3.魔王
炭のような匂いに、急速に意識が浮かび上がる。
「火事っ!?」
飛び起きて、匂いの正体は暖炉に焚べられた薪であることに気づいた。
私は、魔王城のベッドで寝かされていた。
「起きたか。」
広い部屋の奥に、足を組んで佇む影。それは紛れもなく私が意識を失う直前に見た、魔王の姿であった。
「あの、ここは……」
「私の城だ。」
血のように鮮烈な赤い瞳が、私を見る。
中性的で端正な顔立ちだった。外見と声だけでは、男か女かも判断がつかない。間違いなく美しいと分類されるものなのだけど、そこはかとなく冷たくて恐ろしい。
不気味なまでの、人間離れした佳麗さ。
それは銀の髪の持つ光沢によって一層引き立てられていた。
「ベルガがすまなかったな。」
ベルガと呼ばれた三つの頭を持った魔犬が、魔王の後ろで鼻を鳴らした。私に突進してきた魔物だ。
「体調が回復したら、勝手に出ていけ。」
魔王はそれだけ言うと、椅子から立ち上がって出て行ってしまった。
ベッドから降りて、そのあとを慌てて追いかける。
魔王と話せたのだ。こんな貴重な機会を、みすみすと逃すわけにはいかない。
「あのっ!」
つんのめった気持ちのせいか、思ったよりも大きい声が出てしまった。
魔王は立ち止まって、ゆっくりと振り向く。
正面に立つだけで感じる、震えるような威圧感。
怖い。怖いけれど、怯んでたら何も選べない。
私は、一歩前に出た。
「あの、森の中で迷子になってしまって……このお城に少しの間だけ置いていただけないでしょうか……!」
頭を下げる。
気絶した私をわざわざ部屋に運んでくれたのだ。魔王というのは、意外と優しい存在なのかもしれない。
そんな願いを込めて。
「好きにしろ」
魔王の返事はそれだけだった。
優しいというよりも、興味がないに近いような返事。
安堵とともに、別種の不安が押し寄せる。
車が道を這う蟻に注意を払わないような、そんな感覚。
だが、例えどんな理由にせよこの城に滞在できるのは非常に好都合だ。
私は一週間という短い期間の中で、魔王の奪った"悲しみ"を取り戻さなければならない。
そのためだったら蟻にでもなんでも、喜んでなってやる。
握った拳に、私はそんな覚悟を込めた。