ウィズドゥム老曰く①
ぴよびよと小鳥が鳴き、部屋には爽やかな風とともに日光が木窓からさんさんと降り注いだ。
アックスは、自分に与えられたベッドからよじよじと降りてうーん、と背伸びしたあと階下の匂いに連れられて階段を駆け下りた。
「おはようアックス。飯を食う時は着替えなっていつも言ってるだろうが」
「おっかぁおはよう、お腹が空いてて慌てて降りてきちまったぁ」
ふぁーと欠伸をしながら席へと座るアックスが、寝間着である布服を着ているのを見て、アナンはため息をつきながら小言を言った。
「もうケインは、仕事に行っちまったよ。着替えるついでにウリウス起こしてきてくれるかい?」
「えー、めんどくせぇ」
ややだるそうに目をこするアックスに、アナンは眉をつりたてた。
「四の五の言わない!」
「はーい」
ドタドタと、階段を登る息子の姿を見て、アナンはひとりごちた。
「まったく、誰に似たんだか」
「ウリウスー! 起きろー! 朝めしだぞーー!!」
「アックスうるさい! あとちょっとねかせてーー」
上からわいわいと聞こえてくる息子たちの声に、しかしアナンは優しげな顔に戻って腕をまくり、ラム肉のスープを温め直し始めた。
「ああ、幸せだ」
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「「うまそーーーー!!!」」
「豪勢なもんだねぇ」
三人が囲む食卓には、下味がしっかりとついたラミ肉がゴロゴロと入ったスープが置かれていた。お皿の中からは、ラミ肉の旨味が溶け出した湯気が立ちのぼり、視覚的にも聴覚的にも満足感が満たされるようになっていた。
がつがつと飯を食う二人を眺めながら、アナンは二人から今日の予定を聞き出していった。
「えー、ウリウスは朝はナランチさんとこに遊びに行くんだね。土産にラミ肉持っていきな。昼以降はケインと一緒だからいいとして……アックス。あんた、またあのホラ吹きじいさんのところに行くのかい」
ナランチさんとは村の道具屋のおじさんで、大陸の事等を聞ける数少ない大人の一人だ。結婚はしていないが村人たちからは信頼を寄せられており、子供たちの溜まり場の一つにもなっている。
アナンにとって問題なのはウィズドゥムのことだった。
「いいじゃん、あのじいさん話しおもしれぇし」
アックスはやや口をすぼめながら、ケチっと言わんばかりの顔でそういった。
「良いかい、魔法なんてのはね、悪魔が使うもんさ。それを使えるなんてのたまうような人がまともだと思うかい?あたしゃ心配なのさ、アックス」
「でも、今まで何回も話聞いてるけど何ともないぜ。きっとボケてるだけなんだって」
アックスはただなんとなくウィズドゥムの事を信頼できると思っていた。実在すると言っていた妖精が本当に居たことも、それに拍車をかけていたのかもしれない。
「まぁ、悪いヒトじゃないことだけは確かさね」
先程までのやや偏執的なまでに嫌っていた様子とはうって変わってなにか確信を持っているアナンの声に、ウリウスがあっ、と声を上げた。
「ウィズドゥムじいちゃん、いいひヒトだよ。僕、前転んだときにもおまじないかけてもらったもん。いたいいたいのどっかいけって」
「なにかされたのかい!?」
「え、いやおかぁさんもやるじゃん!」
「あぁ、ただのおまじないか」
「ほら! 絶対なんもないって! 話聞きに行くだけだから! ね?」
毒気を抜かれた様子のアナンに、アックスはここぞとばかりに畳み掛け、そして
「だぁー、もう仕方ない。昼過ぎにはかえるんだよ、いいね?」
条件付きとはいえ言質を取ることに成功したのだった。
「それじゃあ! 行ってくるー!」
「気をつけるんだよ」
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閑話休題
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「どうしたのさ、アックス君」
「いいから、来いよ!」
アックスに手を引かれながら、チョボは困惑の声を上げた。家で一人で部屋にこもっていたチョボを、アックスは手を引きながら無理やり村の中心部へと連れてきたのだった。
「ここって、ウィズドゥムさんの」
「妖精もいたし、あのじいさんならなにか知ってそうじゃねえか?」
というかこの話したよな。というような顔をしてチョボへと視線を向けるアックスに、チョボは思い出して言った。
「あぁ、そういえばそう。だったね」
「忘れちゃうことってあるよなぁ」
「はは、にしても、大きいよね」
そう言って、チョボは目の前の屋敷へと目を向けた。チョボやアックスの家を丸々二個は入るであろうその屋敷は、一人で過ごす老人には大きすぎるのではないかとすら思える。
「相変わらずでっけぇなぁ」
「村長の家と同じくらいありそう」
ぽけーっと上を見たままの二人の前方にあるドアが、開いた、
「おぉ、ようこそ二人とも。さぁ、入っておいで」
二人を手招きしたのは老人だ。しかしただの老人ではない、背中は曲がってしまっているのにチョボの倍は身長があるし、全身を覆うローブにはいくつものバッチのようなものが付いていた。
杖として身を預けているものは無駄に圧を感じる上に、長いヒゲが凄みを足していた。
「そのヒゲ! ウィズドゥムさんまだ切ってねぇのかよ」
「もうこいつとの付き合いも長いからの。愛着が湧いてしもうた」
入りがてらにアックスがそう言うと、ウィズドゥムはカッカッと笑いながらいかにも好々爺のように笑った。
長い廊下には数々の品が置かれ、透明なガラスのようなものがそれぞれを覆っていた。
「ウィズドゥムさん、あれも魔法なの?」
「そうだよチョボ、子供たちは走るのがすきだから」
なるほど、とチョボは得心した。今でもウィズドゥムの話は子供たちにとって娯楽である、時々来る彼らは何も対策なしではそれぞれの品に傷をつけてしまう。
「ついたね、さぁ話をしようか。掛けなさい」
廊下の先――ここまで通り過ぎてきたいくつもの大きな扉に比べて比較的小さな扉を開けると、こじんまりとした部屋の中に小さな机と椅子が三つ置いてあった。
他には二人が見たことも無いような調理器具が数点置かれているのみで、奥にある扉以外には突出した特徴は無かった。
「アックスは、何を聞きたいんだったかい」
「ウィズドゥムさん、俺! 実は今日相談したいことがあってきたんだ!」
「話してみなさい」
アックスは、事の経緯についてウィズドゥム老に対して語っていった。
チョボがところどころ補足しながら話し終えたときには、ウィズドゥム老から笑顔は消え、眉を顰めて二人を見つめるようになっていた。
「邪妖精と会った、と」
「「はい」」
重苦しい雰囲気のウィズドゥムに、二人は息を飲んだ。
「そうか……。わしから言えることはただ一つじゃ」
「忘れよ、若人よ。アレは大悪じゃ」
「悪いことは言わん。三日後の祝福祭にも行かん方がいい」
ウィズドゥム老は、そのように言った。