アックス少年の日常
「あー、どうすんだ。これ」
足元の小石を蹴り飛ばしながら、村の道をアックスは歩く。
あれからミスなく枝を切り終え、早々にウィズドゥムおじいさんの元へ行っては明日話を聞く約束を取り付け、早足でティーナの元へと向かうアックスはひとりごちた。
チョボはチョボで変な力みのせいで木ごと切りそうになっていて、二人が日常へと戻るのには少し時間がかかってしまうだろうことは明確だった。
邪妖精は、ゆっくり悩めなどと言っていたがそんな暇があるかどうかは別問題である。今頃は、そんな場合ではないのに村の子供たちから虫取りの戦果で絡まれているだろうチョボを、アックスはあわれんだ。
「知っちまったからには、見ないふりしてすごすってのも落ち着かねえしよ。それになぁ、ティーナ……」
邪妖精曰く、チョボが滅亡の危機をどうにかしにいかなければ確実に訪れる未来だというあの夢の景色は、アックスにとって衝撃的なものだった。
だんだんと頭がパンクしそうな様子のアックスだったが、いつの間にか約束の場所へと辿り着いていた。落ちかけの夕日が日時計を照らし、地面に円形に書かれた数字の内の六を指し示していた。
「早く着きすぎたかもな」
この村には五つの日時計があり、中央の一つを基準として東西南北に一つずつ。ティーナとの約束で二人がずっと使ってきたのは村の東側にある日時計の近くであり、暗くなってからは使う者もいなくなるので踊りを見られたくないティーナにとっては、まさに絶好の場所だった。
昔、アックスの父親が小さい木を切って作った丸太の椅子に腰かけながら、アックスはティーナを待っていた。
「この丸太でケツが収まらないくらいに、おめえが大きくなったら、木こりにとって必要なモンを色々教えてやる。それまでは雑用だぞ」
父親の仕事に初めてついて行った日にアックスが言われた言葉だ、最近はこの丸太の椅子も座り心地が悪くなってきていて、アックスの父が言うその時は、きっともうすぐだろう。
いやに現実的な話ばかりが、アックスの頭には残っていた。
「ほら、元気だす!」
「うわぉ、やめてくれよなティーナ」
後ろからバンっと背中を叩かれたアックスは、後ろからやってきたティーナに抗議の声をあげた。
「そんなに辛気臭い顔してちゃあ。踊るときにいやじゃない。祝福祭も見にきてくれないんでしょ?」
「あー、そのことなんだけどな、見に行くことにしたよ」
「え、そうなの! 急にどうして?」
「どうしてだろうな、なんか見なきゃいけない気がしてよ」
アックスの翻意に対して目をまん丸にしたティーナが問いかけるも、アックスはまるでその理由がわからず、自分でも不思議な気持ちで答えた。
「なによ、それ」
狐につままれたような顔でアックスを見ているティーナに、アックスはなにかを言おうとして、言葉に詰まった。
「でも、来てくれるのね」
「良かった」
その言葉を皮切りに、ティーナは踊りを披露した。アックスにはその踊りが、自分が夢で見た時のソレに比べて、優れてこそいないもののどこか楽しそうなものに感じられたのだった。
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閑話休題
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「じゃーな! 楽しみにしとくぜ!」
「任せなさい! 最高の踊りを見せてあげるわ」
「ティーナおねぇちゃん、またねぇー!」
別れの挨拶を済まし、帰路につく兄弟は、しかしかけっこを行うことはなく。ゆっくりと喋りながら歩く二人は、全てが木でできた一軒家にて歩を止めた。
「おかぁさん! アックスつれてきた!」
「おつかれさま、ウリウス。アックスもごはんできてるからねぇ!」
「ありがと、おっかぁ」
ウリウスが元気な声でドアを開けながら、褒めてと言わんばかりに胸を張ると、やや大柄ながらも浅黒い肌を持った中年の女性が現れた。やや上等な皮を使った服に身をまとったこの女性は、アックスとウリウスのおっかぁ、改めアナンである。
焼けた肉の香ばしい匂いが、アックスとウリウスの鼻腔を刺激した。二人は誘われるように家の中へと入り、やがて食卓へとたどり着く。
鉄板の上には、大きなステーキ肉が八枚。適度な香辛料が振りかけられ、じゅーじゅー音を立てていた。この肉こそがそう。
「「ラミ肉だぁああああ!!」」
「こら! 大きな声だすんじゃないよ」
「「はーい」」
「いいじゃねぇか、元気なのも子供の仕事だろうがよ」
「あんたがそんなだから子供たちも真似すんだ。もう少し大人しくなれないのかい?」
「ガッハッハ! 俺に黙れなんてぇ言えるのは、おめぇと仲間と近所のおばさんと……けっこういやがるな……。くらいだぁ!」
「親父……」
「おとぉさん……多くない?」
興奮した様子の息子たちを叱りつけたアナンに対して、水を差したこの男。身丈はお世辞にも高いとは言えないが、丸太のような腕は日常での労働の重さを嫌でも思い知らされる。
ガッハッハと笑い、二人の子共からは若干白眼視されるこの男こそがアックスの父親であり、木こりの親方ケインである。
「バカ言ってないで、さっさと食べな」
「おうよ」
短くそれだけ返事したケインは、すさまじい勢いで肉を二枚平らげては麦粥をさくっと片づけて、ふうっと一息つくと三人に目を向けた。
「待たせたな、食っていいぜ」
「さすがの食いっぷりだねあんた、アタシが選んだだけはあるよ」
「ホラ、二人共も食べな」
家長たる父が先に飯を食べ、次に残りの家族が食べる。こうすることによって自分より上の存在がいるという認識を生み出す風習だ。
家長の食事がいかに早いかで他の大勢の食事が冷めるかどうか決まってしまうため、この食事の早さというのはある種のステータスだった。
神を信じる、という事をそれほど重要視していないこの島では特段祈ったりはしないが、国によってはこのあと祈りの時間を挟むことで神の存在をより実感しやすくさせている。
「「はーい」」
「アタシも頂くとするかね。アックス! ウリウスの分も残してやるんだよ!」
「言われなくてもわかってらぁ!」
そうして夕食の時間は和やかに流れていった。
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閑話休題
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「三日後の祝福祭に行きたいだぁ?」
「うん、親父。その日だけ仕事の手伝いやすみてぇんだ」
食後、手斧の素振りを終えたあとにアックスからその事を伝えられたケインは、眉を顰めながら渋面を浮かべていた。
「その日にゃあ、お前に木こりの秘奥を教えてやるつもりだったんだがなぁ。木こりには、なりたくねぇのか?」
やや残念そうな声で伝えられたその言葉には、アックスには不思議な事に怒気は含まれていなかった。
「そういうわけじゃ! ねぇけどよ、ただ、その」
「いいじゃねぇか、祝福祭。一回は行ってみろよ」
ガシガシと頭を撫でながら、ケインはアックスにそう許諾の声を上げた。
「いいのかよ」
「いいぜぇ、代わりに、明後日の仕事には着いて来い。そこで秘奥を教えてやらぁ」
「親父……!」
感極まった様子のアックスに、ケインは今度はニっと笑いながらゲスのような顔をした。
「ティーナちゃんかぁ?このマセガキめ、前までこんなに小さかったのになぁ」
「親父……」
「悪かったって、そんな顔しないでくれや」
「そんなに小さくねぇし! くそ! 親父、でかいな!!」
指で空間をつまむジェスチャーをしながらそうのたまったケインに、アックスはジト目を送った。ついでに自分はそんなに小さくないとアピールすべく背伸びをしようとしたが、小柄なはずの父親の胸にまですら到達せずにいじけてしまった。
「でかくなるなら寝ることだなぁ。かぁー! 俺ぁもう寝るぜ、おめぇも早く寝ろよ、アックス」
「はーい」
アックスに背を向けて、家の横の空き地から立ち去るケインの姿を見送ったあと、アックスは周囲に誰もいないことを確認し、手斧を縦横無尽に振り始めた。
「しんくうざん! やまたち! せいけん!! かみきりけん!!」
絵本の英雄が使っていた技を一通り再現したあと、アックスはふうっと一息はいてその場をあとにした。
アックス少年、九歳。夜のルーティーンは食後に素振りとごっこ遊び。人類滅亡の知らせを伝えられようが、まだまだ九歳の子供である。
今週から更新再開します
8月6日〜
表現上の修正