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アックス少年の救済  作者: 豆粒の中身
第一章:シール島、旅の始まり

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木こりの息子は木こり②「父子②」

「俺は……」


 最近になって、より自覚した自分の内心を吐露しようとする。しかしアックスは言葉を詰まらせた。アックスの父親の仕事に対する尊敬は、確かにある。


「急に言われても困るよなァ。 まぁ、座れや」


 頬をかき、大きな切り株に腰掛けたケインは隣に来るように声かけた。その声は驚くほどに穏やかで、アックスは黙ってから隣に腰掛けようとして、無理だったから背中合わせに腰掛けた。


「あァ、そっかぁ。 でっかくなったもんなぁ」


 しみじみと呟いたケインの声には、どこか遠くを見つめているかのような雰囲気を感じた。


「んだよ、いつもはちいさいって言うのに」


 拗ねた様子のアックスに、ケインはガハハと笑う。


「そんで、まァなんだ。 アックス、おめぇ外に出たがってるだろ。英雄の絵本とか好きだもんなぁ。 よくわかるぜぃ」


「そんなこた……」


「いいや、わかるぜ。俺は少なくともそうだったし、お前の()()もそうだったからなぁ」


「親父も……!? それより()()ってなんだよ」


 アックスには兄はいない。それがアックスにとっては真実だった。そんな話を聞いたこともなければ、見たこともない。


「これはよ、もう少し先。お前ぇが少なくとも一人前になってから話そうと思っていたことだぁ」

「お前には、兄貴がいたんだぜい」

「十二以上は離れた兄貴が、なぁ」


 言葉を溜めたケインの声に驚き、アックスがガバっと振り返った。アックスには、その背中がやけに小さく見えていた。


「元々よ、俺ぁ、お前ぇの年より少し小さいくらいの年から木こりの仕事を手伝ってたんだぜぃ。ただなぁ、仕事が強制されてるような気がしてよ。親父……あぁ、お前ぇから見たらじいちゃんか……に黙って村ぁ出てよ。まぁ色々やって大陸に出たんだぁ、そこでアナンにも会ったなぁ」


「それってつまり、木こりにならなかったって、こと?」


「あぁ……まぁ、そうなるなぁ。 だがな、その時のことを後悔はしてねぇぜ。島を出てなかったら、あんなにキレイなかぁちゃんにも会ってなかったからなぁ」


 たどたどしく尋ねるアックスに、ケインは気まずそうにしながらも弛緩した雰囲気で惚気た(のろけた)た。


「キレイ……?」


 自分がイメージするかあちゃんとのギャップに、思わず疑念の声を挙げたアックス。


「キレイさぁ、 べっぴんだし何よりその生き様がなぁ」

「まぁ、だからと言っちゃなんだがな。お前ぇは別に外に出たけりゃ出ても良いんだぜぃ。 だが、外にゃぁ外で危険なこともまぁ、ある。」


 リリィのように、或いはウィズドゥムのように、実感のこもった重々しい響きがアックスに襲いかかる。


「自分で言うのもなんだがな、俺ぁ、まぁ器用だからな! 外でもやっていけた。お前ぇさんがどうかはわからんからよ、木こりとしてやってけるくらい。十五にもなればお前ぇさんが外に出たけりゃ出ても良い。だからこの話も、そのくらいにしようと思ってたんだぜ。 けどよ」


 ケインが上を見上げたのが、アックスには髪の感触で分かった。


「なーんか、それじゃあダメな気がしてなぁ。まぁ、祝福祭で外の空気に触れる前に言っとくかって思ってよぉ」

「俺はお前ぇや、ウリウスまで失いたくねぇんだ。 止めれやしないが、そのくらいまでは、まぁ、待ってくれやぁ」

 

 弱々しい顔でそう振り向いてから頼み込むケインの姿は、アックスにとってはかなり衝撃的だった。何より、木こりの息子が木こりにはならなかった話、というのはアックスには刺激が強すぎた。


 そして何より、間に合わないな。と、そう思った。


「兄貴は、外で、その、死んだのか?」


 口をついて出た言葉は、パニックになったが故の誤魔化しだ。本当はそんなこと気にもなっていなかった。


「分からねぇ。わからねぇんだよ。さらわれちまったんだぁ……、あいつを信頼した俺が馬鹿だったぁ……」


 琴線に触れたのだろうか、ケインは濁流のように事の次第を語り始めた。自分の罪を告白するように、或いは過去の幸福を懐かしむように。しかし、伝えなければならないと、そういう思いがないわけではないのだろう。アックスに分かるように、ゆっくり噛み砕きながらだ。


 要約するならば、商売で上手く行っていた時に雇っていた自称魔法使いの従業員に裏切られ、店と息子を失ったというだけのこと。よくあることだ。しかし、家出してからアナンと出会い、結婚して商売を始め、幸せに暮らしていた様子を語るケインの様子には妙な生々しさがあった。


 特に、誕生日に初めて斧を息子に贈った際の話にまで逸れた時等はアックスが息子側に感情移入をしてしまい複雑な思いを抱く羽目になっていた。


「……ソイツにさらわれるとは夢にも思ってなかったんだぜ、息子みてぇに思ってたんだ。だからよ、アックス。俺にはわからねぇんだ、息子が、お前ぇの兄貴がどうなったかについてはよ。ただ、失ったことには変わりねぇ……」


 アックスの中で、今までの様々な点が繋がった気がした。だからかあちゃんは、ウィズドゥムさんをあんなに警戒していたのだ。


「……んで、酒場……あぁ、まぁ知らないやつと酒を飲める場所なぁ。そこで同じように息子を失ったウィズドゥムさんと会ってよう。それでこの島に戻ってきたんだ……。長々とすまねぇな、アックス。もし、お前ぇが外に行ったり、外の人と接する時が来たらな簡単に信じちゃいけねぇ。この島の人ほど、外の人は親切でもねぇぜ」


「はーい……」


「まぁ、もう過去の話だな。すまねぇ」


 意気消沈といった息子の様子に、本来の意図を超えて怖がらせすぎたと自省するケイン。九歳という幼齢の息子にする話では無かった、と忘れさせようと別の話をしようとした。瞬間に、アックスが口を開いた。


 アックスは色々と限界を超えていた。叫ぶ気力も無かった。しかし、これだけは言おうと思った。


「父ちゃん、俺、木こりになるよ。俺、やっぱりこの村好きだし」


 アックスは木こりの仕事自体は嫌ではない。村も、家族も、友達だってそうだ。ただ、アックスの中でどこか木こりの息子は木こりになるという枷がかけられていた。それが、嫌だったのだ。


 英雄への夢、または憧れだって叶えられないのと叶える選択肢がないのとではまた別だ。ケインの話は、そういう意味でアックスの枷をぶち壊した。


「!? 本当か、じゃあ早速……」


「けどよ、五年間は待って欲しいんだ」


 枷から解き放たれたアックスは、自分の本心を他人に、また自分自身にも隠していたことを知った。そして、隠さないことを決めた。木こりになりたくない子供は、仕事を頑張ろうとはしない。


「父ちゃん、俺、英雄にも、木こりにも、親方にもなりてぇや。チョボとも仲直りしてぇし、ウリウスとかシグルスにぃとかセイナにティーナ、()()()だって楽しく暮らしてほしいんだ」


 アックスは外の世界の厳しさを知った。ウィズドゥムの話に目を輝かせていたチョボを思い出していた。


「それに、もし英雄になれなくても、ミケみてぇにかっこよくなりたいんだ。だから、五年間待って欲しい」


 アックスの言葉には、合理的な理由は無かった。しかし、ケインもその気持ちに覚えがないわけではなかった。それは欲望だ、こうありたいという欲望は、そのために行動する覚悟を与える。


 ケインは、自分が初めて息子を抱き上げた時、そして、この島で初めてアックスを抱き上げた時を思い出していた。


「そうかぁ……アレだな。かあちゃんがうるせぇだろうなぁ……」


 その言葉に、アックスの目が丸くなる。鉛のような心はすっかり晴れ、大目玉を食らうことを覚悟した宣言は肩透かしを食らっていた。


「五年だなんて、辛気臭えなぁ。何年だって待つさぁ。この道に帰りたくなったらいつでも戻ってこい!!」


「ただ、なにをするかは想像もつかねぇが、外に出るなら言いつけを守れよ。男と男の約束だぁ!」


「父ちゃん……!!」


 二人は肩を組んで帰った。



 


アックスの心が晴れる回となりました。

ご拝読ありがとうございます。

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