妖精は、かくかたりき。③
焦りというものはヒトに失敗をもたらす。この原則はどうやら邪妖精にも適用されるらしかった。
「「加護者??」」
「あ、そう言えば色々端折ってたわね」
疑問の声を上げた二人に対してリリィはやっちゃったというように頬を掻きながら答える。
「加護者っていうのはね、神から認められた証よ。祝福という補正無しでも神の試練に挑む見込みありとして神の力を借りる権利を得るの。……その様子だと、祝福とか神の試練についても知らなさそうね。」
二人の少年の上のハテナマークに気がついたリリィが一旦話を止めた。
「祝福なら知ってるぜ!斧持つと力が強くなるやつだろ!!」
「……そうね、まぁ間違いじゃないわ。そのくらいの認識があればこれからの話も理解できそうだし。後で詳しく説明するしね」
「ただ、神の祝福自体はそういったものだけじゃなくて色々あるっていうのは知っておいてね」
アックスの茶々に対して軽く眉を上げながら流したリリィは、今度はチョボに対して向き直る。何かを迷うように目を泳がせ、言った。
「チョボ、なにか自慢話はないかしら?例えば祝福無しに踊り子並に踊れるとか」
「あ!僕腕相撲とかではお父さんといい勝負だよ!お父さんが斧を片手に持った時は勝てないけど……」
「大当たりじゃない…!チョボ、あんたのそれは『弱者が強者を打ち破ること』を司る、別名『勝利の神』の加護よ!!」
さすが私、ついてるわぁ!などと一人で悦に浸るリリィに対して呆然としていた二人だったが、聞き逃せないワードをアックスは耳にした。
「なぁ、その例えってティーナのことじゃねぇか?」
「あ、本当じゃん。ていうか神の試練とかって結局なんなの?加護のことも良くわからなかったし、もっとちゃんと説明してよ」
アックスの言葉にハッとしたチョボは、これでは不服だとばかりにリリィへと詰め寄る。我に返ったリリィは軽く頭を振ると、バツの悪そうな顔をして説明を始めた。
「なんども話の腰を折って悪いわね。そうね、まずは加護がなんなのかからちゃんと説明していくわ。二人とも、神から見た人間はどう見えているか知っているかしら」
「……そうよね、知らないわよね。だからそんな顔で私を見ないでよ。えぇっとね、そうね、年の離れた弟あるいは妹を想像してみて。なんかこう、守りたくならないかしら」
「たしかに」
「ウリウスもたまに手斧落としそうになってて俺が腕持ってやってるし」
「そう!それよ! アックス!」
したり、といった様子で指をアックスへと突きつけながら、邪妖精は説明を続ける。
「神から見ればね、人間は危なっかしくて見てられないの。さっきアックスが言ったみたいに、神が人の腕を持って木を切っているのが祝福のイメージね。だけど、人間の数は多すぎるし、寿命だってあるわ。だから、代わりに腕を持つモノを用意したの」
一呼吸おいて、言う。
「寿命や事故によって死した亡霊達、その研鑽があなた達の腕を動かしているの。これが祝福の正体よ」
「こういうわけだからヒトは基本一つまでしか祝福を持てないの。一つの体にそれぞれちがう命令を出されたら動かないでしょう。例えばアックス。逆立ちしながら地面に絵を描けるヒトがいると思う?」
突然の問いかけに、何を言っているんだこいつはというような顔をしたアックスは、その顔のままに答える。
「いないだろうな。そんなびっくり人間いたらこえーよ!いないよな……?」
「……まぁごくたまにいるみたいだけど、普通は無理ね」
「いるんだ……」
戦慄した様子のアックスをよそに、邪妖精は加護についての説明を続けた。
「加護っていうのはね、そうね、神と師弟関係になるイメージかしら。師匠なら基本、弟子が困っていたら助けるでしょう。この例で言うと加護者は、弟子になる資格ありと認められている者だとも言い換えれるわね」
「さしずめ神の試練っていうのは一人前になる為の試験ってところかしら」
「どう?理解できたかしら」
アックス達に説明する要領を掴んだのか、リリィは若干の得意げな様子とともに二人に確認する。
「まぁ、なんとなくだけど」
「それよりティーナのことはどーなんだ?」
チョボは頭を押さえて、アックスはそんなことはどーでも良いとばかりに答えた。アックスにとってみれば、加護だの神の試練等と言ったことはどうでもいいことだった。それよりも、夢の中でも出てきたティーナがどうのこうのということのほうがよっぽど大事なことに思えていた。
アックスの言葉にリリィは少しの間、目を泳がせて言うかどうか迷っているように見えた。
「ティーナは加護者よ。彼女の踊りは神から認められるレベルに達していたわ。前回のわたしは彼女を選んで人類滅亡の危機を解決しようとして、失敗したの」
「……」
リリィの言葉に、アックスは言葉が出なかった。
夢の中で見たバケモノは、大きくなってバカでかい斧を持った自分ですら太刀打ちできなかったのだ。そんなバケモノとティーナが遭遇していたかもしれない。その事実に恐ろしくなったのだった。
「やっぱり、あんた悪魔を見たのね」
「あぁ、黒い、大きな、アレはいったい。口だけ赤かった」
アックスの尋常ではない様子に、リリィは哀れみの表情を浮かべた。チョボは''黒''という単語に反応して頭を押さえる。
「かわいそうに、それは絶望の悪魔の尖兵よ。デッドラインで捌ききれなかった奴らがこの島に来たのね」
絶望の悪魔の陣営には、絶望の悪魔によって影響された神や悪魔以外にも、ソレらの眷属や今では病と名付けられた古き悪魔の同類が多数所属している。
デッドラインで戦っているのはそういった尖兵達のみであり、シール島に辿り着いたのは後者だった。
「ティーナはアレと戦ってたのか?」
「そうね。決してそれだけでもないけれど、戦っていた時もあるわ」
「そしてチョボ、あんたも今の言葉で思い出したみたいね。次はあんたよ、ティーナのできなかったことを、あんたがやるの。この島で二人しかいない加護者の内の一人であるあんたがね」
「アレを、僕が……?」
「チョボも見たのか?」
ゴクリ、と唾を飲み込んで静かに呟いたチョボの様子に、アックスは目を見開きながら問うた。
自分も見たあの黒く、恐ろしい悪魔をみてしまったのかと。
「黒くて、冷たい。そうだ、あれは。あぁ」
「落ち着け!」
「※※※」
「はぁ、はぁ、はぁ! リリィ、何を、したの?」
呼吸は荒く、頭を押さえるてうずくまるチョボに、アックスは焦った様子で声を上げた。しかし、リリィがひとこと何かを呟くと、徐々に落ち着いていき、やがて平常に戻った。
「あんた達が気にすることじゃないわ。でも、何度もは使えないの、だからあまり思い出そうとしないで」
「あんたがダメならもう他にはあまり手段が無いの。だから、お願いよ。チョボ」
意外にも平然とした様子でそう告げたリリィに、二人は絶句した。しかし、アックスは大人ではない。自分がみたあの怪物に一応は子分であり親友のチョボが戦うということに、黙っては居られなかった。
「おかしくねぇか! お前の話だと、チョボが加護者なのは変だし。大体チョボは木こりの息子で、戦うとかそういうのはちげぇだろ!」
「チョボが加護者なのはおかしくないわ。だって、チョボは祝福を持っていないもの。加護の解釈範囲が広すぎて祝福みたいに見えてるだけだわ。この年齢でこの効果なら、現存する加護者達の中では最強格ね」
「それに、人類が滅んだら夢だなんて言ってられないわよ。……あんたも見たでしょう」
「それは……そうだけどよ。けどよ……」
アックスの言葉に、邪妖精は突き放すように答える。きっとこの仕事も本望ではないのだろう。アックスもアックスで、自分の感情に整理がつけられないのか涙ぐんだ表情だ。
その一連の流れを見ていたチョボは、意を決した様子で尋ねた。
「さっき加護者達と言っていたけど、僕とティーナ以外にもいるの?」
「もちろんよ。あんたは自分以外の他のヒトはどうなのか聞きたいんだと思うけど。この島の外のヒトはほとんど外れだったわ」
「しらみつぶしに試して、もう残っている加護者がこの島にしかいなかったから来たのよ。この危機をどうにかするには神の力かそれに匹敵するナニかが要るの、そういう意味で加護者が一番安全だから」
「前回も、最初はあんたが鍵だと思ってたのよ。ホントはね。だけどそこの泣いてるヤツのせいで無理だったもの。だからティーナを解決のための鍵だと思って試したの」
リリィの語り口は、若干の乱れを伴いながらも穏やかだった。チョボを落ち着かせる為の配慮だろうか、もしかすれば、
「そっか……じゃあ」
「勘違いしてほしくないのわね、嫌なら嫌で良いってことよ」
うんざりしていたのかもしれない。邪妖精は時を戻せる、しかしそれに何の犠牲もないわけではなかった。
「さっきも言ったように、あまりいい気分ではないけど他の方法もないわけじゃないわ。他の加護者だって、そうやって諦めたヒト達は試しもしていないわ」
「確実性ならむしろあんたが諦めてくれた方が良いのよ。意思がよわければ裏目に出ることもあるもの」
優しい、しかしどこか諦めたような声でリリィは言う。
「他の方法って、なに?」
「じゃあティーナは、選んだっていうのかよ」
二人の疑問が重なった。真剣なまなざしに、リリィはため息をこぼしながら答える。
「そうね。例えば優れた戦士を多数捧げることで行う『人造祝福者の創生』や、神への認知を歪ませることで歪な魔獣を生み出す『神獣召喚』、…まだまともな方法だと、神を呼び出して大陸を更地にしてしまう、とかかしらね」
「正直、この島のヒト達にはどの方法をとってもあまり影響はないの。だから私のこれはただのあがきよ。ティーナは助けてくれたわ、でも、たりなかった」
「チョボ、無理強いはしないわ。実際あんたの加護は強力だけど、もしそうじゃなかったら諦めるつもりだったわ。だから、今すぐに決めなくても大丈夫。でも、期限は決めさせて。三日後の祝福祭、その日に神殿で待ってるわ」
「わかったよ」
「……」
すっかり萎縮してしまった様子のチョボと、色々なことでパンク寸前であり表情が固まったままのアックス。
「時間、あるわね」
「「?」」
邪妖精がぼそっと呟いた。情報は濃く、二人には理解しきれない部分や明らかな言葉不足があったが。三人が邂逅してから実は一時間も経っていなかった。ともかく、今の邪妖精にはやや時間があったのだ。
「未来のティーナから、あなたたちへ伝言よ。聞きなさい」
「※※※」
リリィがなにか呟くと同時に、二人の視界をまばゆい光が埋め尽くした。
「アックス! アックスじゃないの! チョボも、久しぶり! 髪が黒いわね…あぁ、あの青い髪好きだったのに。リリィも律儀に約束、守らなくたってわからないのにね」
光が晴れると、邪妖精は身体がそのままに顔だけティーナとそっくりになっていた。というよりかはティーナそのものだった。
ソレは二人にビシッと指を突きつけると、言った。
「正座!!」
「「はい…」」
妖精は怒っていた。
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閑話休題
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「そろそろ時間がきちゃうわね」
「なぁ、ティーナ。その、悪かったよ。祝福祭、行ってやれば良かった」
髪を弄びながら言いたいことは言ったとばかりに落ち着いた様子の妖精に対して、アックスはバツが悪そうに言った。いいや、言わなければならないとさえ思っていた。
「別に、いても変わらなかったわよ。ただ少しさみしかったけど。火も、あんた分くらいは立派だったしね。それにそれを言うべきは私じゃないわ」
「そうかよ、そうか……」
「そんなに辛気臭い顔しないでよね、せっかく欲張って長い間会えるようにしたのに、最後の顔がそれじゃあ嫌だわ」
そこからしばらくは三人は、ティーナにとっては思い出話。
アックスとチョボにとっては最近の出来事だがくだらない、例えばアックスがチョボに腕相撲で負けた腹いせに叫んでおっかぁにしばかれたとか、例えばチョボにクソニガ草を飲まされそうになったとか、そういったありふれた話を、した。
二人の顔からかげりが取れた頃、妖精は大声で宣言する。
「立て!!!最後に、あなた達に言っておく事があるわ」
「チョボ、あなたはアックスに振り回されてるせいで自分の意思を貫こうって気持ちが薄くなっちゃってるわ。それに、アックスっていう親分への甘えから判断力が鈍くなってる。クソニガ草をヒトに飲ませちゃいけないなんてのは分かるでしょう!」
「はい……」
ティーナからの最後の言葉がダメ出しかと、しょげた様子のチョボに、ふっと頬を緩めて妖精は言う。
「でもね、あなたは強いわ。肉体的にもそうだし、精神的にもアックス以外のことには図太いじゃない。自信を持ちなさい。それに、無理はしないで。三日間、悩みなさい」
「うん」
妖精の言葉に早速持ち直した様子のチョボ、ティーナの助言は中々的を得ていた。
「アックス! 言いたいことはだいたいさっき言ったわ。チョボみたいに大した使命もないもの、強いて言うなら三日後の祝福祭はなにがあっても来なさいよね! 最高の踊りを約束するわ。あとは、そうね、ヒントよ。ウィズドゥム老と話しておきなさい、きっと助けになってくれるわ」
「ウィズドゥムじいさんと話せば良いんだな。」
「こっちからも一つ、俺たちを守ってくれてありがとうよ」
アックスの言葉に大きな目をさらに見開くティーナ、妖精は小さく震えながら言葉を紡ぎ出す。
「憶えて、いるのね?」
「少しだけどな」
「妖精の髪の色は?」
なにかを、確かめるように必死な表情で妖精は問う。
「金色だな」
「そう」
「良かった」
その後何かを呟いたティーナの声を、しかしアックスは風にかき消されて聞き取ることはできなかった。
「がんばんなさいよ、二人とも」
「ばいばい」
「「!」」
もう一度二人の視界が白く染まった。目の前には邪妖精がひとり、ティーナの面影はすっかりなくなってしまっていた。
まったく呆れたというような様子でやれやれとした邪妖精は言う。
「あの子も、ずいぶん欲張ったわね。時間よ、そろそろ集合場所に行かなきゃ間に合わないわよ」
「もうとっくに過ぎてるんじゃないの?」
「いーや、今なら間に合うわ! さっさと行く!」
二人は目を合わせると、急いで集合場所へと向かっていった。不思議な信頼感とも呼べるものが、何故かリリィの言葉は信頼できると告げていたのだった。
「三日後よー! 祝福祭の行われる神殿町の真ん中!わからなかったら町の人に聞きなさい!!」
邪妖精の言葉を背に、少年達は森を駆ける。 幻想的な時間は終わり少年達の仕事の時間が始まった。
落ち葉を踏みしめる感触、周囲には虫のさざめきが聞こえる。視点を上に上げれば木漏れ日が道を照らし、少し湿った匂いが森を感じさせてくる。そのどれもがアックスには新鮮に感じられ、不自然な身軽さに首を傾げた。
「あ」
「あ? あ!!」
チョボはそれに気づいて耳を塞いだ。
「あぁー!! 俺のク゚レゴ・リーーー!!!!」
虫の音は消え、落ち葉は吹き飛び、何故か無臭になった森には木漏れ日どころか太陽の光がさんさんと降り注ぐ。
「うるっさいのよ!! これが手斧ね!! ほら! 走れ! 間に合わなかったらどうすんのよ!!!!」
「あぁ、ありがとうな」
「あれ、リリィどうしてここに?」
「良いから!! 早く行きなさーい!!!」
手斧が無いのも困るし、かと言って二人に遅れられても困るリリィは満身創痍になりながら自分の身体ほどもある手斧を運んできたのだった。
二人が日常へと戻っていく姿を見届けてリリィは言う。
「ティーナ、約束、守ったわよ」