ウィズドゥム老曰く②
「リリィが大悪って、一体どういうことだよ」
ウィズドゥムの言葉に対して、アックスはそう問い返す。
「知る必要は……、いや、もう遅いの」
チョボの方をちらりと見てそう呟いたウィズドゥムの表情には、どこかかげりが見えた。
「それならば、先に約束しよう。祝福祭には行かん、とそういいなさい」
「そうすれば、教えてあげよう」
普段はのんびりとした口調のウィズドゥムは、厳しい表情でそう言うと、それきり黙ってしまった。
「……」
アックスは言葉を返せずにいた。ティーナとの約束、これを破ることは何とも気持ちが悪い感じだった。
しかし、ここで聞かずにいることもまたアックスには不吉な予感を感じさせた。目の前が黒くなってしまうかのような、そんな感覚。
隣の椅子で表情を二転三転させるアックスを、チョボは見ていた。
頼れる親分のその姿に不安を感じていたチョボの脳裏には、話を変えろ。という言葉が響いていた。
「そうだ! ウィズドゥムさん」
「なにかな?」
狭い室内にひびいた声はやけに甲高かった。
「ウィズドゥムさんって本当の魔法使いだったんだね」
「おぉ、そうだとも」
先程までの厳しい表情はすでに無く、ここが攻めどきだとチョボはアックスに目配せした。
「ウィズドゥムさん、魔法使いのこととかいろいろ教えてよ!」
アックスは、チョボの目配せに乗っかる形でそういった。
「魔法使いはの……」
二人の作戦は、どうやらうまくいったらしかった。喋りはじめたウィズドゥム老の姿に、アックスは持久戦になる覚悟を決めた。
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閑話休題
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「そういう訳で魔法使いは減っておる。わしが知る限りで十五人。いや、十四人くらいだな」
「へぇー! じゃあウィズドゥムさんってめっちゃ偉いんだ」
「すげぇー!」
ウィズドゥムの話は、左右にぶれながらも非常に二人を楽しませた。
テーブルの上には、シール島の外にある異国の様々な料理や武器防具、風景などが写し出される円柱状の物体が置かれ、それに合わせてウィズドゥムはどんどん話を進めていく。
この物体は奥にある扉の奥からウィズドゥムが取り出してきたもので、アックスがこれも魔法のものかと尋ねるとニッコリとしながらそうだと言っていた。
「この斧! この斧について教えてよ!」
英雄の武具だというゴテゴテとした武器防具が並べられている中から、アックスは一本の斧を指差した。
他の武器防具が英雄に相応しく様々な素材を使われ彩られているのに対し、その斧は全てが同じ素材で作られていた。
「この斧は……、そういえば実物があったの。ついてきなさい。」
ウィズドゥムは二人を奥の扉へと案内した。あまりにも二人がウンウンと頷くものだから気分が良くなっていたのかもしれない。
あるいは、邪妖精などという物騒なものについて忘れさせてしまおうという思惑もあったのだろう。
二人が扉に入り切ると、そこには少量の武具が壁に固定されている他には、瓶入りの血や光り輝くオーブなどが陳列された棚があるのみだった。
「すげぇ」
「触ったら発狂するよ」
「ひぇ」
光り輝くオーブに対して興味を示したアックスに、ウィズドゥムはそう警告すると、アックスは大げさに後ろにひいた。
「フォフォ、冗談じゃて」
「おどかさないでくれよな」
「なにもなしに触れて発狂で済めばましだの」
「……」
顔を青ざめさせたアックスは、黙りこくって静かにウィズドゥムのあとをついて行った。
「さて、これがさっきの斧だよ。」
「これが……」
「大きいね、持てそうにないや」
二人の目の前にあるその斧は、オーブの光を反射してどこか神聖な気配を漂わせていた。
柄から先までは二人の倍をゆうに超える大きさで、刃の部分だけでもアックス一人分はすっぽりと入ってしまうだろう。
「持ってみるか?」
「え、でも、こんなの祝福があったって無理だろ」
魔が差してそうアックスに尋ねたウィズドゥムに、アックスはそう文句を言った。
「フォフォ、まぁ見とれ」
そう言うと、ウィズドゥムは杖を掲げた。
斧の周囲を魔法陣が囲み、その魔法陣が派手な光を放ちながらゆっくりと移動した。斧はそのままアックスの方へと動き、やがて静止した。
「ほれ、つかみなさい」
「おわっ、あれ、かるい」
アックスが握ったそれは見た目よりずっと軽い感触を伝えてきた。
「魔法じゃよ」
ヒゲを撫でながら得意げにそういうウィズドゥムに、二人は気負されてばかりだった。
「その斧は、この島を開拓した英雄が使っていたモノだよ。アックス、おまえが一人前になったら渡そうと、ケインさんと決めてたモノだ。よく見つけたね」
アックスは、その言葉に胸を撃ち抜かれるような思いを感じた。
自分が思っているよりずっと、親は自分の未来を考えてくれていた。
心が、揺らぐ。
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閑話休題
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「午後も、また来るのかい?」
「うん!また来るぜ」
「僕もまだ話、聞き足りないや」
「そうか、そうか。長生きはしてみるものじゃの」
その後もだらだら話を続けていた三人だったが、アックスはおっかぁに脅されていた事もあって一旦帰ることにした。別に乗り気では無かったチョボもそのまま帰ることになった。
昼食を済ませて夕方頃にもう一度会う約束をして、二人はその場をあとにした。
二人の姿が完全に見えなくなって後、ウィズドゥムは杖を下に一突きし、巨大な魔法陣を地面に浮かび上がらせた。
「かの大悪がおるということは、この村にもなにか起こるかもしれんの。用心に越したことはない」
そういって二、三度杖を突いてから。ふぅっと一息ついたウィズドゥムは、今度は普通の老人のように屋敷へと戻っていった。
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「リリィについての話、どうする?」
「あれはやばいな。多分約束するまで話さないぜ」
「ね、あの人の真顔めっちゃ怖いし」
ウィズドゥムの長話の間、二人は合間合間に情報を聞き出そうと努力をしていた。しかし少しでもリリィに関する情報が出そうになると真顔になり、二人を震え上がらせた。
真顔になったあと即座に好々爺に戻るものだから、最初に見た時は二人とも自分の目を疑ったほどだった。
「そもそも聞く必要あるのかな、少なくとも大陸の真ん中に線があるっていうのは分かったんだし」
「それもそうなんだけどなあ、どうにも気持ち悪くてよ」
リリィから聞いた情報と、ウィズドゥム老が喋っていた情報にはいくつか類似点があった。
例えば、デモニア大陸の真ん中の方には線があるということや、そこでヒトが争っているということ、別な大陸があるということなどである。
少なくともリリィの話は信用できる、というのが二人の感想だった。
「なんでかわからないんだけどよ。リリィについての話は聞くべきだって、そんな感じがすんだよ」
アックスの言葉に、チョボはなんとなくわかるような気がしていた。このままでは破綻すると、そんな予感が脳裏によぎっていた。
「「……」」
「だぁー、もう考えてても仕方ねえな」
「だね」
アックスが髪の毛をわしゃわしゃとしながらそう言うと、チョボは苦笑しながらそれを肯定した。
閉鎖的な村社会でうまく生きるには、ある程度の割り切りも必要なことである。細かいことまで気をつけようが、だめなときはだめなのだ。
一旦後回し。それが二人の結論だった。
「にしても、もし本当に人類滅亡を止めるんだったら、この島を出ないといけないんだね」
「あぁ、そうだな」
「世界って、広いんだなぁ」
そう呟くチョボの瞳は、どこかアックスには輝いて見えた。
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「じゃあ、またな」
「うん、またご飯のあとにウィズドゥムさんちのまえで」
一人で歩くアックスの頭の中は、漠然とした不安感と、焦燥感で埋め尽くされていた。
今まで作り話だと思っていた話が現実味を帯びる、というのはまだまだ幼いアックス少年にとってみれば毒にも等しかった。
親は、自分が木こりになることを望んでいるだろうと、無意識の内に考えていたことが、増大する英雄への憧れに伴って表出して来ていたのだ。
昨日までは気の毒だとさえ思っていたチョボの境遇でさえも、今は少し羨ましさすら感じていた。
「ただいま」
「おかえり、アックス」
「今日は時間をしっかり守ってるじゃねぇか、アナンも喜ぶなぁ」
「親父?」
家に帰ったアックスを出迎えたのはウリウスと、普段はこの時間外に出ているケインだった。
意外な声に思わず驚きの声をあげたアックスだったが、口をパクパクして言葉が出ないようだった。
「どうした?」
「いや、なんでもねぇ。今日ははやいな」
「あぁ、祝福祭で必要な木材数が減ったって話が来てよ、午前は早めに切り上げていいってことにしたんだぁ」
ケインは木こりのリーダーだ、木こり達の仕事を管理するのもまた彼の仕事であり、ある程度は裁量を利かせられるのだった。
「アックス、ウィズドゥムさんのお話面白かった?」
うずうずとした様子でこちらを見上げてくるウリウスに、アックスは考えていても仕方ないとこれも割り切ることにした。
「おー、面白かったぞー! こんな丸いのが出てきてよ!」
「すごいすごい! 他には?」
「えーっとな、たしか……」
「お前ら、ほんとに仲良いよなぁ」
軒先で早速長話をはじめた二人の様子を、ケインはニンマリ笑いながら見ていた。
明日の朝に次話更新します。
暑すぎてとろけちまいそうな中、頑張って書きました。え、ちょっと前までまだ冬だったよね。春、どこいったの????????