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4.三つ頭のベルガ


 パチパチと弾けるような音に、目を覚ます。

 ベッドから降りて、窓の内側についた水滴をシャツの袖で拭く。

 外は今日も雪が降っている。

 私がこの世界に来てから、二日目の朝だった。


「君もこの部屋で寝ていたの?」

 

 ソファに置いていた私のコートは、魔王が"ベルガ"と呼んでいた魔物の寝床にされていた。頭が三つあるのは怖いけど、それを除けばお婆ちゃん家のベルにそっくりだ。魔王のペットが、雑種犬な訳ないけれど。

 

「ベルガ?」

 

 試しに名前を呼んでみる。

 

「わん!」

 

 やっぱり、ただの犬なのかもしれない。

 一応噛まれないように用心しながら、ベルガを連れてダイニングルームに向かう。

 魔王はもう起きているだろうか。

 この城に隠された"悲しみ"を探し出すためには、まずは魔王との親交を深め、情報を集めなくてはならない。

 そしてそのためには、怪しいものではないと魔王に信じ込ませる必要がある。

 魔王城のダイニングルームは、晩餐会のような言葉がしっくりくる、無数の椅子が整列した部屋だった。昨日も何個椅子があるのかを数えようとして、十四個目でやめた。

 数ある椅子の隅っこ。一般にお誕生日席と呼ばれる席に、魔王は座っていた。分厚い本を、雑誌のように読んでいる。

 私はごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る口を開いた。

 

「あの、火ありがとうございました。」

 

 魔王の体は今日も分厚い外套で覆われていて、よくわからなかった。隠れているだけで、胴体から腕が八本生えていたとしても、魔王なのだからおかしくはない。

 緩みそうになる警戒を、引き締める。

 

「この国は人間には寒い。」

「私の他にも、人間がいるんですか?」

「知らん。」

「人間が、好きではないんですね。」

「弱いものは全て嫌いだ。」

 

 会話が終わった。何とか情報を引き出さなくてはと、話題を探して焦りで詰まる。

 早まったらだめだ。まだ二日目。

 ふと、魔王の席から一番離れた席に置かれた丸いパンに気づく。

 私のために置いたのだろうか。魔王が?何のために。

 

「これ、食べてもいいんですか?」

 

 とりあえず、置かれたパンの前の席に座った。それがお気に召さなかったのか、魔王は何も言わずに部屋から出て行ってしまった。

 

「本当に何なんだ……」

 

 考えていることが、さっぱりわからない。

 パンを齧ってみる。パンは冷たく固まりきっていて、とてもではないが、二口が限界だった。


 


 というわけで。晴れて魔王城への侵入を果たした私である。私は、魔王の奪った"悲しみ"を探さなくてはならない。と言っても、いきなり城中を漁るわけにはいかない。

 魔王に怪しまれでもしたら、すぐに首チョンパだ。

 そう思いつつも、心の中では「魔王、実はいい人なのでは」説が、不明瞭ながらも湧き上がっていた。

 初対面で家にあげてくれるなんて、人間でもそうそういないだろう。

 だけど油断は大敵。油断させて太らせた客人を食べる童話なんて、いくらでも知っている。あのカチコチのパンで太らせることができるのかは、疑問だけど。

 とにかく。

 今は手当たり次第に魔王城を漁るよりも、魔王の人となりを知るのが先決である。

 ダイニングルームを出て行った魔王の行き先は、書斎のような部屋だった。見渡す限りの本、本、本。文字が読めないので、何の本なのかは分からないけれど、とにかく本であることはわかった。

 そろりと、魔王の書斎に入ってみる。一瞬、魔王の冷たい視線が私を刺したが、すぐにまた、分厚い本に戻っていった。

 挨拶のような一瞥だった。

 

「何の用だ。」

「心細かったので……お邪魔でしたら戻ります。」

 

 返事はなかった。このまま部屋にいてもいいという事だと解釈する。

 少しずつ、魔王の心の形を測る。何が許され、どこからがダメなのか。それさえ分かれば、価値基準がわかる。許す範囲を広げる努力ができれば、心に近づける。

 

「魔王様、お名前はなんていうのですか?」

「魔王だ。」

「それは名前ではないのでは……?」

「くだらん。人間は変なことにばかりに拘る。」

 

 魔王の視線は、本に落とされたままだった。

 

「名前は大事だと思うけど。子どもを持った親の、最初の仕事だし。」

「私に親というものはない。生まれたときから魔王だった。識別する必要がない。」

 

 生まれた時から魔王。読書が好きで、顔の怖い魔王。新たに仕入れた二つの情報のもと、棚に並べられた本のうちの一つを、手に取ってみる。

 

「お前、文字が読めるのか?」

「読めないです。」

「ふん」

 

 馬鹿だな。魔王は何も言わなかったけれど、高貴な赤色の瞳にそう言われたような気がして、少し腹立たしかった。

 確かに、文字が読めないのに本を取るなんて、変な話だ。だけど悔しいので、この世界は横書きなのかと、知見を得たことにする。

 

「魔王様のこと、ベルと呼んでもいいですか?」

「好きにしろ。」

 

 仕返しだった。魔王はまさか自分が、お婆ちゃん家で飼っている犬の名前で呼ばれているとは思わないだろう。やっぱり私は、頭がいいのだ。

 

「早速ですけど、ベル……様はこのお城で何をしているのですか?」

 

 呼んでみて、後悔した。お婆ちゃん家の犬に"様"をつけて呼んでいる私は、犬以下じゃないか。だが、背に腹は変えられない。

 

「お前には関係のないことだ。」

 

 やっぱり、簡単には距離を縮められないか。

 そう逡巡した時だった。

 一人の人間が書斎に入ってくる。

 誰だろう。振り向いて、その姿に絶句する。

 

「わたし!?」

 

 入ってきたのは紛れもなく、私自身。顔も服装も体つきも、私と瓜二つの人間だった。

 

「ベルガだ。」

「え!?」

 

 ベル様の言葉に、もう一度、私とそっくりの人間を見る。

 確かに似ているが、お尻からは真っ黒な尻尾がついていて、ベル様の言葉に元気よく「わん!」と答えた。

 

「ベルガは見たものなんでも真似して化けるんだ。」

「厄介な……」

 

 犬の姿にもどったベルガは、私の頬をベトベトに舐めている。頭が三つあるせいで、ベトベトも三倍だ。

 

「暇なら、ベルガの散歩を頼む。庭で適当に遊んでやってくれ。」

「……わかりました。」

 

 本当はもう少し、ベル様と話をしたかった。

 魔王がこの世界でどんな存在なのかだけでも、知りたかったから。



* * *



 城の周囲は、全て森に囲まれていた。

 凍りついた噴水に、寂れた門。庭園は、まるで時間が死んだように静かで。それでも、不思議と寂しさはなかった。

 ベルガを連れて外に出ると、雪でできたウサギが、逃げるように飛び跳ねる。

 黒い毛に覆われたベルガには、白い雪があっという間に粉砂糖のように降りかかった。中々に可愛らしい見た目である。

 

「犬はよろこび庭駆けまわる、って知ってる?」

「わん!」

 

 元気な犬だ。いや、犬ではないのだけれど。ベルガに引っ張られるように、雪の庭を歩く。

 降りしきる雪の合間を縫うように、氷の蝶が舞っていた。それを食べるように、ベルガが飛び跳ねる。

 

「ちょっと、こら!変なもの食べちゃだめでしょ!」

 

 ベルガの気を逸らすように、雪玉をつくって投げてみた。ベルガはキャッチするようにジャンプして、雪玉を噛み砕いた。

 動物って、運動神経いいよね。

 もう二つ、三つ。雪玉を投げるとベルガは巧みにジャンプして、どれも噛み砕いてみせる。そして、次はまだかとこちらを見ている。

 完全に雪遊びにハマってしまったらしい。仕方ない。ガリガリの雪を削って、雪玉を作った。

 素手で雪に触れているのに、不思議と寒くはなかった。死んだせいで、寒さを感じなくなっているのか。でも、魔王城に来る時は寒かったしなぁ。

 ふと城を見上げて、窓からこちらを見るベル様に気づく。

 ベル様の魔法で、寒さが和らいでいるのか。いや、そこまでサービスしてくれるはずないか。

 

「ベル様ー!よかったら一緒にどうですかー!」

 

 ダメ元で、声をかけてみる。やっぱりダメだった。窓際に立っていたベル様は、いなくなってしまった。

 流石に魔王と雪遊びは無理か。

 代わりというように、ふわふわした雪が、それも大量に頭上から降ってきた。

 これで遊べということか。そうならそうと、言ってくれればいいのに。

 変な魔王様だ。

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