妖精は、かくかたりき。②
「そう! そうなのよ! あんたなのよ!チョボ!」
「まだあまり良く分かってないんだけど……」
興奮したように、何度も何度も繰り返すリリィに、チョボは困り顔で答えた。
少しして落ち着いたのだろうか、チョボとアックスに向き直った邪妖精は、ふと真顔になるとその小さな口を再び動かし始めた。
「そこまで詳しくは説明できないの。聞いてくれる?」
「「うん……」」
ここまでやけにテンションが高かった妖精のしんみりとした雰囲気に、思わず二人は小さく頷く。
「わかったわ。多分二人はこの世界について何も知らないと思うの、だからそこから説明していくわね。」
「まず、ここはシール島と呼ばれている島よ。あんた達の村の近くの山の向かい側に広がっている海を越えると大陸があるわ。」
「それぐらいは知ってるぜ!」
「あらそう、じゃあ大陸が実は四つ他にもあるっていうのは知ってるのかしら?」
「え、なんだよそれ!」
「ぼくも聞いたことがないや」
ここまで呆然としていたアックスだったが、自分にも理解できる言葉に反応を示すも、リリィはそれをサクッと流して次の話を続ける。
「そしてそれらの大陸は、元は一つの大陸だったのよ。今は分かたれた五種の人類と、神と悪魔が共存する大陸。楽園と、そう呼ばれていたわ」
「でもね、ある日それらは変わってしまったわ。他ならぬあの、絶望の悪魔のの手によって!」
「ひっ」
「まるで見てきたみたいだなー。」
絶望の悪魔の名前を呼ぶ瞬間、形相を歪め憎々しい者を思い出したかのようなリリィに、チョボは悲鳴をあげ、アックスはそれには動じず疑問を投げかけた。
「驚かせて悪かったわね。そうよ! 私は見てきたの。」
「あんた達の好きなあの絵本の英雄にだって会った事があるわ」
「ほんとに!?ていうかそれじゃあリリィって」
「ほんとうよ!後で証拠品だって見せれるんだから!年齢は千から先は覚えてないわね。」
「まじかよ」
「まじよ」
明かされる衝撃の真実、まさかの年齢に驚きを隠せないアックスの様子に対してリリィは真顔のまま首肯し、話を続ける。
「どうしてそうなったかとか、細かいことは話せない部分が多いしまた今度ね」
「大雑把に言うと、絶望の悪魔に影響された神たちと悪魔たちの陣営が他の神や悪魔達に攻撃を仕掛けたのよ。このせいで楽園は五つに分けられて、絶望の悪魔の陣営以外の神魔達は例外を除いて追い出されたわ」
「じんえい? れいがい?」
「……むずかしかったわよね、チョボ。説明してあげてちょうだい」
話の内容どころかリリィの言っている単語すら理解できていない様子のアックスに、リリィはやれやれと首を振りながらチョボに水を向けた。
「え、だからなんでぼくなのさ。いや、分かったけど…」
「アックス君、悪い悪魔と神様達の班がそれ以外の神様と悪魔達を追い出したんだよ。ただ、追い出されなかった神様達もいたんだって」
「あー! そういうことか。というかチョボ、そんなに頭良かったか?」
「それほどでも」
見事にかみ砕いた説明をしたチョボに、アックスはひどく感心した様子だ。チョボの方もどこか照れくさいようだった。
「やるわね、チョボ。そして、これがこの世界の地図ね」
リリィは誇らしげにその様子をながめてから、今度は木の棒を持って地面に五つの大陸を書き始めた。真ん中の大陸は虫食いの葉のようになっており、穴凹だらけな上に、周囲四つの大陸とちょうど合うように外形が歪んでいる。
各大陸上にはそれぞれ名前が刻まれており、一番右の大陸には''ヒト''と書かれていた。
「ちず?」
「世界の似顔絵みたいなものね、この辺でいくとこんな感じかしら」
先程まで対面するような形でアックス達に語りかけていたリリィだったが、今度は二人の前までひらひらと飛んでいって、ヒトと書かれた大陸の右に小さな丸を書き、そのまますらすらと船と、木と、神殿のようなものの形を三点に並べた。
「これがあんたも大好きなラミ肉を運んでくる船で、これがあんた達の村、これが神殿町ね。」
「おー、お?おー!! これ、すげぇな! 何でもわかるじゃねぇか。てことはこれが大陸か?」
ヒトと書かれた大陸を指差しながら、アックスが邪妖精へと問いかける。
「そうよ!この大陸はデモニア大陸っていうの。すごいでしょう! ここまで正確な地図、きっと楽園時代にもなかったわ!」
アックスは木こりの息子だ。時折山の中に入っては親の仕事を手伝うアックスにとってみれば、周辺の地理を覚えることは多少なりともできることだった。
自分が覚えていた位置関係とぴったり一致することに感動した様子のアックスに、リリィは得意げに胸を張り、ドヤ顔で自慢した。
「それで、人類滅亡ってどういうことなの」
脇道にそれた話を、チョボが戻しにかかった。
「あ、ごめんなさいね。世界についての説明はこんなものかしら、これ以上は必要なときに話すし、そうじゃなければ自分で調べて欲しいわ」
「さっきまでの話は正直覚えなくていいし、これからの話を理解してもらうために話しただけだからざっくりとは分かっていてね。」
不自然なほどに早口で話を締めにかかったリリィの様子には、どこか焦りが見えていた。
「人類の滅亡について。深くは語れないわ。だけど…そうね、私は時を戻せるのよ」
「「え?」」
二人の疑問の声にもリリィは反応を示さない。ドヤ顔を浮かべていた先程とは一転して、真顔で言葉を羅列し始めた。
「余計なことに時間を使いすぎたわ。私は前回、ティーナが鍵だと思ったのよ。でも違った」
「デモニア大陸の真ん中に縦線が入っているでしょ?」
「ここから右側はヒト、左側は絶望の悪魔の陣営の領域よ。他の大陸にもこんなふうな線はあって……今はいいか。とにかく、この線上でヒトと悪魔達が争っているのよね」
「百年前はここ、十年前はここ」
リリィはせわしなく地図上の線を木の棒で左から右へと動かして説明を続けた。
「線は移動しているの、でも、緩やかだったわ」
「五年後、シール島の神殿が絶望の悪魔に落とされるの。そうしたら終わりよ、均衡が崩れて悪魔達は他の大陸に行って順番に攻撃するわ」
「ここまで見たのが百回は前のことよ。はぁ、ひとまずは大丈夫ね。気をつけなきゃ、また、生まれ直し…」
「「……」」
落ち着いたのか、切羽詰まった様子は取れ、少ししょぼくれた雰囲気を醸し出す邪妖精に、二人は声が出なかった。
「急に早口で悪かったわね。信じられない…わよね?アックス、私はあなたが最後の一本で失敗したのを知っているわ」
「んな!?」
なぜそれを、やはり夢ではなかったのか、などといった驚愕の感情がアックスの中に生じた。
「前回はちゃんと全部覚えてるもの、その後にティーナとの約束を律儀に守ってから帰ったものね。ティーナ、祝福祭にきてほしかったって寂しがってたのよ。」
「……やっぱり夢じゃなかったんだな。」
「え?」
二人の様子に困惑の声を上げるチョボを、華麗にスルーしながらリリィは言葉を繋ぐ。
「金髪の私も可愛かったでしょう?生まれ直すと髪色が変わっちゃうのよね!」
「まじかよぉ……」
「え?え?」
自分の見た物を次々と当てられたアックスは、すっかり信じ込んでしまった様子だった。困惑し続けるチョボを尻目に、リリィは上機嫌な様子だった。
「アックス、あんたの口から言ってよ!チョボ、私から言っても信じてくれないの」
「それは、前もそうだったのか?」
「そうよ」
アックスはゴクリ、と唾を飲んでは言葉を咀嚼して、自分の感情について整理しながらゆっくりと喋りだした。
「わかった。チョボ、こいつの言ってることは本当だよ。たぶん、人類が滅ぶとかいうのも…だぁああ! あれ! ホントなのかよぉおおお!!」
無理だったらしい。これまでは冷静に見えた様子のアックスは、とうとうその感情の行き場をなくしてしまった。アックスの叫び声はリリィの体を震わし、遠くの方では小鳥がバサバサと逃げ出した。
木の葉が一枚、ひらひらと舞ってチョボの頭の上に乗り、世界地図の上には一つの光の点ができた。チョボはそれを見て、口をパクパクさせながら色んなことを考えた。
わぁー、ちょうど神殿の位置くらいに光が刺してるー。だとか、アックス君の叫び声で妖精倒せるんだー。だとかそういうことである。
そして、
「……ホントなんだねぇ」
「ホントよ! まったく相変わらず凄まじいわねあんた! 耳塞いでたのに」
ガバっと身を起こした邪妖精が、両耳をふさいでいたことで確信を得た。
なぜなら、アックスと知り合いでもない限りそんな行動は取らないし、かといって自分が知る限りかあちゃんを恐れるアックスが村で妖精と知り合うわけがない。
そもそも一応子分である自分に、アックスが珍しいモノを自慢してこないわけがなかった。
「やっぱり言葉よりも物証よ! みんな私の言葉だけじゃ信じてくれないもの」
「ひでえ、だましたのかよ」
「いや? 実際私から言っても信じてくれないわよね? チョボ」
「うん、しんじてないと思う」
「そうかよ」
釈然としない様子のアックスに対して、リリィの様子は最高潮だった。だが、それも仕方のないことではある、リリィにとって誰かに信じてもらえるかどうかは重要で、最難関なのだから。
「それで。どうしてチョボなのか、についてよね」
「単純な話よ。既存の加護者の中で試していないのがチョボだけなの。だからもうあんたしかいないのよ!」
「「加護者??」」
「あ、結構端折ってたわねそう言えば」
妖精はまだ語る。