんは、


わたしだけの“楽器”だもん」


「…………楽器って、人に使う言葉じゃないだろ普通……」


「え? でもわたし、空也くんの音を聴いてるだけで、調律できちゃうんだよ?


寝息のリズムも、咳払いも、歩くテンポも……


ちゃんとわたしの“好みの音”になってきてる」


「なってきてるって、おい待て、俺そんな努力した覚え──」


「うん。努力はしてないよね」


「でも、だいじょうぶ。音って、慣れるから」


(いやいやいや、なにが?)


俺は頭をかきむしりながら、


その“意味がわかるようでわからない”会話を飲み込んだ。

 


空也が軽く咳払いすると、志乃がぴくっと顔を上げた。


「……うるさくなかった? ごめんね、変なこと言った」


そう言って、少しだけ目を伏せる。


その声は、どこまでも普通で、どこまでも優しかった。


彼女にとって、世界は“音”でできている。


そして俺は、たった一つの旋律でできた──


志乃専用の楽器。


 

佐々木空也(16)、人権、調律済みです。

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