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7.魔王の秘宝


 案内人の提示した期日まで、残り三日。

 三日以内に私は、ベル様が奪い隠したという"悲しみ"を見つけ、この城から盗み出さなくてはならない。

 

 作戦の決行は深夜だった。

 真っ暗な廊下を、蝋燭の灯りだけを頼りに歩く。

 私のすぐ前には、先導するようにベルガが歩いていた。

 本当はベルガは部屋に置いてきたかったのだけど、どうしてもついて来てしまうのだ。出歩く私を、心配してくれているのだろうか。

 まん丸の黒い瞳に見つけられると置いていくこともできなくて、しかたなくベルガと一緒に、ベル様の宝の在処を探す事にした。

 夜の魔王城は、まるで作りもののように見える。

 並んだ絵画。手すりの装飾。本当は全部、映画か何かの舞台で。私のこれまでの経験も、実は全部フィクションのような。

 だけど、これは現実なのだ。

 下へと続く階段を降りる。この先は地下一階。そこは、私が怪しいと睨んでいる石の扉がある部屋だった。

 大切なのは、失敗しないこと。一度でも怪しまれれば、二度とチャンスはやってこない。

 

「ベルガ、静かにしててね……」

 

 囁いて、部屋の扉をゆっくりと開く。開いた先は、本棚と机だけの狭い部屋だった。

 その一角に、本棚で隠すようにして石の扉はあった。

 

「まずはこの本棚をどかさないと」

 

 本棚の高さは、私の身長よりも数十センチは高い。そしてぎっしりと本が並べられているので、中々の重さである。

 

「ぐぐっ…………!」

 

 蝋燭を置いて、本棚に全体重をかける。

 軋む音を立てて、ちょっとだけ本棚が動いた。だけど、その奥の石の扉を開けるには、まだまだスペースが足りない。

 

「ぐうううっ……!」

 

 もっと筋肉をつけておくべきだった。

 だけど今更筋トレしたところで三日で効果は現れないので、とにかく踵で踏ん張る。踏ん張って、全力で本棚を押す。

 

「ぐおおおおお」

 

 三十分は粘っただろうか。

 床で寝そべっているベルガが寝息を立て始めたころ、ようやく石の扉が開くほどのスペースができた。

 慣れない運動に、ふくらはぎと二の腕がプルプルと震えている。だけど、これで最大の関門は突破した。

 あとはこの石の扉の向こうを探索するだけ。

 きっとそこに、私の探しているものがある気がする。ベル様の奪った宝物が。

 石の扉に手をかける。

 安堵と緊張。それと同じくらいの、ベル様への罪悪感。いや、どうして魔王に申し訳なく思ってるんだ。案内人の話では、魔王は本来の持ち主から"悲しみ"を奪った存在で、悪い存在なのだ。

 だけど、本当にそうなのだろうか。

 石のドアノブに手をかけたまま、逡巡する。

 なぜベル様は、世界から"悲しみ"を奪ったのだろう。

 ベル様は私の想像する魔王がするような世界征服だとか大量虐殺とか、そんなことに興味があるようにはとてもではないが思えない。

 だとしたら、何か理由があるのだろうか。

 思考が巡る。私の頭はまるで、ベル様の大切なものを盗むことを避けているようだった。

 これではいけないと、頭を振る。

 そんな悠長なことを言っていられる状況ではないのだ。どんなにベル様と仲良くなっても、元の世界には帰れない。それどころか、あと三日を過ぎれば私は死ぬ。

 覚悟を決めて、ドアノブを握る手に力を込める。

 その時だった。

 

「何をしている」

 

 一番聞きたくなかった声。

 それは、氷のように鋭かった。

 

「ベル、様……」

「そこで何をしていると聞いている!」

 

 飛び出そうになる心臓を押さえて、恐る恐る振り返る。怒りをなみなみと湛えた赤い瞳が、暗闇の中で光っていた。

 

「あのっ、違うんですっ」

「これだから人間は嫌いなのだ!弱いくせに、余計な謀ばかりする!!!」

 

 怒気だけで空気が震え、ガラスの刃のように肌を刺す。

 飛び起きたベルガが、ベル様に向かって吠えた。

 

「ベルガ!お前もその人間の味方をするというのか!」

 

 ベル様の翳す手のひらに、青黒い光が稲妻のように渦巻いた。魔法なのかはわからない。だけどそれは、間違いなく禍々しいもので。

 

「ベル様、ベルガは違うんですっ!私が出歩いたせいでっ」

「うるさい!!!」

 

 城中に轟く音。落雷のように眩しい電光が走った。

 咄嗟に私は目を瞑った。だけど、想像した衝撃は訪れない。

 

「………………部屋に戻れ」

 

 恐る恐る目を開くと、振り上げられたベル様の腕は下ろされていた。先ほどの青黒い光の束も粒子となって散っている。

 

「ベル様っ」

「二度と私の目の前に現れるな!!!」

 

 怒鳴り声に、開きかけた口を閉じて俯く。

 視線を合わせないまま、ベル様の前を走るように立ち去った。

 廊下を走りながら、頬を涙が伝う。

 作戦は失敗だ。もうチャンスは訪れないかもしれない。日付だって、変わってしまっただろう。もう終わりだ。

 私は、あと二日後には死ぬ。

 だけど。

 それよりも、もっと深く心を抉っているものがあることに気づく。

 ベル様の怒鳴り声。そして、失望したという冷たい視線。過ぎるのは、お風呂で触れた温もり。柔らかな瞳。

 私は、何てことをしてしまったんだ。

 嗚咽は、広い魔王城の中では魔王に届くこともなく、夜の闇に吸い込まれていった。


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